5-16 魔獣図鑑
竜暦6561年7月28日
朝食を四人で食べているが、非常に辛い。
昨日の夕食もそうだったが、非常に辛い。
針のむしろに座る気分というのは、こういう気持ちのことをいうのだろう。
俺とオルは、もくもくとサリスの作ってくれた豆のカレーを食べていた。
しかし豆のカレーに使われているはずの香辛料の味が脳に伝わってこない。
おかしい。
いろいろと気持ちが麻痺してるみたいだ。
「はぁーー。もう怒ってないから普通にしていいわよ。二人とも十分反省してるのはわかったから」
「サリス、ごめんな」
「アミさん、ごめんなさい」
「もういいです。楽しくたべるです」
「そうよ。そんな顔で食べてもらっても嬉しくないわ」
俺とオルは、そう言われても、どういう顔をしていいのか分かってなかった。
見かねたサリスが俺に今日の予定を聞いてきた。
「ベック、今日の予定はどうするの?」
「えっと、昨日冒険者ギルドで確認したけど、歓楽街以外は特に見て回る場所もないから、街で買物をしたら夕方には出発しようかと…」
「オル、井戸用水魔石はどうかしら」
「昨日、魔石工房で30個まとめて購入できたら平気です」
「次の密林都市ノハまでは、どのくらいの時間がかかりそうなんだっけ」
「正確にはわからないけど、以前話したように二日くらいだと思うよ。問題はその先の密林都市ノハから、河川都市シャイハまでだね。こっちは四日かかると思ってる」
俺がそういうとサリスがオルに尋ねる。
「オル、井戸用水魔石は船に積んでるものと併せてもきつそうよね」
「次の密林都市ノハで、それなりに調達する必要があると思ってますけど」
オルの話を聞いて、俺が口を開く。
「ここで水魔石を出す魔獣を探すのは厳しいかな。この周辺の魔獣は数が少ないらしいって話だから、オルの言うように調達は次のノハでかな」
「そうなるのね」
「問題ないようなら四人で街に買物にいって、夕方出発しよう」
それを聞いてオルが口をはさむ。
「夕方出発だと僕とアミさんが夜の操船できつくなるから、もうちょっと早くならないかな」
「あーーー、確かにそうだね。じゃあ昼の2時くらいまでに出発はどうかな?」
「それなら船室で夜になるまで横になれるから平気ですね。アミさん、どう思う?」
「それなら平気ですー」
アミが答える。
「うーん、そうなると午後までに船内で食べる料理を作って鍋に用意する必要があるわね…」
「サリス、わたしも手伝うです」
「じゃあ、アミと私で、また宿の厨房を借りて食事を作っておくわね」
「そうなると俺とオルで買物か…」
ふと昨日の事を思い出し、また背中に変な汗をかいてしまった。
「え、えっとサリスとアミは買っておきたいものはあるかな?」
「私は食材をいくつか買ってきて欲しいわね。ちょっと待っててメモを渡すわ」
サリスが欲しい食材をメモに書いて俺に渡してくれる。
「アミさんは欲しいものあります?」
「昨日買ったから大丈夫ですー」
「オルは買うものあるかな?」
「うーん、予備の矢くらいかな。ベックは欲しいものあるのかい?」
俺は腕を組んで考える。
かなりパラノスからも離れたし、出来ればこの先の魔獣のことを考えるとヒノクス周辺の魔獣図鑑が欲しいと思いつく。
どこ国にも属しいてない歓楽都市チーミンにあるかどうか分からないが、探すだけ探してみようと思った。
「ヒノクスの魔獣図鑑があれば欲しいかな。パラノスにいったときも魔獣図鑑の入手が遅れて、ちょっと困ったしね」
「じゃあ、僕とベックで、午前中は食材屋と装備工房と本屋に行こうか」
「わかったわ」
「いってらっしゃいですー」
昨日の二の舞を演じたくないオルと俺は、行き先をきちんと伝えてから宿を出ることにした。
大通りでオルと二人きりになった俺は溜息をついた。
同じようにオルも溜息をついていた。
「ごめんな、オル」
「いや、僕も悪かったですし…」
「とりあえず買物はしっかりしていこう。信頼を取り戻さないとな」
「そうだね」
俺とオルは、まず食材屋で必要な肉と野菜を購入し、その足で装備工房へ向かう。
店に入ると、オルが矢を物色しはじめる。
俺も店内の武器や装備を見たが、あまり珍しそうなものはなかった。
しばらくしてオルが俺の元にやってきた。
「よさそうな矢はあった?」
「とりあえず使えそうな矢を購入しましたよ」
そういって矢筒を見せてくれた。
「じゃあ次は本屋で最後だな」
俺とオルは大通りを歩く人に教えてもらって、歓楽街に近い場所にある本屋に向かった。
店に入ると店主にヒノクスの魔獣図鑑のことを聞く。
「たしかあの辺りにあったはずですよ」
そういって店主が本を並べている一角を指し示す。
「ありがとうございます。探してみますね」
そう告げて、俺は並んでる本から魔獣図鑑を探していく。
ふと持ち上げた本の表紙が目に留まる。
(こ、これは!!!)
俺は本を開いてみると、そこには女性の裸体の挿絵が描かれている本だった。
(うほーーーーーーーー!)
おもわず興奮してしまったが、この世界のえろい本らしい。
ふと隣に置いてある本も目に留まったので開いてみると、こっちは亜人族の女性の裸体の挿絵が描かれている本だった。
(もふもふやーーー!!!)
そういえばジャスチも同じような本を持っていたなと思い出す。
俺は店内で別の棚を見ていたオルを手招きすると、亜人族の女性の描かれている本を見せてあげた。
「ちょ、ちょ、え、えぇーー!」
「オル、声が大きいよ」
「い、いや、ごめん。というかなんでこんな本が…」
「歓楽街にくる人に向けた本じゃないかな」
「な、なるほど…」
「こっちは人族の女性の描かれた本もあったんだけどさ、どうする買っていこうか?」
「でも二人に見つかると…、特にベックはサリスさんに見つかると…、命が危険ですよ…」
俺はオルの言葉におもわず、確かにそうだなと思ってしまった。
しかし、この世界の風俗を知るうえで、この本は貴重な資料である。
俺は覚悟を決めて、オルに語りかける。
「オル、これは貴重な資料だよ。それにアイテムボックスに保管すれば、まず二人には見つからないはずだ」
「そ、そうですけど」
「ある意味、これも女性という名の魔獣を綴った図鑑だよ!買っていこう!」
オルが真剣な顔をして悩む。
理性と本能の間で葛藤している。
よくよく考えてからオルが購入を断念した。
「やはり僕は買いません。アミさんに誓いましたし」
キッパリとオルが答える。
オルはいいやつだなと思いながら、俺もオルの返事を聞いて悩む。
たしかにここで俺だけ買っていった場合どうなるか…
見つかったらサリスに…
しかし…
うーん、うーんと悩んだが俺もオルと一緒で結局、裸体の女性の描かれた本の購入を断念した。
昨日の今日で、またサリスに発覚した場合を考えると諦めざるを得なかった。
(時間をおく必要があるな。ドルドスへの帰り道に寄ってみよう…。その頃には、ほとぼりも冷めているだろうし…)
「ごめん、オル。俺も購入を止めておくよ」
「そのほうがいいですよ」
「そうだな、でもこの本屋にいる間はじっくり見てもいいよな」
「まあ、その程度なら平気でしょうね」
「もう少し見ていこうか」
そういって二人で裸体の女性の描かれた本を堪能したあと、名残惜しそうに元あった場所に戻す。
ほどなくして本命のヒノクスの魔獣図鑑を見つけた俺は、早速購入して店を出る。
「なあ、オル」
「なんです」
「あれだな。次このチーミンに来るなら俺達二人だけで来るべきだな」
「…そうですね」
俺とオルは宿に向かって、とぼとぼと歩き出す。
男を駄目にする魔性の歓楽都市チーミン。
おそるべし。




