5-5 南部都市イマンチ
竜暦6561年7月12日
オルに起こされ揺れる船内で俺は目を覚ます。
時間を確認すると朝8時である。
港湾都市バイムを出港してから24時間経っている。
操船を交代する時間だった。
俺と同じくオルに起こされたサリスが、大きなあくびをする。
「オル、夜の操船ありがと」
「ありがとね」
「うん、いまはアミさんに操船してもらってるよ」
そういって前にある操船室を指差す。
「それじゃ朝食の準備をするわね」
そういうとサリスが揺れる船室の中で、壁に固定された調理器具で鍋を温める。
鍋も調理器具にフックで固定されていて、ちょっとした波で揺れてもこぼれないようになっている優れものだ。
やはり船の中で簡単な温めが出来るだけでも、快適さが違う。
鍋の中には港湾都市バイムの宿で出港前に調理したカレーが入っていた。
俺とサリスとオルは簡単にカレーとナンで食事を済ませる。
そのあとアミの食事のために俺がアミと操船を交代する。
外を見ると、あいにくの曇り空だが、1回目の寄港地である南部都市イマンチを目指して、海岸沿いを南東に向かって進んでいく。
しばらくするとサリスが操船室に入ってきた。
「今日は天気わるいのね、海はこれ以上荒れるのかしら…」
「様子見だけど、西の空は明るくなってるし天気は回復するんじゃないかな」
「でも、かなり進んだようだけど、イマンチはまだのようね」
「大型帆船の記録を見る限り、もうすぐだと思うけどね」
「陽の出てるうちには着きたいわよね」
「そうだね、そういえば二人はもう寝たのかな」
「ええ、夜通し操船したし疲れて寝たわ」
「二人がいて助かったよ。こういった移動でも暗視の加護が役立つよな」
「本当だわ。二人に感謝しないとね」
俺は大きくうなずいた。
「そういえば船室に調理器具を固定して正解だったな」
「ダルガラタさんに無理言っちゃったけどね…」
サリスが船に俺に小型船への調理器具の工面をお願いしてきたのは四日前のことだ。
あまりに準備期間がなかったが、ダルガラタさんが船室内の一部に防火処理を施してくれて、そこに簡易調理器具を固定してくれた。
本格的な調理は出来ないが、温めるくらいなら可能になったことで快適性が向上したのは間違いない。
大型帆船で煮炊きが出来なかったころと比較すればかなりの違いがある。
「次イマンチから出港するときはポトフかカスレがいいなー」
「考えておくわ」
そういってサリスが微笑んだ。
2時間ほど進んだところで魔力切れの合図が鳴ったのでサリスと操船を交代して、俺は操船室にある器具の井戸用水魔石を新しいものと取り替えた。
ここからはサリスが操船をつづけるというので、そのまま任せることにした。
操船しながらサリスが俺に尋ねてくる。
「一昨日言ってたけど、次のイマンチに今日ついたら出発は明後日なのよね?」
俺は旅行準備メモを取り出してから、間違いないことを告げる。
「ヒノクスへ行く途中の寄港地では最低1日は観光時間を作る予定だよ。ただし何も見所がなければ、水や井戸用水魔石の調達が終わり次第出港するけどね」
「出来ればベッドで寝たいわね。海に長時間出てると陸が恋しくなるわ」
「あー、そうか。そうすると1日はベッドで休んで、出港は早くて明日、遅くても明後日か」
「そうしてもらえると助かるわね」
サリスは嬉しそうに俺を見る。
「そうすると宿の場所を4人で確認したら、宿の手配と物資調達はオルとアミに任せて、サリスは俺と共に冒険者ギルドにいって近隣の情報を調査しよう」
「ええ、わかったわ」
俺は【地図】を使う。
宙に映し出された情報では、港湾都市バイムから見てかなり南東まで来ている。
西部都市カトラと港湾都市バイムまでの距離と比較しても、それ以上進んでいることになる。
大型帆船の移動日数で考えると間もなくつくはずだ。
俺は揺れる船内で気分が悪くならない範囲で旅行記の記事を書きながら到着を待つことにした。
魔力切れの合図が鳴った、俺は新しい井戸用水魔石をセットしてサリスと操船を交代する。
時間を見ると12時20分だったが、まだイマンチは見えてこない。
サリスと操船室の中で他愛無い会話をしながら船を進めていくと、しばらくして船の前方に港らしきものが見えてきた。
どうやら南部都市イマンチが見えてきたらしい。
「オルとアミを起こしてくれないか、イマンチが見えてきたよ」
「やっと着いたのね」
「桟橋で空いてる場所があればいいんだけどな。あと港についたら俺だけ先に下船してエワズ海運商会の事務所で入港手続きや船の管理を済ませてくるから船で待機してて」
「わかったわ」
ほどなくして曇り空の南部都市イマンチに到着した俺達は、各種手続きを済ませてから荷物をもって宿に向かう。
宿に向かう途中で気付いたが、かなり蒸し暑い。
晴れ間が出ていればかなり暑いことが予想される。
港から程近いエワズ海運商会の事務所で紹介された宿に着くと、俺はオルとアミに宿の手配や調達を任せて、サリスと共に冒険者ギルドに向かった。
目抜き通りを30分ほど進むと街の中心部にある冒険者ギルドが見えてきた。
冒険者ギルドの扉を開き、中に入るとEランク掲示板をまず確認する。
サリスが指差す。
・レッドキャップ討伐 銀貨4枚
・トルシュ討伐 銀貨4枚
「このあたりにもいるのね、レッドキャップ」
「パム迷宮で何度も倒してるから、レッドキャップは今回は無しだな」
「そうね、トルシュは図鑑に載ってるかしら」
俺はパラノスの魔獣図鑑を確認した。
「珍しいタイプの魔獣だな。燃えながら襲ってくるらしい」
「え?」
俺は挿絵をサリスに見せた。
「体の表面から燃える液体が滲み出ていて、それで体が燃えるらしいね」
「フレイムストームソードと相性悪いわね」
「近接職泣かせの魔獣だね」
「どうやって倒してるのかしら」
「聞いてみようか?」
俺はギルド内の職員に旅の冒険者であることを告げてトルシュについて聞いてみた。
「旅の冒険者だったのか」
「はい」
「このあたりの冒険者じゃ常識だが、こいつは雨の時に倒すんだよ。雨以外だと倒すのは厄介だけど、雨の時ならすぐに倒せる魔獣さ」
「天気条件によって倒す魔獣ですか、珍しいですね」
「雨じゃなくても、火を消すことさえ出来ればいいんだけど、雨なら特に準備することなく倒せるからな」
職員がにこやかな笑顔で答えてくれた。
俺はついでにこのあたりの名所か特産がないか聞いてみることにした。
「そうだな、竜岬なら見ごたえがあるかもな」
「竜岬?」
職員が南部都市イマンチの簡易地図を持ってきて海に突き出た岬を指差す。
「歩いて2時間ほどかかるが、ここの岬に誰が作ったかわからんが竜の像が建ってるんだよ」
「それで竜岬ですか…」
「ああ、このあたりの漁師の間じゃ海難事故を抑えるとかいう話があるけどな」
「情報ありがとうございました」
「いやいや気にしないでくれ」
俺とサリスは頭を下げて冒険者ギルドをあとにした。
「明日は竜岬ね」
「あれ、俺なにも言ってないけど」
「その顔を見れば分かるわよ」
「うーん。そんなに俺の顔ってわかりやすい?」
「そんだけ笑顔ならわかるわよ、ほんとに単純よね」
「ははは」
俺は笑いながら目抜き通りを歩く。
すこし進んでから時間を確認すると17時である。
まだ宿で待ち合わせしている時間まで余裕があるなと思った俺は思案する。
「時間もまだあるし装備工房みてみようか?」
「雑貨屋にも寄ってみたいわね」
「雑貨屋は厳しいかもな、時間があれば寄ってみよう」
通りを歩いてる街の人に装備工房の場所を聞いた俺達は店に向かう。
「ここみたいだね」
「ええ」
中に入ると武器や防具が所狭しと置かれている。
ざっと見て回ると、変わった矢が売っていた。
矢の先の方に赤い布が巻かれている。
俺は店員に尋ねてみた。
「この赤い布が巻かれた矢はなんですか?」
「弓は使わないのかい?」
「あ、旅の冒険者なんです」
「おお、珍しいな。他の街や村でこんな矢を見たことがないのかい?」
「はい、俺は見たのはここが初めてですね」
「なるほどな」
手人が矢の近くにある瓶を手に持って説明してくれた。
「この瓶の中にある液体を赤い布に染み込ませてから火を着けると、矢の先が燃えるんだよ」
「なるほど」
それは火矢であった。
火に弱い魔獣には最適な矢である。
「瓶の液体は油ですか?」
「食用でないけどな、トルシュという魔獣から取れる体液を加工したものなんだ。値段も安くてな。この瓶で銀貨3枚だよ。30本の矢とセットで銀貨5枚で売ってるんだ」
「なるほど…」
ここでトルシュの名前がまた出るとは思ってなかったが、それなら合点がいく。
魔石加工で同じような矢を作ろうとすればコストが高くなる。
また食用油を流用するより火が着きやすいのであろう。
話を聞いていたサリスが買おうと提案してくる。
「オルにぴったりだし、買って帰りましょ」
「俺も同じ事を思ったんだが…」
ちょっと高いかなと思ったが、燃えた矢は再利用できないのでしょうがないと思い矢と瓶を銀貨5枚で購入することにした。
良い買物が出来たと俺とサリスは宿に戻ると、オルとアミが食堂で待っていた。
「宿の厨房を借りることが出来ましたよ」
「ありがとう、オル」
「交渉したのはアミさんですよ」
「えへへ」
「そうだったの、ありがとね。アミ」
「美味しい料理が食べれるですー」
サリスとアミが笑っている。
俺はオルに火矢を渡すとびっくりした顔をされた。
「これを僕にですか?」
「ああ、装備工房に売ってたんだよ」
「火矢なんて凄く高かったでしょ」
「え?」
「あれ?」
「そんなに高くなかったが…」
「ルードン村の周辺で買おうとすると銀貨10枚ほどですけど…」
「イマンチならその矢と瓶のセットで銀貨5枚だったよ」
「えぇぇぇ!それ本当ですか!」
「ああ、サリス、銀貨5枚だったよな」
「ええ、そうよ」
それを聞いてオルが唖然とする、かなり破格の値段だったのだろう。
場所が変われば値段も変わるということをオルは身を持って知ったのであろう。
「まだ在庫ありそうでした?」
「それで終わりだったようだよ。値引き交渉しようとしたら、それが最後だって言われて無理だったんだ」
「…そうですか」
「まあ、他の都市でもっと安いかもだし、それで今は我慢しておくしかないよ」
「そうですね」
オルが残念そうな顔をする。
さて話が一段落したので、夕食にすることにしたがサリスの提案で今日は外で食べることにした。
南部都市イマンチの味を知りたいらしい。
目抜き通りを歩いて、賑わっている店を見つけたので中で食事をすることにした。
店の中にはいると香辛料の香りが凄い。
南部都市イマンチもカレーの食文化らしい。
店員におすすめの料理を頼む。
ほどなくしてテーブルに食事が運ばれてきた。
「蟹入りカリーとライスです。どうぞ」
店員が、蟹を殻ごと使ったカレーとライスと、水の入った桶をテーブルに並べていく。
「こんなカリー初めてですよ。美味しそうですね」
「これどうやって食べるのかしら」
「殻にはヒビが入っているし、きっと手掴みで蟹の殻を剥いていくんじゃないかな。その桶は手を洗うものだよ」
「なるほどね」
「美味しいですーー」
俺の説明を聞く前にアミは既に手掴みで大きな蟹の殻を剥いて食べていた。
とてもワイルドである。
俺とサリスとオルは、その姿をみて、ついつい笑ってしまったがアミに倣って、殻を手で剥きながら蟹肉を食べていく。
鋏の部分の肉は肉厚でとても美味しい。
香辛料も良い具合に蟹肉に、からまっている。
正直な話として剥いた蟹肉をカレーに入れたほうが手軽で美味しいのだろうが、こういった手を汚しながら食べるというスタイルそのものが、この店の売りになっているようだった。
カレーで手を汚しながら、俺は南部都市イマンチの夕闇に包まれる。




