5-4 操船訓練
竜暦6561年7月3日
昨日の夕方、港湾都市バイムについてからの俺は忙しかった。
サリスとアミを宿屋前で降ろして宿の手配を頼み、そのあと船大工の棟梁のラガタガさんの倉庫に馬車を届けて解体依頼を出して、さらにそこからハーネスを外した馬二頭をオルと手分けして馬屋に戻した。
オルと一緒に馬屋から宿屋まで戻ったあとは、俺一人で小型船の確認と今日からの操船訓練をお願いしようとダルガラタ船工房に行って話をつけてきた。
結局俺がオルの待つ宿の部屋に戻ったのは、ゆうべの21時を過ぎていたのだ。
俺が一所懸命がんばった結果として、今日の午前中は4人ともダルガラタさんの指導で小型船の操船訓練をすることができ、無事にさきほど訓練が終わったところだった。
「君達4人、操船については本当に筋がいいな。この分なら1週間程度で操作は習得できそうだな」
「船の性能がいいんだと思いますよ。帆船と違って難しい帆の操作もないですしね」
「あとは天気の読み方だな、荒れそうなら、すぐに波の静かな場所に避難が必要だからね」
「そうですね。海の事はいろいろ知っておく必要があるので講義をお願いします」
「いや君には世話になったからな、次の小型船の建造も目処がついたしね」
「本当によかったですね」
「観光船があれほど儲かるとは思ってなかったよ。本来なら君の船なんだから、午後も操船訓練にあてれるのに観光船として貸し出してもらって助かったよ」
「いえ、予約されている方達がいるんですし、そこは楽しみにしてる方達に悪いですからね」
「新規の観光船の乗船受付は断っているんだが、本当に申し訳なかったね」
「こちらも予定より早くバイムに戻りましたし、事前に連絡が出来なかったのもありますからお互い様ということにしましょう」
小型船を使った観光事業は、かなり好評を博していた。
1日平均50名の客を乗せて銀貨10枚の売り上げになったそうだ。
井戸用水魔石代を差し引くと1日平均銀貨5枚の利益を叩きだし、天気が悪く出港しなかった日を除くと総利益は銀貨135枚となっていた。
この分でいくと港湾都市バイムを出発するまでに利益の半分、約銀貨70枚は手に入りそうだった。
ダルガラタさんも、観光事業が儲かることがわかったことで次の小型船の建造に動き出した。
話を聞いたら、次の船は構造を見直し、乗船人数を増やすそうだ。
仮に10人乗りだとすると、簡単に計算して1日あたり銀貨15枚、1月で金貨4枚銀貨50枚の利益が出ると想定しているらしい。
半年かからず小型船の建造費を回収できるのだから、ダルガラタさんは非常に喜んでいた。
ダルガラタ船工房をあとにし、二組分かれて行動することにした。
俺とサリスはヒノクスへの渡航の為の情報集め、オルとアミは物資の手配をしてもらう。
俺はサリスとエワズ海運商会で資料をもらったあと、目抜き通りのカフェで休憩をとっていた。
「今頃楽しんでるかしらね」
「じゃないかな、とりあえず手を握ってみろとは伝えておいたよ」
「そうね、まずはそこからね」
コーヒーを飲みながら目抜き通りを行き交う人を眺める。
「俺達とは違うからな。出会ったばかりだし、それに経験がないんだから」
「二人とも純情すぎるわ」
「でも、もし俺もいまサリスと出会って付き合いはじめたら、あの二人と同じでサリスに手を出してないかもな」
「そうかしら、ベックは出会ってすぐに襲ってきそうよ」
そういってサリスが、かわいく笑う。
その笑顔を見て、こんなかわいいサリスに手を出さないでいるのは辛いから、やっぱりすぐに襲っちゃうかもなと思った。
俺はコーヒーを一口飲んでから、テーブルの上の資料を指差しながら話題を変えた。
「さてと大型帆船には乗船しなくても、各港でエワズ海運商会にある事務所が利用できるようになったからヒノクスへ行きやすくなったな」
「そうね、やはりエワズ海運商会と契約してて良かったわね」
「ああ、入港手続きや船の管理を任せられるのは助かるからな」
「もらった資料は大型帆船の移動経路だったわね。それで計画を練っていくのかしら」
「うん、大型帆船の寄港地への日数などを元に小型船での移動計画を立てるよ。操船訓練が終わる頃には、まとめ上げるつもりさ」
「がんばってね」
「オルにも手伝ってもらうよ、一緒の部屋だしな」
「オルも計算が得意よね」
「うん、そうだな。明日は井戸用水魔石の購入をお願いするつもりさ」
サリスが紅茶を美味しそうに飲んでから俺を見つめる。
「私も明日はヒノクスで売れそうな品を探しに出てみるわね」
「少しでも路銀の足しになれば助かるからよろしくな、サリス」
「ええ」
「そういえば、ヒノクスへいく途中による港でも同じように品物を見繕ってもいいかもな」
「たしかにそうね、あとは最悪売れなかった場合を考えて、自分達で消費できるもので考えたほうがよさそうね」
「ドルドスに戻ってから売れる商品もあるだろうし、そこまで拘る必要はないかも。まあサリスに任せるよ」
サリスが小さくうなずき、紅茶に口をつける。
「そろそろ食材を買って戻らないとね」
「宿の厨房が借りれてよかったな」
「めったに使われないみたいよ」
「街に出れば飲食店は多いし、そうだろうな。で、今日は何を作るのかな」
「秘密よ。楽しみに待っててね」
そういうとサリスは席から立ち上がる。
俺も席を立ち上がり、サリスの買物に付き合うことにした。
買物が終わり、宿に戻ると、食堂のテーブルで食事が出来るのを待ちながら、エワズ海運商会の資料に目を通していく。
しばらくするとオルとアミも宿に戻ってきて食堂で合流する。
「サリスを手伝ってくるですー」
アミが厨房に向かったので、オルに小声で進展があったか聞いてみた。
オルが左手を見つめてから、嬉しそうに無言でうなずく。
勇気を出して手をつないだのであろう。
初々しいなと思ってから、オルに井戸用水魔石の調達をお願いする。
「あの小型船の燃料なんだよね」
「ああ、速度を上げた場合、2時間で1個消費するらしい」
「やはりあれだけの速さを出すには、お金がかかるんだね」
「短時間で目的地に着けるのは魅力だから、そこは我慢するしかないな」
「でも大量には売ってくれないかもしれないよ」
「考えはあるんだ、明日クシナ迷宮で手に入れた水魔石を渡すよ」
「もしかして加工を依頼するのかい?」
「うん、オルにはその水魔石を井戸用水魔石に加工をお願いしに、行ってもらいたいんだ」
「となると魔石工房か。それならどうにかなるね」
「じゃあ、明日の午後もアミと一緒に行動お願いするよ」
そういってから、また俺はエワズ海運商会の資料に目を通していく。
ほどなくしてサリスとアミがテーブルに食事を運んできた。
「メガプテルの肉を使ってみたの。野菜と鳥肉の葡萄酒煮込みよ」
「仕込みに時間がかかってたね」
「ええ、臭みを取り除くのに時間がかかったのよ、でも味見をしたけど美味しくできたわ」
「いい香りです!」
「これはドルドスのほうの調理法なのかな」
「ええ、そうね。鳥肉じゃなくてラム肉やボア肉を使うことが多いわね」
「へぇー」
「オルもドルドスに行くんだし少しは味をしっておいたほうがいいでしょ」
俺達は買ってきたナンと一緒に、鳥肉を頬張ると、ジューシーな鳥肉がほろりと口の中で崩れて溶けた。
煮込み加減が絶妙だ。
歯を使わなくても、噛み切れる鳥肉にオルがビックリしていた。
香りもよいし、味もよい。
香辛料が程よく使われている複雑なソースの味で鳥肉の旨みが引き出されていたのはさすがだ。
宿の食堂からは俺達の楽しそうな会話が流れるくる。
その会話と共に、港湾都市バイムの夜が深まっていく。
2015/05/04 誤字修正
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