5-15 歓楽都市チーミン
竜暦6561年7月27日
船室で寝ている俺をオルが起こす。
「チーミンが見えてきたよ」
俺はベッドから起き上がり時計を確認すると朝8時を過ぎていた。
26日の朝7時に古塔都市クバを出港したので、およそ25時間で歓楽都市チーミンに到着したことになる。
操船室に移動するとサリスが操船をしていた。
「ごめん、寝すぎちゃったな」
「いいのよ」
「オルとアミは、上陸にもう少し時間かかるし船室で休憩してていいよ」
「そうさせてもらうね」
「少し横になるですー」
二人は頷いて船室に入っていく。
するとサリスが操船しながら俺に話しかけた。
「ベック、書類の最終確認をお願いしていいかしら」
「ああ、そうだな」
俺は上陸用の提出書類を再度確認をしていく。
ほどなくして小型船は歓楽都市チーミンに寄港した。
俺は一人で下船して、港湾労働者に聞いたエワズ海運商会の事務所に向かう。
事務所は倉庫街の一角に存在した。
俺は事務所に入り、受付の男性に各種書類を提出し、手続きを進めていく。
「はい、では、こちらで行政庁と港湾管理に上陸手続きの書面を提出しておきますね」
「ありがとうございます」
俺は男性に手続きのお礼を言ってから、さらに宿と冒険者ギルドについても場所を教えてもらう。
男性が街の案内図を持ってきて印をつけてくれた。
「ここが宿で、こっちが冒険者ギルドになります。あと北部の塀の中に行くなら騒ぎに巻き込まれないようにして下さいね」
「塀ですか?」
「ええ、塀の中は歓楽街ですので、たまに羽目をはずしすぎた客が他の客や店とトラブルを起こしたりするんですよ」
「なるほど、気をつけておきますね」
俺は男性に頭をさげて事務所をあとにした。
(歓楽街か…。サリスとアミは連れて行けないよな…。行くならオルとだけど…。さすがに女性と遊んだりは出来ないし…。でも記事にするかもだし取材はしないといけないよな…)
歓楽都市と聞いていたので、あるとは思っていたが、やはり噂に聞いていた歓楽街があった。
ベックとして生まれ育ったドルドスの港湾都市パムに近くにある歓楽街といえば、内陸にある歓楽都市セジルが一番近いだろうが、俺はいまだセジルに行ったことがないので歓楽街というのを見たことがなかった。
知ってるのはアキアから聞いた情報だ。
歓楽街とは、借金が返せなくなった奴隷娼婦が性を提供するお店が多く存在する街ということだった。
単純に体を売るだけではなく、酒を提供するだけとか、話し相手になってくれるだけの店もあるそうだ。
アキアの話では、娼婦だけでなく男娼もいるということも聞いていた。
ただ、そういった都市では、性目的で数多くの地元以外の人も集まってくるために当然トラブルも増えていく。
転生前の世界でも夜の歓楽街でよくきく話だ。
しかし、そういったトラブルの対処は、店が用心棒として指名クエストで雇った冒険者が行うケースが多いので、意外と大きなトラブルにならないという話もアキアがしていた。
あと俺が歓楽街で気になっていたのは奴隷娼婦という存在である。
奴隷と聞くと酷い待遇を受けているのかと思っていたのだが、アキアの話では借金などで一時的に自由が制限されている人たちの事を指すんだと教えてもらった。
しかも娼婦の場合は待遇が、かなりいいらしい。
借金が無くなれば開放されるし、性病に掛からないようにしてもらったり、妊娠もしないようにしてもらったり、とにかく丁寧に扱われる。
酷い扱いがあった場合、逆にその店の経営者が犯罪奴隷ということで、大陸内陸部にある防衛都市などに送られてしまうらしい。
話はそれたが、そういった意味で娼婦は丁寧に扱われ、中には借金返済後に、そのまま続けてお金を稼ぐため、娼婦として働く女性もいるという話だった。
ただし、俺は自分の目で見たわけではなく話を聞いただけなので、一度歓楽街を自分の目で見てみたいと思っていた。
そう、これは純粋に取材である。
やましいことはない!
純粋に取材である!
堂々と取材に行くと言えばいいのだ。
取材なら、お店に女性のいる店にいってもいいはずだ!
堂々とお店にいってもいいはずだ!
下心は全くない…はず…だ…
(やっぱりサリスとアミは怒るよな…)
今回はサリスとアミも同行している旅行だ。
歓楽街に行くのは無理だろうと思い、気落ちした俺がいる。
(まあ、いつかは行けるだろうし今回は我慢しよう…)
小型船に向かいながら俺は溜息をついた。
とぼとぼと歩いて小型船に戻った俺は、サリスとアミとオルと一緒に荷物を持って下船し、港近くにある宿に行き、宿泊の手続きを済ます。
「オルとアミは夜も操船してたし、このまま宿で休憩を取ったほうがいいな」
「うーん、少し休んだし、この時間に寝るのも中途半端なので、このまま起きてますよ」
「わたしも起きてるですー」
その言葉を聞いて、俺の頭の中で悪魔が囁く。
(もしかして…、昼間だし…、そう取材だし平気だよな!)
誘惑に負けてしまった俺がいた。
「じゃあ、今回は俺とオルで冒険者ギルドに行って情報を調べてくるよ。サリスとアミは調達お願いできるかな?」
「どうしたの?ベック」
「いや、毎回同じ組み合わせだしさ。たまにはこういったのも新鮮かなって」
「うーん」
サリスが考え込む。
こういった時のサリスは意外と勘が鋭いので、俺は内心ドキドキしていた。
「まあ、いいわ。たまにはアミと一緒に街に出かけるのも楽しいし」
「サリス一緒に服を見にいくですー」
「二人とも楽しんでこいよ」
俺はそういうとオルと一緒に目抜き通りを歩き出す。
サリスとアミが見えない場所まで来たところで、オルに小声で俺は話しかけた。
「オルはさ、歓楽街にいったことある?」
「歓楽街?」
「ああ」
「それってなんですか?」
「あれ、オルの住んでた村の近くにはなかったのかな」
「聞いたことがないですね」
「えっと、魅力的な女性がサービスしてくれる店がたくさんあるんだよ」
「え!」
オルが目を丸くする。
「いや、その、そんな店いったらアミさんに…」
「取材だよ、取材。さすがにサリスとアミには悪いから言い出しづらいけど、純粋な取材だよ」
(そう純粋に男としての取材だ!)
変な言い訳を心の中でして、さらにオルに話しかける。
「店の中に入らなくてもいいしさ、どうかな」
「そ、それなら仕方がないですね。取材ですし」
オルもそういった店に興味がまったくない訳ではなさそうだ。
まあ女性と遊ばなければ平気なはずである。
二人は目抜き通りを歩いて北部にある塀で囲まれた場所の前まできた。
かなりの人が行き交っているのが見える。
ここの歓楽街の規模を考えると、かなりのお金が動くようだ。
俺とオルが歓楽街の入口で、その光景を立ち止まってみていると、不意に肩を叩かれる。
「ここに冒険者ギルドがあるのかしら」
サリスの声であった。
俺とオルは固まったまま、後ろを振り向けなかった。
俺は変な汗が噴き出してきた。
(うひゃーーーーー)
「え、えっと、その、あれ、おかしいな場所を、そう場所を間違えたみたいだ!」
「バレバレです!」
「そうね」
「あ、あの僕はベックに無理矢理連れられてきて」
「見てたです!」
オルの顔が俺と同様に青ざめていく。
「そこにカフェがあるし、ちょっと二人とも来てくれるかしら」
俺とオルは、サリスとアミに徹底的に絞られ続けて、開放されたのは2時間後だった。




