5-29 旨味
竜暦6561年8月12日
トウキの大通りのカフェで朝食を食べる四人の姿があった。
俺は月見ソバ。
サリスは野菜炒め膳。
アミは鳥肉ソバ。
オルは焼き魚膳。
を美味しそうに味わっている。
「癖になる味よね」
「ヒノクスの料理は薄味なのに、なぜかおいしいですー」
「香辛料の美味しさとは違う美味しさだけど、不思議ですね」
「ビーンソースやドライフィッシュは旨みを多く含んでるからだろうな」
「旨み?」
「辛い、甘い、苦い、酸っぱいは舌で味わうとすぐに分かるよね」
「ええ」
「俺達の舌は旨いという味も分かるんだよ」
「よく知ってるわね」
「どこで読んだか忘れたけど幼い頃に本で読んで知っていただけだよ」
俺は転生前の知識でアミノ酸による旨味を知っていたので、軽い説明をサリスにしてあげた。
サリスは旨みを頭では理解していないようだが、舌では敏感に知覚しているので美味しい料理が作れるのだろうと俺は思っていた。
食事を終えると、今後の予定について俺は三人に相談を持ちかけた。
「ちょっと相談があるんだけどいいかな」
「どうしたんですか?」
「実は、ガイシュ迷宮都市に、ひと月近くいるかどうかで迷ってるんだ」
「もしかして動力車が入手できたからですか?」
オルが俺の考えを察したようだ。
「動力車ならガイシュ迷宮都市まで3日で着くって話なんだけどさ、それだけ早く移動できるならヒノクスの内陸側の都市をいくつか巡れるんじゃないかと思ってね」
「でも帰りの小型船の井戸用水魔石に加えて、動力車の井戸用水魔石も確保する必要が出てくるわよね」
「いっぱい使うです」
「だよなー」
オルがメモを取り出して計算を始めた。
「パラノスからヒノクスまで143個の井戸用水魔石を小型船の燃料として使ってますけど、パラノスからドルドスまで同じだけ使うとすると286個必要になります。途中の都市で井戸用水魔石を調達することも考慮すれば、ヒノクス滞在中に井戸用水魔石180個を確保出来れば十分じゃないでしょうか」
「なるほど、それに追加で動力車の井戸用水魔石が必要ってことかな」
「いま井戸用水魔石の在庫が34個あるので、それは動力車に使えます。あとヒノクスの内陸側の都市でも井戸用水魔石が調達出来ればさらに余裕も出てくるはずですよ」
腕を組んで考えていたサリスが口を開く。
「そうするとガイシュ迷宮都市で井戸用水魔石180個分に相当する水魔石を魔獣を討伐して集めれば良いのね」
「加工する手間もありますから、そこも考慮する必要がありそうですけど」
「オルの提案でいこうか。ガイシュ迷宮都市で必要な量の水魔石を確保出来して、そのあとはヒノクスの国内を旅行しよう」
「ガイシュ迷宮でもDランクが相手に出来れば、水魔石の確保が早く済むです!」
「そこはガイシュ迷宮都市に行ってからギルドで確認するしかないな」
「そうね」
とりあえず動力車を元にした旅の方針が決まったところで、今日の予定を確認することにした。
「このあとだけど、俺はサラガナルさんの伝手で乗合馬車の組合を紹介してもらって、ヒノクスの内陸の都市の情報を入手しようと思ってるけど、三人はどうする?」
「僕とアミさんはトウキの魔石工房で、井戸用水魔石を調達しにいきますよ。アミさんいいよね」
「オルといくですー」
アミが笑顔でうなずく。
「私はベックと一緒に行動かしらね」
「じゃあ、それで行動しようか。夜はお互い待ち合わせをせずに、別々に宿に戻るのでいいかな?」
「はい」
「了解」
「はいですー」
俺達はカフェを後にして、それぞれ別々の方向に歩き出す。
大通りを港湾方面に歩きながら、さきほどわかれたオルとアミの姿を思い出す。
「オルも自然とアミと一緒にいれるようになったな」
「そうね、でも知り合って2ヶ月以上一緒に行動してれば、仲がよくなるのは当然よ」
「もう、そんなに経つんだったな」
ふとパムへの帰路のことを考え立ち止まる。
「うーん…」
「どうしたの?」
「あとで話すよ。歩きながら話すには長くなりそうだしね」
「うん」
俺はまた歩き始めると、サリスが大通りにある店を指差した。
「気付かなかったけど、あそこの店は装備工房よ」
「お、そういえばヒノクスに来てから、装備工房はのぞいてなかったな」
「そうね、タハカでは襲撃騒動の件でバタバタしてたし、トウキでは動力車の件で忙しかったし」
「せっかくだから、明日にでもオルとアミを連れて四人で見に行ってみるか」
「うん。そうしましょ」
俺は街の地図を取り出して、装備工房の場所がわかるように印をつけておく。
しばらくすると港湾地区に近い場所にあるサラガナル馬車工房に到着した。
事務所にいくと誰もいなかったので、作業場に向かう。
「こんにちは」
「お、来たな」
作業場でサラガナルさんが組み立て式馬車の下に潜り込んで板バネの術式の解析作業をしていた。
「解析作業中でしたか」
「ああ、明後日には出発するって話だしな」
「俺は技術に関しては疎いですけど、実物から解析できそうです?」
「ああ、緩衝装置に使ってる術式を今記入していたけど、よく考えられてる術式だな。しかも特別な術式ではなく基本の術式の組み合わせだから、うちの工房でも導入できそうだよ」
「そうですか」
そこまでいうとサラガナルさんが書類の件を話しはじめた。
「そういえば、昨日の書類の件だが特に問題ないので、あれで契約書を作成しよう」
「わかりました」
「明後日の出発までに用意できると思うから、そこでサインをしようと思うけど問題ないかな」
「はい、それでお願いします。あさっては9時くらいに来ますね」
「うむ」
そこまで話をしたところで、本題の話をサラガナルさんに話す。
「実はお願いがありまして」
「ん?」
「明後日、ガイシュ迷宮都市に旅立ちますが、ガイシュで水魔石をある程度稼いだら、ヒノクスの各都市を回ってみようかと思いまして」
「そうか、動力車があるからだな」
「ええ。それでヒノクスの内陸の都市の情報が知りたいので、乗合馬車の組合を紹介いただけないでしょうか」
サラガナルさんが腕を組んで考える。
「9月の中旬頃には、ドルドスに戻る為にトウキに戻ってくるんだっだな」
「はい」
「ガイシュでどの程度いるかによるが、行ける場所は限られてくるな」
そういうと、俺とサリスに見せたいものがあるというので、サラガナルさんのあとについていく。
事務所にいくと、奥の書類棚から一枚の紙を持ち出してきた。
「これはヒノクスの首都イジュフまでの地図だ。以前、乗合馬車の組合からもらったものだがな」
サラガナルさんが簡易地図の道に沿って指でなぞる。
「トウキからガイシュ迷宮都市を経由して、さらに西に進めば首都イジュフだ。動力車であればガイシュ迷宮都市から向かって5日くらいだろう」
「首都のイジュフならギリギリいって戻れそうですね」
「その5日という話ですけど、夜は休むという前提なのかしら」
「うむ。夜間の馬車の走行は暗くて危険だからな」
「もし1日中走れるなら3日程度で着けそうだな」
「おいおい。それは危険だぞ」
「それなら平気だと思います。仲間のオルとアミは猫人族で暗視の加護があるんですよ。二人にとっては夜でも昼のように明るく見えるんです」
「なんと、亜人族に加護があるとは聞いていたが…」
ビックリした表情をサラガナルさんが見せる。
「ええ。しかも二人いるので万が一でも対応が可能ですわ」
「そうなるな」
「昼間は俺とサリスで移動して、夜は二人に任せることが出来れば時間を短縮できそうですね」
「しかし君達には驚かされることばかりだな」
そういうとサラガナルさんが簡易地図を俺に渡してくる。
「うちの工房じゃすぐに使うものではないのでな、戻ってくるまで貸しておくよ」
「ありがとうございます!」
「いいって、いいって。大事なお客様だからな」
サラガナルさんが大きく口をあけて笑う。
本当に良い人で助かった。
俺はサラガナルさんとの出会いに感謝しつつ、まだ見ぬヒノクスの首都イジュフへの旅路に思いを馳せる。
2015/05/16 会話修正
2015/05/16 脱字修正




