4-18 クシナ迷宮都市
竜暦6561年6月5日
クシナ迷宮を目指している俺達は、辺りもまだ暗い時間にガアナット村を出発した。
宿屋の主人によれば、この時間に出発すれば、ぎりぎり今日中にクシナ迷宮都市に着くという話だったからだ。
俺は御者台で馬を操り、隣のアミはチェーンクロスボウを持って周囲の警戒する。
街道を進むと徐々に辺りが明るくなっていく。
東に見える山の稜線を見るとちょうど太陽が顔を出そうとしているところだった。
景色が赤く染まっていく。
「夜明けです」
「ああ、もうメガプテルは出ないと思うけど、用心はしておこう」
アミは小さく頷き、また周囲の警戒を始めた。
田んぼが周囲ない場所まで街道を進んだところで、俺は前方から近づいてくる荷馬車に気付く。
アミが身をかたくして、馬車の壁を三回叩くと中のサリスが三回壁を叩き返してきた。
御者は一人、荷台に護衛の冒険者の姿が二人座っている。
二台には大きな樽が複数積んであったが、野営せずにここまで進んだのであろう。
御者が大きなあくびをしているのが見える。
すれ違い際に緊張したが、会釈してそのまま分かれた。
しばらく進んで荷馬車が見えなくなったのを確認してから警戒を解く。
「盗賊の偽装じゃなかったみたいです」
「十中八九、違うだろうとはおもってたけどな」
「ベックは違うって分かってたんです?」
「父様が行商人だからな。見分ける方法があるんだよ」
俺はアミに微笑む。
判断した理由は荷馬車の馬の耳が横に向いていたからだ。
あれは御者を信頼してリラックスしている時の表情だとジャスチから聞いていた。
盗賊が馬をあれだけ懐かせるほど世話をしているとは考えにくい。
ただし例外もあるので、俺は今回注意を怠らなかった。
それから半日ほどたって、大きな川のそばに来たので休憩をとることにした。
桶に川の水を汲んで、馬に与える。
サリスが馬車の脇で手早く調理をしていく。
周囲に良い香りが漂う。
昼飯はサリス特製のカレー風味のポトフだった。
大きな具材と香辛料の組み合わせが醸し出す味わいはスープカレーに近いものになっていた。
サリスの料理のセンスに俺は脱帽していた。
「サリス、美味しいよ!」
「こっちのカリーのほうがわたし好きです!」
「なかなかいけるわね」
「パムに戻れば、これだけでお店開けるんじゃないかな…」
「嬉しいこと言ってくれるわね」
サリスがにっこり笑う。
俺達は美味しいカレーを堪能した。
やはりこの料理は各地を旅しているサリスならではの発想なのであろう。
熊人族の里で香辛料の扱い方を学んでいたようだし、調理に対する姿勢は尊敬に値するなと俺は思った。
サリスと結婚した俺は間違いなく幸せ者だろう。
食後、川をぼんやり眺めながら俺は【地図】を使用してみた。
地図の情報からだと北東に向かって約80kmほど進んでいるのがわかる。
このペースだと、クシナ迷宮都市と港湾都市バイムは直線で100kmくらい離れていることになる。
しかし4年前と比較して、かなり移動のペースは速い。
良い馬のおかげというのもあるが、馬車に魔石加工技術で重量軽減処理も取り入れたのも大きいようだ。
馬が疲労しにくくなっているという感触がある。
他にも組み立て式にした際に、ファバキさんが手をいろいろ加えて重量そのものを軽くしたのも影響ありそうだった。
やはり陸上移動も快適になるのは、旅を楽にしてくれるなとあらためて思った。
これ以上、陸上移動を快適にするにはどうすればといいかと少し思案するが、過去何度も考えついた、あの存在にやはり行きついてしまう。
(やはり自動車か…。道が良くないからオフロードカーが良いんだろうな…)
小さい時からこの世界で、なんとか再現できないかと考えてきたが、まず俺自身がエンジンの詳しい構造を理解していない。
自動車免許は持っていたし運転も出来る。
でも、いざ作れるかという話になると無理だった。
旅行でいった自動車博物館で、過去の自動車の発展をパネルで見たことはあるが、初期の自動車は荷馬車に蒸気機関を組み合わせるという理解はあった。
しかし蒸気機関をどう組み込めばいいかという話になると、うまく説明が出来ない。
仮にファバキさんに伝えても、開発にかかるお金をどう工面するかという話も出てくる。
既に蒸気機関が存在しているならば話が早いのだが、俺には難しい問題だった。
いつものように諦めかけた時に、小型船の事を思い出す。
(もしかして転生前の地球のエンジンを再現することに拘らないほうがいいのか?)
俺は少し発想を変えてみた。
既存の魔石加工技術を使って近いことが再現できないかと、まずは必要な要素を考えてみる。
・前に進む力
・止まる装置
・進む方向を変える装置
・悪路でも走れる
・坂道でも登れる
・魔石の使用量はなるべく少ない
項目を並べてみたが、考えがまとまらない。
どうしても俺の中の意識が自動車をイメージしてしまう。
(発想が貧弱だな、俺…)
自分が発明家に向いてないことを痛感した。
とりあえず旅行準備メモに項目を記入して、この件はいつも通り俺の中だけで保留にした。
しばらく休んだあと美味しいカレーで英気を養った俺達は、休憩を終えクシナ迷宮都市を目指して馬車を走らせた。
陽が徐々に傾いてくる。
太陽が西の山に隠れそうになったところで、アミが前を指差す。
「見えたです!」
遠くに街らしきものが微かに見える。
陽が完全に落ちて徐々に暗くなったが、俺達はそのまま馬車でクシナ迷宮都市を目指す。
完全に辺りが暗闇に包まれたが、迷宮灯をセットして先へ進むと、しばらくしてクシナ迷宮都市に到着した。
「ふー、長かったな」
「なんとか着いたです」
「バイムで聞いた馬屋へ向かうよ」
「はいです」
俺達は街の入口近くにある馬屋に立ち寄り、書類を渡して馬と馬車を預かってもらった。
このクシナ迷宮都市の馬屋は、港湾都市バイムの馬屋と契約を取り交わしているという話だった。
お互い信頼できる相手として馬屋同士で協力しあっているのであろう。
荷物を持った俺達は、馬屋で紹介してもらった宿屋へ向かうと部屋を二部屋確保した。
今日はもう遅いので三人とも食事もせずに休むことにする。
ベッドで寛ぎながら、明日からクシナ迷宮都市でいろいろ調査がまっているなと思う俺がいる。
2015/05/15 誤字修正




