5-24 焼き魚膳
竜暦6561年8月7日
尿意をもよおし目覚めてしまった俺は目をこすりながらトイレに向かう。
用をたしてからサリスが寝ているベッドに向かおうとしたところで、時計が気になって確認する。
寝てからまだ3時間ほどしか経っていなくて、朝の7時を過ぎたところだった。
(あーー。昨日はいろいろあって忘れてたな…)
ぼんやりとした意識のなかで、やるべきことが残っていたことに気付いてしまった。
(うーん…)
サリスの寝顔を見ながら、このまま二度寝をしちゃおうかとも思ったが、俺はなんとか思いとどまり、静かに冒険者装備に着替えていく。
準備が出来ると宿のテーブル上に、手続きに出かけることを記載したメモを残して部屋をあとにした。
俺は宿を出ると、大通りを歩いてエワズ海運商会の事務所を訪れた。
職員たちが事務所の片付けをしていた。
俺は受付に近くにいた職員に、寄港手続きに来たこと告げてから、さらに河川都市シャイハのエワズ海運商会の事務所から預かっていた書類を渡す。
職員はその書類に目を通すと驚いた顔をした。
「もしかして、この浮遊物は…」
「確証はありませんが、浮遊物がスキュラだった可能性があります。俺達がもう少し早く着いていれば…」
「とりあえず浮遊物報告の書類はこちらで処理を行います。届けていただき、ありがとうございます」
職員が頭をさげてから、さらに言葉を続ける。
「あと寄港手続きの件ですが、昨日の騒動で業務開始が遅くなりそうなので、手続きの書類をお預かりしておきます。夕方には出来上がっているはずなので、また寄ってください」
「宜しくお願いします」
俺はそういってからエワズ海運商会の事務所をあとにして大通りに出た。
周囲を見渡すと、この辺りは港湾でも街の中心地に近かったせいであまり大きな被害は出ていなかった。
俺は被害の大きかった場所を確認しようと桟橋付近に向かう。
桟橋近くの広場にくると、大勢の港湾労働者が復旧作業を行っているのが見えた。
あらためて確認すると昨日は気付かなかったが、かなりの被害だったようだ。
スキュラによって建物が攻撃を受けて、それによって火事になったのが被害を大きくしたようだ。
火事の延焼を食い止める為に、住民の手によって壊された建物も多く見受けられる。
広場の一角に多く人が集まっている場所があったので、近づくと大勢の人がいて悲しむ姿が見える。
そこは遺体置き場になっていた。
見るだけでかなりの数の遺体があるのが分かった。
大陸内陸部に近い防衛都市などであれば、普段から中型魔獣の襲撃に備えているので被害は少ないそうだが…。
安全であるはずの沿岸部都市で、複数の中型魔獣に不意打ちをくらった状況では、これだけの被害者が出ても仕方ないだろう。
俺は顔をしかめて、その場をあとにした。
スキュラ襲撃騒動は、西部都市タハカに物的にも人的にも多大な被害を与えていた。
俺は大通りを歩きながらふとジュエンウーの事が頭をよぎる。
(ジュエンウーが襲ってきたら、これ以上の被害だったんだよな…)
そこである事をおもいつく。
(ジュエンウーもスキュラ襲撃に関係あるんじゃないか?)
俺の想い描いたのは、災害級魔獣のジュエンウーの捕食から逃れようと、複数の中型魔獣のスキュラが移動してきている姿である。
本来Dランクであり、積極的に人を襲うことがないはずのスキュラが、大挙して街にくることは考えにくい。
しかし災害級魔獣のジュエンウーが絡んでいると納得がいく部分がある。
直接襲ってこなくても、いろいろ人族へ影響を及ぼすのが災害級なのかなと思っていると、宿の前に到着していた。
部屋に戻るとサリスとアミとオルが集まっていた。
「おかえり」
「朝早かったようね」
「おかえりですー」
「エワズの事務所で入港手続きをお願いしてきたよ。書類は夕方できるそうだけどね」
「時間も時間だし、冒険者ギルドに呼ばれているから行きましょうか」
「先に食事をしたほうがいいかもしれません。アミさんも僕もおなか減っていますし」
「食事がいいですー」
時間を見ると11時50分だ。
考えてみたら昨日の朝から何も食べていないことに気付いた。
「じゃ、食事をとってから代表のギウガさんに説明するために冒険者ギルドに向かおう」
三人がうなずく。
俺達は宿の部屋をあとにして、大通りに出ると冒険者ギルドに向かう途中にあったカフェに入る。
周囲のテーブルを見渡すとご飯を飯碗で食べている人がいた。
おかずに目をやると焼き魚や根菜類の煮物らしき料理が目に入る。
(おおお!和食だーーーーーーーー!!!!)
心の中で思わず叫んでしまった。
俺の予想は当たっていたようで、ヒノクスは食文化は転生前の日本に近かった。
いつものように店員におすすめの料理を頼むと、他の客と同じような食事を持ってきた。
「焼き魚膳です。どうぞ」
お膳の上に、白いご飯が盛られた陶器の飯碗、汁物が入った漆器のお碗、焼き魚の置かれた皿と漬物の入った小鉢が、並べられていた。
(本格的だな!)
「綺麗な盛り付けね」
「そうですね。僕はパラノスでは見かけたことがないですね」
「美味しそうです!」
三人にも和食の見た目は好評のようだ。
俺は汁物を手に取り、口に持っていくと懐かしい香りが鼻をくすぐる。
味噌の香りだ。
碗に口をつけて汁を飲むと、口いっぱいに魚の旨みと味噌の味わいが広がる。
具と風味から、魚のあら汁のようだが本当に美味しい。
ふと三人を見ると、驚いた顔で俺を見ていた。
「ん?」
「ベック、お碗を口に運ぶのは下品よ」
「!」
サリスに言われて気付いたが、躊躇なく俺は味噌汁のお碗をもって口に運んでいたのだ。
ドルドスやパラノスでは、まずしない食べ方だ。
和食に出会った嬉しさから、ついつい転生前の日本人として行動してしまった。
転生やスキルについては三人に秘密にしてるので、俺は焦った。
その時、サリスの向こうの座ってる客が、同じように食している姿が目に飛び込んできた。
「あ、ごめん。でも他の客も同じように食していたから」
そういうと三人が周囲の客を見渡す。
「あら本当ね」
「こういった食べ方をヒノクスではするようですね」
「みんな器用にスティックを使ってるです」
「スプーンとフォークがあるか聞いてみようか?」
俺はそういうと店員にスプーンとフォークを三組もってきてもらった。
三人は俺と違い、スプーンとフォークで焼き魚膳を食べ始める。
「塩だけで焼いた魚ですけど美味しいですね」
「ライスが甘くて美味しいですー」
ご飯が甘いのは、転生前の地球と同じで米を炒めたりせずに水から炊き上げているからだろう。
しかし本当にご飯もうまい。
「このスープ美味しいわね。ブイヤベースに近いようだけど変わった複雑な味がするわ」
サリスのいう複雑な味とは味噌のことだろう。
俺は店員に味噌汁のことを尋ねてみると、フィッシュスープという名前で、魚をぶつ切りして煮込み、最後にビーンペーストを溶きいれているという話を聞くことが出来た。
ビーンペーストというのが、この世界の味噌のようだ。
一緒に話を聞いていたサリスがメモを取っていた。
「ビーンペーストという調味料が気になるわね」
「こんど食材屋に行ってみよう」
「そうね」
(これで味噌は手に入ったな、あとは醤油か…。食材屋で手に入る可能性が高いな…)
俺達は焼き魚膳を堪能して、食後に薬草茶を味わう。
「しかしベックは、スティックの使い方が上手だね」
「ですですー」
「小さい時から練習してたって聞いた時は驚いたけど、本当はヒノクスの出身じゃないの?」
「生まれも育ちもドルドスだよ。サリスも知ってるじゃないか」
「うーん」
こういった勘の鋭いところがサリスにあるので俺はドキドキしていた。
俺はこれ以上の話題は危険だと、話題を変えた。
「そういえば今朝エワズに手続きにいったあと、港湾の様子を見てきたけど港湾労働者がかなり動員されてて、復旧作業がされていたよ」
「昨日の様子じゃ、復旧に、かなり時間がかかりますね」
「ああ、オルの言うとおりだな。この様子だとタハカでゆっくり過ごすのは無理そうだから、用事が済んだら明日にでも目的地の港湾都市トウキに出発しようと思ってるけどいいかな?」
「了解」
「はいです」
「はい」
三人がうなずく。
「冒険者ギルドで事情説明が終わったら、僕とアミさんで井戸用水魔石調達に行ってきますね」
「うん、お願い。俺とサリスは食材調達にいくよ。そうすれば明日の午後には出発できるだろう」
明日出発の予定も決まったので、俺はアイテムボックスから旅行準備メモを取り出してトウキまでの航海時間の予想時間に目を通す。
(早くて15時間、遅くても20時間か…。明日の昼出港するとは明後日の朝到着ってところだな…)
メモから目を離して、大通りを歩く地元のヒノクスの人をぼーっと眺めながら思案していると、ある事が気になった。
(そういえば、みんな俺達と姿が同じだな…)
文化的にヒノクスは、転生前の日本に近いようだが、ヒノクスの地元の人を見る限り、転生前の世界でいう黄色人種とは違い、ドルドス人の俺と同じで白色人種である。
考えてみたら、これまで旅の途中で寄った都市の人は、白色人種ばかりだ。
(黄色人種が存在しない世界か…)
転生前に日本人として生きてきた俺としては、ちょっと悲しい気持ちになった。
そんな思いをしていると、サリスがそろそろ移動しようと声をかけてきた。
俺達四人はカフェをあとにして、冒険者ギルドに向かった。
ほどなくして西部都市タハカの冒険者ギルドに到着した俺達は、職員に案内されて会議室に通された。
俺達が席に座っていると、代表のギウガと他に職員3人が部屋に入ってくる。
「昨日は協力してもらって助かったよ」
「いえ。冒険者として当然の協力をしただけです」
そういうと代表のギウガが笑いながら話をすすめる。
「さきほど職員に提出してもらった冒険者証を確認したが、3人が称号持ちとはな。クシナ迷宮でスキュラと倒したという話と、あとは破砕粘土をその若さで使いこなしていたのも納得したよ」
「クシナ迷宮都市ではDランクに準拠した活動が認められてましたので」
「うむ。しかしDランクの討伐経験者がちょうどタハカに来てくれて助かったというのが正直なところだよ」
「タハカの冒険者の皆さんだけでも十分対応されていたようでしたが…」
「そうなんだが、あれだけ迅速に終息できたのは、君たちのおかげだろう。桟橋前の広場で救助された冒険者の証言もあってな。あの戦いで多くの冒険者や住民の命が助かったのは事実だ」
「そういってもらえると加勢して本当によかったです」
そこまで話を進めると、ギウガと一緒に入ってきた職員が代表のギウガに書類を渡す。
「あと、さきほどエワズ海運商会の事務所から、シャイハの事務所から不審な浮遊物の報告が来ているとギルドに話があったんだが、この書類も君たちが運んできたのかな?」
「はい。港湾都市トウキを目指して小型船で移動しているのですが、先日シャイハの事務所でタハカに向かうから届けて欲しいと書類をあずかったんです」
「そうなると、この浮遊物がスキュラという可能性もあるわけだな…」
「今後同じようなことがあるかもしれませんので、当面は港湾に冒険者を見張りで常駐させるほうがいいかもしれません」
「そうだな。行政庁と相談して警戒することにするよ」
ギウガが大きくうなずき、俺達の今後の予定を尋ねてきた。
「さきほども話をしましたが、港湾都市トウキを目指してる旅の途中なので、明日にはタハカを出港しようと思っています」
そういうと、代表のギウガが腕を組んで思案をはじめた。
数分して考えをまとめたのか、一緒にいた職員の一人に指示をだすと、指示を受け取った職員が会議室を出ていった。
職員が出て行ってのを確認してから、代表のギウガが話をはじめた。
「本来は報酬を出す案件なのだが、まだ復旧の最中なので正式な金額が決まるのは先になる。しかし受け取るべき君達が明日にはタハカを出るとなると、こちらも困ってしまう」
「いえ、そういわれましても…」
「そこで、君達の場合、金額としての報酬ではなく、功績を称える為に西部都市タハカの冒険者ギルドから称号を贈ることにさせてもらうよ」
「「「「え!」」」」
俺達四人は、その言葉を聞いて固まった。
唖然とした俺達を見て、代表のギウガがさらに話をつづける。
「私もこの目で君達の活躍を見たし、桟橋前の広場で君達に助けられた冒険者も多い。称号を与えるだけの条件は十分に満たしているだろう。報酬を渡せないのが残念だが、称号だけでも是非貰ってくれ」
そこまで言われると遠慮するほうが失礼になると思い、俺達四人は大きくうなずいた。
オルにとっては初めての称号を、俺とサリスとアミは二つ目の称号をこの日スタード大陸東端の国ヒノクスの西部都市タハカで手に入れることになった。
2015/05/14 誤字修正
2015/05/14 表現修正




