5-14 セイレーン
竜暦6561年7月25日
今日の予定が少し変わった。
俺の中では、クピンサルのいる農家の見学だけだったのだが、夕食時に合流したオルから井戸用水魔石の調達のために、魔獣を討伐して水魔石を集めたいという話があったのだ。
理由だが昨日、午前中寝ていたオルとアミが井戸用水魔石調達の為に魔石工房に向かったところ、工房の在庫が少ないので売って欲しいなら水魔石を持ってきて欲しいと頼まれたからだった。
そういった依頼で午前中から魔獣討伐を行い、夕方に時間があったらクピンサルのいる農家の見学をしようという話になった。
最悪今日中に見学できなくても、出港前に見学しようという話もあったので、俺達はそこまで焦ってはいなかった。
水魔石となると昨日のクエスト状況で見るとセイレーンだろうなと予想していたが、やはり水魔石が取れるEランクの依頼はセイレーンのみだった。
「やはりセイレーンか…」
俺は冒険者ギルドの職員にセイレーンの情報を聞いてみると、古塔都市クバの西にある入り江にセイレーンが住み着いているという話を聞いた。
「船がないと厳しかったわね」
「小型船を一時的に出港できるように、今朝一番でエワズ海運商会と話をしておいてよかったな」
「そうね」
「ハープーンアローの扱いはどうかな?オル」
「アミさんと一緒に昨夜練習してみたけど、なんとか当てるだけなら大丈夫だとおもうよ」
「海の魔獣と初めて戦うけど、なんとかなりそうだな」
「そうね」
「任せるです」
俺達はセイレーン討伐の依頼票と冒険者証を、受付に提出して採取箱と依頼票を受け取ると港に向かう。
大通りを歩きながらサリスがしゃべりかけた。
「肉の採取もあるのね」
「ああ、食べたことはないけど美味しいらしいよ」
「期待しちゃうわね」
「うん、そうだな」
俺は歩きながら3人に作戦を話す。
「サリスは船の操作をやって欲しいけどいいかな」
「任せてちょうだい」
サリスがうなずく。
「オルはハープーンアローでセイレーンを狙ってもらうね」
「うん、まだ慣れていないから外すかもしれないけど、当たるまで我慢してもらえると助かるな」
「そうだね、ハープーンアローの訓練も兼ねてるから気にしなくていいよ」
俺はそう答えると、オルが安心した表情を見せる。
「アミはセイレーンが船上の俺達目掛けてジャンプしてきた時に受け止めて欲しいな」
「任せるです!」
右手の篭手を持ち上げながらアミが答えるが、頼もしいかぎりだ。
「まあ、セイレーンが攻撃を仕掛けてくるまでは、ハープーンアローの刺さったセイレーンをロープで引き寄せる役目もあるから頼むよ」
「はいです」
「ベックは小型船近くまで引き寄せたセイレーンにスパイクを撃ちこむのよね」
「うん、引き寄せて小型船にセイレーンが近づいてきた時の攻撃は、俺のスパイクとオルの矢だな。さらに小型船の脇まで引き寄せればアミに銛で突いてもらおうと思ってるよ」
俺の言葉で三人がうなずく。
そこまで話をして俺はセイレーンとの戦闘の様子を想い描く。
なんとか戦えそうだなと思う反面、セイレーンの姿が俺の思っている姿ではないことに落胆していた。
転生前の世界では、セイレーンというと漁師を歌で惑わす綺麗な女性の魔物というイメージがあったが、この世界のセイレーンはトビウオのような姿をした魚の魔獣である。
水中では大きな尾ビレを器用に動かして素早く動き、船上の人を襲う際には水中から勢いよく飛び出すと大きな胸ビレ広げて滑空しながら襲ってくるのだ。
この世界では海の魔獣としては非常に幅広く知られた魔獣である。
空を飛ぶセイレーン…
胸をさらけだしてる人魚ではないのだ…
本当に残念である…
(はぁ、人魚の魔獣もいてほしいな…。半漁人みたいなサハギンがいたし可能性はあるのかな…。そしたら当然胸を出してるよな…。大きな胸なのかな…。でも大きいと水の抵抗も大きくなるだろうし、ちっぱいなのかな…)
そんな煩悩まみれの妄想をしていると、いつの間にか港に着いていた。
俺は妄想を振り払い、みんなと一緒に船に乗り込む。
「じゃあ出発するわよ」
サリスの声で俺達はギルドで教えてもらった古塔都市クバの西にある入り江を小型船で目指す。
しばらく進むとセイレーンのいる入り江に到着した。
後部のデッキに俺とオルとアミの三人が出て海上を見渡しセイレーンを探す。
オルが何かに気付いて指差す。
「いたよ」
俺とアミは位置に着く。
(【分析】【情報】!)
<<セイレーン>>→魔獣:アクティブ:水属
Eランク
HP 157/157
筋力 1
耐久 1
知性 4
精神 2
敏捷 2
器用 1
(知性が高いんだな…)
オルが普通の矢を構えて、斜め上に向けて矢を放った。
上空に舞い上がった矢が弧を描きながら、かなり離れた場所にいる波間に顔をだしたセイレーンのそばに着水する。
そのセイレーンは攻撃に気付き、俺達を見つけたようで、すぐに水中に潜った。
アミは盾を構え、俺はチェーンクロスボウを構え、オルは落ち着いてロープの付いたハープーンアローを弓に番えて、水中から襲ってくるセイレーンを待つ。
小型船から10mくらい先の海から勢いよくセイレーンが飛び出したが、船の俺達を目掛けて突撃してきたわけではなかった。
キュキュキューっと鳴きながら、船を脇をかすめて飛んでいく。
どうも船上の俺達を近くで確認したかったらしい。
用心深い魔獣だ。
セイレーンが着水しようとする間際、オルが狙いすませたようにハープーンアローを射る。
勢いよくハープーンアローが放たれる。
それとともに繋がれたロープがするするっと船上から伸びていく。
ハープーンアローが届いたのは、セイレーンの着水と同時だったので、当たったかが確認できなかったが、ロープが勢いよく海中に引きずり込まれるのを見て、命中したのがわかった。
アミが伸びていくロープをガシっと両手で持つと、ロープがピンと伸びて、海面近くにセイレーンが姿を見せる。
セイレーンが刺さったロープ付きのハープーンアローを外そうとジタバタしているが、かなり深く突き刺さっているようで抜けない。
アミは力を込めてロープを少しづつ手繰り寄せる。
セイレーンとアミの力比べの様相だったが、オルが普通の矢を次々と海面に姿をだしたセイレーンに当てていく。
突き刺さる矢でセイレーンが次第に弱っていくにつれて、セイレーンがどんどん船に近寄ってくる。
チェーンハンドボウの射程内までセイレーンが近寄ったところで、俺はスパイクをセイレーンに5本撃ちこむとセイレーンが大人しくなった。
スパイクの一本が頭部に命中していたのが致命傷になったらしい。
船の脇まで寄せたところで絶命しているセイレーンを確認し、船上に引き上げて解体を行う。
1mほどの大きさのセイレーンから水魔石を回収したあと、身を三枚におろし採取箱にしまった。
採取箱に入らない身は、もちろん俺達の食材として確保し、アイテムボックスにしまう。
「ふー、かなり解体に時間がかかったな」
「そうですね。初めて倒しましたけどセイレーンって大きいですね」
「お肉が美味しそうです!」
「目的の水魔石も手に入ったし良かったよ、さて港に戻ろうか」
俺達はセイレーン討伐後、古塔都市クバの港に戻り、魔石工房によってから井戸用水魔石の調達を済ませた。
「10個手に入ってよかったわね」
「ああ、これだけあれば次の歓楽都市チーミンまで十分だな」
「あとは時間もあるし、これからクピンサルのいる農家を見に行ってみましょ」
「いくですー。あの布が作れる魔獣は気になるですー」
「途中で冒険者ギルドで報告だけさせてくれないかな。すっかりセイレーン討伐のこと忘れてるだろ」
「そういえば、そうだったわね」
大通りを歩いて冒険者ギルドに立ち寄ると、俺は報酬を受け取り、オルにアミの分を合わせて銀貨2枚を渡す。
受けとったオルが、早速アミに銀貨1枚を渡すとアミが喜んでいた。
旅をしていると出費が多いから、銀貨1枚であろうと報酬の存在はありがたいのだ。
冒険者ギルドを出ると、今度こそクピンサルのいる農家を目指すことになった。
町外れの一軒の農家に赴くと、旅の冒険者でありクピンサルを見学をしたいことと、さらにギルドの人に紹介されたことを告げた。
農家の男性がこころよく、見学を許してくれたので、案内されるまま近くにある小屋の中に入る。
中にはたくさんの棚があり、所狭しとミカン箱くらいの無数の箱が置かれている。
農家の男性が一つの箱を地面に置いて中を見せてくれた。
(【分析】【情報】!)
<<スラダ・クピンサル>>→魔獣:パッシプ:聖属
Fランク
HP 10/10
筋力 1
耐久 1
知性 2
精神 2
敏捷 1
器用 1
(たしかに弱いんだな…。しかし奇妙な姿だな…)
俺は絹糸を作るカイコを想い描いていたのだが、クピンサルはまったく違う姿をしていた。
子犬程度の大きさのあり、粘土状の体に覆うように背中に硬い殻が付いている。
「スライムに近いのかな?」
「うーん、クレイパペットの体に近いんじゃないかしら」
「背中に殻もあるからトータスにも見えますね」
「どこから糸がとれるです?」
アミが農家の男性にきくと、男性が背中の殻のある穴を指差して糸の話をしてくれた。
「この殻の穴から一月に一回、細い糸を吐き出すんだ。それを回収して紡いでいくと糸になるんだよ」
「なんで細い糸を出すんです?」
「そのあたりは、よく分かってないんだ。ただ糸は貴重な収入になるからね。重宝してるよ」
「そうなんですか」
「でも、本当に大人しいわね」
サリスがクピンサルを見て、その大人しい姿に見入っている。
「スラダの葉を与えると大人しくなるんだよ」
「それって布の名前ですよね?」
「もともとはクバ周辺に自生している植物の名前なんだよ。野生のクピンサルは、たべないんだけどね」
「え?」
俺は、その言葉に驚くと農家の男性がスラダの葉の与え方を教えてくれた。
「この箱いっぱいにスラダの葉を詰めてから、クピンサルを入れると普段食べないはずのスラダの葉を食べて、それからは大人しくなるしスラダの葉しか食べなくなるんだ」
「へぇー、最初に気付いた人は凄いですね」
「ああ、昔の人だが、そのおかげで貴重な収入にもなってるし、その人に感謝しているよ」
農家の男性が、にこやかに笑う。
俺達は、しばらくクピンサルを見学したあと、農家の男性に深く頭を下げて礼を言い、宿に向かった。
俺は魔獣とうまく付き合う古塔都市クバの人々の生活に逞しさを感じながら、夕暮れの大通りを歩き進む。
2015/05/18 誤字修正




