5-2 スープカレー
竜暦6561年7月1日
荷物を持って俺達はまだ暗い中を馬屋に向かう。
馬屋に到着すると既にオルと馬屋の従業員が馬屋の前で待っていた。
俺は三人をその場に残して従業員と一緒に馬車を引き取りに行く。
馬車に近寄ると既に馬がハーネスで繋がれていた。
気を効かした従業員がハーネスを繋いでくれていたらしい。
「長い間預かっていただき、ありがとうございます!」
「またクシナに来たときは利用してくださいね」
「はい」
俺は従業員に頭を下げて、御者台に乗り込み、馬車を三人の待つ馬屋の前に動かす。
「随分と立派な馬車だね」
「特注でね」
全員の荷物を積み込むと、まだ外が暗いので御者をアミに任せる。
オルにはアミの隣に座ってもらい周囲の警戒をお願いした。
「では出発するですー」
アミの操作で馬車が港湾都市バイムに向かって走りです。
馬車の室内でサリスが感慨深げに遠ざかるクシナ迷宮都市を見つめる。
「また来たいわね」
「師範がここで修行したのも納得したよ。それにしても師範も人が悪いよな。もっと詳しく教えてくれればいいのに」
「自分の目で確かめてこいって事じゃないかしら」
「たしかに師範なら、そういうことを考えてもおかしくないか」
「でしょ」
そういってサリスが笑う。
強い魔獣で修行するには最適な迷宮だ。
また来るのだろうと想像しながら、俺は少し横になることにした。
サリスも俺の隣で横になって、俺に聞いてくる。
「ガアナット村で今日泊まるのかしら」
「どうした?」
「クランも4人になったし馬も元気でしょ、バイムまで夜通し移動したらどうかなって」
「馬の休憩を昼間にするってことになるな」
「そうね」
「たしかに休みを最低限にすれば、より早くバイムに着くな」
俺は頭の中でそれぞれの道中の役割を考えていく。
「18時から6時までアミに御者してもらってオルに弓で警戒してもらおうか」
「そうね、メガプテル対策で、それがいいわね」
「昼間はサリスが御者で俺が警戒につけば、組み合わせは悪くないな」
「じゃあ10時くらいに食事にするから、そのあとアミとオルに馬車の中で休んでもらいましょ」
「そうだな」
俺は馬車から顔を出して二人に、そのことを告げると問題ないという返事をもらった。
俺はその返事を聞いたあと、また室内で横になって仮眠をとった。
サリスの声が聞こえたので目を覚ますと馬車も止まっていた。
どうやら食事を兼ねた休憩時間になったようだった。
目を擦りながら馬車の外にでた。
「ごめん、寝過ごしていたみたいだ」
「平気よ。ベック」
サリスが答える。
俺はサリスのほうを見ると、アミとサリスが街道沿いの木陰でシートを広げて調理をしていた。
馬車を見るとオルが馬に桶で水を与えていた。
「オルありがとう」
「いや平気だけど、この馬車は凄いな」
「そうなのか?」
「ルードン村から馬車を乗り継いでクシナまで来たけど、こんなに快適な馬車は無かったよ」
「ああ、ほらこれだよ」
俺は馬車の下部の板バネを指差した。
「これは?」
「金属の板の力で揺れを抑えてるんだよ」
「へぇー、特注ってだけあるな。あと御者台でアミさんに聞いたけどバセナ紀行の本を書いた時もこの馬車で移動したんだろ」
「ああ、思い入れのある馬車だよ」
「バラバラにしてまで持ってくるだけの価値があるんだな」
「まあね」
俺とオルがそんな会話をしながら馬の世話をしていると、食事ができたとアミが呼びに来た。
木陰のシートの上で、遅い朝食というか、早い昼食というか、とりあえず中途半端な時間だけど食事を取ることにした。
「カリー風味のポトフよ」
パラノスで手に入れた香辛料で味付けを施した具沢山のサリスのオリジナル料理だ。
俺の中ではスープカレーと名づけているが、それは黙っている。
俺とアミとサリスはその味わいを楽しみながら堪能した。
しかしそれ以上に堪能したのがオルだった。
ポトフを食べたのが初めてだったらしいが、カレー風味で食べやすかったらしい。
「ベック、サリスさんってシェフなのか?これはお店で食べる味だと思うけど」
「サリスは凄いんですー」
「料理のセンスは確かにあると思うよ」
「あんまり褒めてもこれ以上食事は増えないわよ」
そういいながらサリスが満更でもないようで少し嬉しそうな顔をしていた。
食事で英気を養った俺達は休憩を終えて、先に進むことにした。
時間を見ると11時である。
サリスが御者、俺が警戒につく。
夜の移動もあるのでアミとオルには馬車の中で仮眠をとってもらっていた。
半日ほど進み、陽が傾き始めたころ街道の脇に水田が見えてきた。
一ヶ月前と異なり稲がかなり大きくなっている。
優しい風で、緑色の絨毯に波立つのが見える。
青々とした田んぼの景色は見ていて気持ちいいのは、やはり日本人ならではの感性だろうか。
横のサリスも田んぼの景色に見とれているので、どうやら万国共通の感性のようだ。
ほどなくしてガアナット村に到着した。
時計を見ると17時20分だった。
およそ12時間の移動にかかったことになる。
ちょうど交代の時間も迫っていたので、ガアナット村の広場に馬車を留めて交代の準備を進める。
アミとオルを起こすと馬車の中で、昼間食べたスープカレーを温めなおして4人で食べる。
「よく眠れたかな」
「ぐっすり寝たですー」
「ああ、しっかり睡眠が取れたよ。しかし内部にまで手を加えていたとはね。アミさんに聞いたけど温度調整機能とかあって本当に快適だよ」
「ベックは旅行に関することには手を抜かないわよねー」
「俺の人生と旅は切っても切れない関係だからな。手抜きはしたくないのさ」
俺がそういうと三人が呆れたような顔をする。
まあ、俺の旅好きは転生前から数えて50年近くなるからしょうがない。
馬の休憩と夕食を終えた俺達は、アミの御者とオルと俺の警戒で夜道の街道を進むことにした。
オルが御者台、俺が馬車の屋根の上で周囲を警戒する。
サリスは少し早いが馬車の中で横になってもらった。
迷宮灯をつけていたアミが何かに気付き、明かりを消すと同時にオルが弓を構えた。
暗闇の中でシュッシュッという矢を放つ音が聞こえるとアミが馬車を止め、再度迷宮灯の灯りをつける。
30mほど先の街道にメガプテルがうずくまっていた。
(【分析】【情報】!)
<<メガプテル>>→魔獣:アクティブ:闇属
Eランク
HP 69/117
筋力 1
耐久 1
知性 1
精神 1
敏捷 8
器用 1
(かなり体力が削れているな)
よく見ると矢が二本胴体に突き刺さっている。
俺は馬車の屋根から飛び降りてメガプテルに駆け寄り、至近距離で頭に向けてスパイクを5本撃ち込んだ。
駆け寄ったオルが事切れたメガプテルを確認してから、大型のナイフで解体作業を進めていく。
かなり手馴れた手つきだった。
「オルは慣れているな」
「ああ、肉が美味しいからね」
そういって手早く肉と魔石を回収すると俺とオルは馬車に戻る。
「おつかれですー」
「良い肉が手に入ったな」
「ええ、明日にでもサリスさんに調理してもらいましょう」
「鳥肉は美味しいですー」
そういったアミがまた馬車を走らせ始めた。
しかし暗視持ちが二人いると夜の行軍がかなり楽だった。
23時にサリスと俺が交代するまでにメガプテルを2匹追加で倒すことが出来たので、当分は肉料理が食べ放題だなと笑っていた俺がいる。




