5-17 密林都市ノハ
竜暦6561年7月29日
左手に陸地が見えるが波の穏やかな海上を小型船で進んでいく。
操船はサリスが行い、俺は武器や防具の手入れをしていた。
オルとアミは船室で寝ている。
「そろそろ24時間経つわね」
「そうだね」
時計を見ると13時半だった。
「結構すすんだけどノハは、まだ見えないわ」
「大型帆船の航海記録と、この船の速さを考えると今日中には到着すると思うんだけどな」
「夜遅くなるかしら」
「どうだろうなー」
俺はチェーンハンドボウの手入れをしている手を休めて、操舵輪を持つサリスの横で海上を眺める。
「とにかくこのまま小型船を進めるしかないね」
サリスが小さくうなずくと、話題を変えてきた。
「そういえば最近調子はどう?」
「ん?」
「チーミンで、すこし言い過ぎちゃったかなって…」
「あれは俺が全面的に悪かったからな、ごめんな」
「えっと、よく考えたんだけど、その、そういえば最近…」
「どうした?」
サリスがもじもじしている。
「オルと旅をはじめてからは、私と同じ部屋で寝ていたわけじゃないし、ベックも寂しかったのかなって…」
なにをサリスが言おうとしているのか俺は察した。
ようは歓楽都市チーミンで歓楽街に行こうとしたのは、サリスとの夜のスキンシップが減ったせいで、俺が欲求不満になっていたからじゃないかと思っているらしい。
確かによくよく考えると、俺があの時、悪魔の囁きに負けたのは欲求不満も一因だったかもしれない…
そろそろクシナ迷宮都市を四人で出発して、ヒノクスへの旅を始めてから一月ほど経つ。
その間、サリスと俺は二人きりになることはあっても、昼間の街中か、もしくは船室の中である。
(たしかにスキンシップは減ってるよな…)
ドルドスからパラノスへの旅では、大型帆船では三人で船室にいたが、寄港地ではアミが一人部屋、俺とサリスは同じ部屋で寝ていたおかげで、そこまでストレスを感じたことはなかった。
やはり定期的な夫婦のスキンシップのおかげであったのだろう。
今回のパラノスからヒノクスでは、圧倒的にサリスとのスキンシップが少ない。
アミとオルのためだが、やはりスキンシップが少ない。
「たしかにサリスの言うとおりかもな…。でもオルとアミのためだったしな」
「そろそろ、いいんじゃないかしら」
「ん?」
「最近見てるとオルとアミは、もう平気だと思うわよ」
「そうかな?」
「旅のおかげかしらね、最初の頃よりは仲が進展してると思うわ」
俺は腕を組んで考えてみた。
確かにオルのアミに対する態度も自然になってきているのは確かだ。
一度様子を見てみるのも、ありかなと思った。
「とりあえずアミとオルが起きたら、宿泊する部屋の件を相談してみようか」
「それがいいわね」
俺は二人がどう反応するのかなと思いを巡らしながら、また武器と防具の手入れに戻った。
しばらく陽が傾くまで船を走らせていると、オルが船室から出てきた。
「起きてきたな。アミは?」
「まだ寝ていますよ」
オルがそういうと船倉に向かい、しばらくして戻ってきた。
トイレで用を足してらしくスッキリしたらしい。
あのスッキリした顔じゃ大きいほうだろうなと俺は思った。
小型船のトイレについては、いろいろ考慮した結果、船倉に携帯用分解箱と清浄送風棒を設置していた。
女性陣の強い希望である。
さすがに船室では恥ずかしいから、しょうがない。
ほどなくしてアミも起きてきたのを確認してから、操舵輪を持っているサリスが二人に相談を持ちかける。
「ノハからは私とベック、アミとオルで部屋を取ろうと思うんだけど、どうかしら」
「え?」
「わーい!」
アミが喜んでいる一方、オルが少し戸惑っているようだ。
「ノハからですか?」
「ああ、旅に出てもう一月経つし、サリスがいうようにそろそろオルとアミが同室になっても平気じゃないかと思ってね」
オルが唸る。
嬉しいのだろうが、まだ自信がなさそうだ。
でも同室を喜ぶアミを見て悩んでいる。
しならく唸り続けていたが、それで問題ないと答えてくれた。
「良かったわね、アミ」
「よかったですー」
オルを見たが猫耳が少し赤いだけだが、覚悟を決めた顔をしていた。
(がんばれよ)
俺は心の中でオルを応援する。
今日の宿の部屋割りの件が片付いてから、しばらく小型船を進めたところでサリスが前方を指差した。
「港が見えてきたわ」
波間の向こうに確かに港が見える。
昨日の14時に歓楽都市チーミンを出港した俺達は、28時間近くかけて六番目の寄港地の密林都市ノハに辿りついた。
あいていた桟橋に小型船を寄せたのは18時を過ぎていた。
手続きを終わらせてから、俺達四人が上陸した時には空に星が出ていた。
「20時10分だし、早めに宿に行こう」
俺の問いかけに三人が大きくうなずく。
夜になっても蒸し暑い大通りを歩いて、エワズ海運商会で紹介された宿に向かう。
今日からまたサリスと同室だなと、うきうきしていた俺がいる。




