4-20 クシナ迷宮
竜暦6561年6月7日
朝目覚めると横にサリスがいなかったので慌てたが、そういえば夕べはアミと一緒に寝るという話だったのを思い出し安堵した。
昨日カフェでオルと別れたあとのアミの豹変ぶりは凄かった。
興奮しすぎて感情の制御が出来なかったようだった。
一目ぼれってやつだろう。
夕食後も興奮が抑えられないアミを見かねて、サリスが夕べは付き添うことになった。
たしかにオルは見た目かっこいい。
俺には劣ると思うがかっこいい。
身長は俺と同じくらいだから、170cmはあるだろう。
肌は日焼けしていて少し浅黒い。
髪の色は青い。
青い髪の毛は珍しい。
暗いところでは灰色に見えるが明るい場所だと光の反射で薄い青に見えるのだ。
顔つきは精悍である。
目は切れ長で、眼光は獲物を射抜くほど鋭い。
鼻筋も通っているし、口元も引き締まっている。
…俺より劣ってるか不安になってきたが、まあ劣ってるだろう。
見た目を考えるとアミが一目ぼれしてもおかしくないなとは俺も思う。
しかも同族となれば尚更だろう。
アミのいないときにサリスと話をしたが、サリスもオルならばアミとはお似合いじゃないかと考えていた。
ただし、すぐに判断するには早いし、アミとオルのお互いの感情が一時的なものかもしれないのでじっくり確認していこうという話に落ち着いた。
俺は冒険者装備に着替えて、アミの部屋の扉をノックする。
「俺だけど、起きてる?」
「いま開けるわ」
サリスが中から扉を開けてくれた。
もうサリスもアミも準備が出来ていたが、二人の目が赤い。
「二人とも寝不足?」
「寝たわよ、ちょっと遅くまで起きてただけよ」
「寝不足はないです!」
「あんまり眠そうにしてるとオルに悪いからな」
「大丈夫です!」
アミがオルの話しが出た途端、いきなり気合のはいった声で返事した。
気負いすぎのような気がするんだが…
それでも昨日よりは落ち着いてるようだった。
サリスがいろいろと相談にのってあげたからだろう。
ふとアミから良い香りが漂ってくる。
「あれ?」
「どうしたの、ベック」
「いやいつもしない良い香りがしたから…」
「ちょっと化粧品を変えただけよ、さてと早く朝食を食べてから待ち合わせの場所にいかないとね」
「はいです!」
ゆうべ、どんな相談を二人でしたのか聞くのが怖いなと思った俺がいる。
深く追求するのは止めておこう。
宿を出た俺達は、冒険者ギルドの併設のカフェにいき食事を頼んだ。
朝食の定番メニューという野菜と豆のカレーだ。
香辛料の影響でほどよい汗も額から出てくるが、具沢山で食べ応えがあるし体が覚めていくのがよくわかる。
一通り食べ終えてから時間までコーヒーを三人で飲む。
普段は二人はコーヒーを飲まないが、夜遅くまで起きていたので苦いコーヒーで眠気をなくしたいらしい。
俺は昨日かったパラノスの魔獣図鑑を見ながら、いろいろとクシナ迷宮の内部を想像していた。
「迷宮のマップは売ってないのかしら」
「そういえばパム迷宮と違って歴史も長いし、売ってる可能性もあるな」
「職員に聞いてみるです!」
そういってアミがカフェから飛び出していった。
すごい行動力だった。
しばらくするとアミが地図を持って戻ってきた。
「地下4階までの地図を買ってきたです!」
「アミ、ありがとな。いくらだった?」
「いえ、これは私がお金を出すです」
「わかったよ」
俺はアミに笑いかける。
買ってきた地図を見ると、俺達3人は想像していた迷宮と違って唖然とした。
「パム迷宮とは全く違うんだな…」
「広いです」
「1階も2階も3階も4階も広場だけなのね…」
地図には円形になった広場が書かれていて、どこにどんな魔獣が点在してるか書かれていた。
パムと違って通路が全くなかった。
おそらくだが、地図に書かれている広場の直径はかなり広いと思われる。
とにかく一度入ってみるしかなかった。
「ねぇ、階段の位置だけど、これって…」
サリスが指差すのを見て更に俺は驚いた。
各階に移動する階段が近いのだ。
ようは4階までいくのも時間をかけずに移動できるのだ。
師範はここで修行してBランクまであがったという話だったが、強い敵と戦って修行するには確かに最適な迷宮である。
猫人族の里も成人してから修行に出す理由がわかった。
「修行向けに最適な迷宮か」
「これじゃDランクとも戦えるわよね」
「ああ、そうだな」
「とりあえずはEランクで様子をみよう」
地図と魔獣図鑑を見て、どこに向かうか俺は検討する。
地下2階の地図を指差す。
「ここにペガズがいるな」
「たしかEランクのクエストになってたわね」
「階段からも近いし、他の冒険者に倒されていなければいいな」
二人に魔獣図鑑を見せる。
「見ての通り、羽根が生えていて宙を飛ぶ馬の魔獣だ」
「ベックに頼ることになるわね」
「オルもいるよ。彼はアーチャーだからね」
「そうだったわね、二人いれば安心だわ」
「アミとサリスは、近寄られたときの対処役だな」
「頑張るです!」
「あとは時間をみながら、手近な魔獣を狩っていこう」
「それでいいわ」
時計をみると、あと15分くらいで9時になる。
Eランク掲示板からペガズ討伐依頼を剥ぎ取り、受付の男性に提出してクエストを受けたあと迷宮入口に向かう。
すでにオルが待っていた。
「オル、遅くなってごめん。カフェで準備をしててね」
「僕も今きたところだよ」
「オル、こんにちは」
「今日はよろしくです…」
オルは昨日の派手な衣装と違い、今日は冒険者装備をしっかり着ていた。
手には小型の弓をもっていた。
(【分析】【情報】!)
<<ラタ・ネラ・オル>>→猫人族男性:14歳:冒険者
Eランク※
HP 209/209
筋力 2
耐久 6
知性 2
精神 2
敏捷 4
器用 12
<<装備>>
スナイプボウ
ハンターヘッドバンド
ハンタージャケット
ハンターアームガード
ハンターレッグガード
(器用が高いな。長い間、弓の修行を続けていたというのも頷けるな)
オルも昨日はアミとの出会いで舞い上がってたらしい。
今頃になって俺達の装備が変わっていることに気がついたようだ。
「見かけない武器を使ってるんだね」
「ああ、三人とも特別にオーダーした品だよ」
「えっ?」
「えっとね、活動拠点にしているドルドスのパムに発明家の知り合いがいるのよ。その人に調整してもらってるの」
「へぇー」
「ちなみにアミのあの篭手は盾と打撃の両方の性能があるよ」
オルがアミの両手の篭手を見つめる。
「そういえばアミさんはシールダーとか昨日言ってたよね」
「ああ、アミは接近戦が得意なんだよ」
「アミさんになにかあったら大変だよ!危険すぎるよ!」
「うーん、魔獣のほうが危険かな」
「そうね、魔獣に同情しちゃうわね」
「えっ?」
アミが恥ずかしそうにしている。
オルが自分の身を案じてくれたんで嬉しかったのだろう。
「あとで一緒に戦えば分かるよ」
「まあ、魔獣は僕がアミさんに近づけないようにするから平気だよ」
「そうしてくれると助かるよ」
アミの戦う姿を知るとどうなるのかなと、ちょっと俺は不安になった。
俺の心配をよそにサリスが微笑んでいる。
ちょっと不気味だ。
俺達は迷宮に入る手続きをしてから、クシナ迷宮へ足を踏み入れる。
ギルドによって据え付けられた石組みの長い階段を下りると地下1階の南側の壁の近くに出た。
俺達3人は、その景色に唖然とした。
明るい。
地下なのに仄かに明るいのだ。
しかも天井の高さは10mほどあるだろう。
遠くを見るとところどころに天井と地面を繋ぐ巨大な柱が見える。
地面には、ところどころ草が生い茂る場所も見える。
あと入口から伸びる壁だが、すこしづつ湾曲しているのが分かるが端が見えない。
地図を見て円形だというのは理解してたが、巨大な丸いホールになっている迷宮だった。
「パム迷宮とは違うのね…」
「本当にひろいです」
「オルはクシナ迷宮についてどのくらい知ってるのかな?」
俺はオルに聞いてみた。
「里の長から聞いた話では、直径20kmくらいの円い広場になってるらしいよ」
「かなり巨大だな…」
「どうして明るいです?」
「光る植物が生えてるって話をしてたよ。でもその植物が生えていない場所もあるから注意しないといけないみたいだね」
「ふむ…」
俺は腕を組んで考える。
光る植物とはヒカリゴケとかそんな植物なのかなと想像する。
あと少し気になったのは、ここでオルが一人でどんな修行をしようと考えてたのかだった。
「そういえばオルは修行でクシナに来たけど修行内容はどうするつもりだったんだい」
「ギルドの求人掲示板は見たんだよね?」
「求人掲示板です?」
「ああ、三人は見てないのか」
「求人というと冒険者の仲間を募集するのかしら?」
「うん、一時的な仲間を集める掲示板さ。目的の魔獣によって討伐人数が足りない場合に活用するんだけどね」
「なるほど、手伝える求人があれば、それに参加するつもりだったんだ」
「そうだよ」
便利な仕組みが採用されてるのもクシナ迷宮の歴史が長いからだろう。
よく考えられている。
俺はオルに説明してなかったので地下2階の地図を見せて説明する。
「今日は様子見だし、ペガズのEランククエストを受けたから、それをまず狩ろうと思ってる」
「分かったよ」
「オルはペガズを知ってるようだね」
「ああ、クシナ迷宮で有名な魔獣だからね。空を飛ぶけど弓があればすぐ倒せるよ。あと皮も服に使えるから高価なんだよ」
「オルは物知りです!」
「ありがとう、アミさん」
仲がいいなと生暖かい目で俺はアミとオルをみていた。
そのあと地下2階への階段が近くにあったので、俺達は地下2階に向かう。
しかし移動が本当に便利すぎる。
ほどなくして地下2階に到着した。
時間をみると10時にまだなってないのに、もう地下2階である。
素晴らしい迷宮だなと俺は感激する。
地下2階も地下1階と大きくは変わってないが、草の他に木も生えていて、視界をさえぎるものがある。
「迷宮の中に木まで生えているのね、厄介だわ」
「身を隠す場所があるから冒険者にとってもメリットはありますよ」
「オルのいうことも、もっともだな。あとは地図に書いてある魔獣の行動半径がどれほど広いかだな」
「縄張りがあるらしいから、ひろくは動かないって話だよ」
「わたしが先行するです」
「ああ、サリスは一番後ろを頼むよ。俺とオルで中盤で警戒をしておこう」
「アミさん、先頭で平気ですか?」
「いつも一番前だから平気です」
そういってアミはオルに両手の盾を見せ微笑んで答えると、オルも納得したのかそれ以上は何もいわずに中盤で弓を構えて進みはじめた。
しばらく進むとペガズのテリトリーに入ったらしい。
生えている木に冒険者の残した札が掛かっていた。
こういった印は非常に助かる。
慎重に周囲を警戒しながら4人で前に進む。
オルが空を飛ぶペガズに気がついて俺達に合図をおくってから弓を構える。
距離はかなり離れていて、チェーンハンドボウの射程を大きく越える。
ここでは弓がかなり有効だ。
(【分析】【情報】!)
<<ラビリンス・ペガズ>>→魔獣:アクティブ:聖属
Eランク
HP 136/136
筋力 2
耐久 2
知性 4
精神 1
敏捷 4
器用 1
(聖属とは珍しい。パムだとフェアリーも聖属だったな)
オルがペガズに気付かれないように木陰から矢を放つ。
大きく弧を描いた矢がペガズの首元に突き刺さる。
ペガズはいきなりの攻撃で暴れだし、空中で円を描くようにぐるぐると回って攻撃してきた相手を探そうとしてきた。
続けてオルが矢を放つが警戒されたペガズに矢をかわされてしまった。
ペガズが木陰にいる俺達を気付き、空中から襲ってくる。
近づいてくるペガズが有効射程距離に入ったと同時に俺はチェーンハンドボウでスパイクを5発連射する。
オルも近づくペガズに狙い済まして弓を射る。
俺のスパイクは5本共に胴に命中し、オルの放った矢は翼の根元に突き刺さる。
ペガズが、いななきながら地面に落下した。
そのいななきを聞いたのだろう、もう1匹ペガズが空から現れた。
落下したペガズはアミとサリスが駆け寄って手傷を与えていくのが見える。
仲間を助けようともう1匹のペガズがアミに向かって空中から突撃しようとするが、オルが鋭い矢の一撃を放ちペガズの頭部に矢が命中し落下した。
俺はすばやく駆け出すと、頭部に矢の刺さったペガズに接近して、頭部に向けてスパイクをカートリッジが空になるまで撃ち続ける。
頭部に深々とスパイクが十数本刺さったペガズは絶命した。
カートリッジを交換してアミとサリスの対処していたペガズに駆け寄るが、既にサリスの首元への一撃で勝負はついていた。
「おつかれさま」
「オルありがとです!」
「ああ、オルの弓の腕はいいな」
「えっと、三人とも本当に僕と同じEランクなの?」
オルは凄いものをみたような顔で俺達を見ていた。
「Eランクだよ、三人とも」
「いやいや、おかしいって!」
オルがなぜか否定している。
「そうなんです?」
「えっと自覚がないようだけど、Eランクの魔獣をこんなに短時間で普通は倒せないよ」
「うーん、パム迷宮で3年近く連携の修行をしてきたからじゃない?」
「え?」
「説明してなかったっけ。11歳から14歳までドルドスのパム迷宮で俺達はクランの連携を磨いてきてたんだよ」
「11歳から!」
「ああ、俺とサリスは10歳でEランクになってたんでね」
「えーーーーーーっ」
オルが変な声をだして唖然としていた。
「な、なるほどね…、すでに3人はEランクの魔獣相手に3年近い実績があるんだね…」
「そうなるね」
「あとはその装備を揃えたのも、迷宮での稼ぎのおかげなのかな。特にベックの使ってる弓は強すぎるよ」
「強いのは強いけど、射程が短い弱点があってね。やっぱり今回みたいな魔獣には弓の方がいいよ。あとは俺よりもアミのほうが強いよ」
「アミさんが?」
「アミ、オルに杭を見せてあげて」
「はいです。《ライト・スティング》!《レフト・スティング》!」
シュパっと、アミの左右のパイルシールドガントレットから太さ5cmほどの杭が飛び出すのを見てオルが唖然とする。
「そ、それって盾つきの篭手なんじゃ…」
「打撃武器としても使えるんだよ。あれで殴られる魔獣が可哀想でね」
「…」
驚きすぎてオルが固まってる。
しばらくして、オルが難しそうな表情で俺達に話しかける。
「僕じゃ三人の足手まといにしかなりませんよ…」
「そんなことないです!さっきオルは私を助けてくれたです」
「うん、俺もオルが足手まといなんて思ってないよ」
「わたしもそうね、まず私達3人とも近接距離に偏りすぎてるのよ。今後はペガズみたいな魔獣が増えると思うとオルがいてくれると助かるわ」
「…うーん」
オルが悩んでいる。
しかし今回思ったが、弓があると攻撃の幅がひろがるのは確かだ。
実力を確認したが、オルの腕は将来一流のアーチャーになるのは間違いない。
サリスがなにかを思い出したように俺に話しかけてきた。
「そういえばクシナの冒険者ギルドの代表から、Dランク討伐に参加してもいいって許可をもらってたわよね。ベック」
「ああ」
「Dランク討伐にいくのに4名でいったほうが安全よね。ベック」
「そっちのほうが安全だろうな。Dランクは俺達も初めてだし」
「本当にDランクを倒しに行くのかな?」
「許可は出てるからね」
「アミは3人で討伐にいくより4人のほうがいいわよね」
「4人のほうがいいです!Dランクは大きいです!」
「オルもDランク討伐にいってみない?いい修行になるわよ。あといまならアミもついてくるからお得よ」
サリスが訳の分からないアピールをしている。
しかしオルは腕を組んで真剣に考え始めた。
もともとオルは修行に来てるんだし、14歳でDランク討伐が出来るのは貴重な体験である。
しかも俺達三人はDランクを十分倒せるだけの実力があることをさっき理解している。
アミの件を抜きにしても、向上心のある冒険者なら断りにくい状況だ。
しばらく考え込んでいたオルが答える。
「わかりました。僕では力不足ですが、そのための修行ですので是非つき合わせてください」
「パムに戻る予定もあるし、とりあえず1ヶ月間クシナ迷宮で私達もDランク相手に修行するってのはどうかしら」
「そうだな、じゃあ1ヶ月間Dランク討伐をする間だけ付き合ってもらう指名クエストをオルに出そうか」
「どうかしら、アミ」
「それでいいです!」
「オルはどうかな?指名クエストだから当然報酬も出すよ。あと期間限定だし悪くない話だと思うけどね」
オルは少し考えたあと、指名クエストの話を断ってきた。
実力の劣る自分の報酬の件はクエストの分配だけで十分だという話だった。
修行の身だし、それ以上の報酬を求めるのは悪いという理由だったが彼の誠実さがよくわかる。
「じゃあ明日から1ヶ月間よろしくね」
「よろしくです、オル」
「オル、よろしくな。あと朝は8時に冒険者ギルドのカフェに集合でいいかな?」
「三人ともよろしくです」
俺達はあらためて握手を交わし、明日から4人で活動することになったことをアミが一番喜んだ。
2015/04/30 誤字修正
2015/05/15 誤字修正




