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観測者λ567913と俺の異世界旅行記  作者: 七氏七
青年期【パラノス旅行編】
102/192

4-15 船

 竜暦6561年6月2日


 今日は俺だけで港湾都市バイムの船大工の作業場にお邪魔した。

 サリスとアミには買い出しを任せている。


 作業場に船大工の棟梁のラガタガさんの姿が見える。

 馬車の組み立て中のようだ。


「こんにちは」

「おお、おまえか」

「組み立てはどうでしょうか」

「こりゃ凄いな。ドルドスじゃ、こんな馬車が普及しているとは驚きだな」

「いえ、この馬車は特注でして…」

「そうなのか!しかし作ったところは凄い工房だな」

「そんなに凄いんですか?」


 俺はその凄さがわからなかったので聞いてみた。


「うむ、普通はバラバラにしたパーツを組み上げた場合、強度が不足するんだがな。こいつは接合部に魔石による術式で補強してあってかなり強固な構造になってやがる」

「詳しくは判りませんが、それは大変な技術なんですか?」

「うむ、術式の組み方を間違えると逆に脆くなっちまうのさ。腕の良い工房だってこの術式を見るとよくわかるな」


 モノづくりに関する技術者同士だと、いろいろ感じるものがあるのかなと思う。

 俺は出来上がる時間を聞いてみた。


「明日の午前中には作業は終わると思うぞ」

「では、明日12時ごろ馬を連れてここに来ますね」

「おお、そうしてくれ」


 俺は礼をして、その場を離れようと思ったが高速帆船の情報がないか聞いてみることにした。


「すいません、一点教えて欲しいことがありまして」

「組み立てのことか?」

「いえ、バイムには海上を高速で走る帆船がないかと」

「ふむ」


 棟梁が俺の顔をじっくり見る。


「冒険者のおまえさんが高速帆船なんて縁がなかろう」

「えっと、実は…」


 俺は書籍を取り出してラガタガに見せる。


「ベック冒険出版商会という商会を経営してまして、今回のパラノスもこの本のような書籍を書く為に来たんです」

「ちょっと見せてみな」


 バセナ紀行をラガタガに渡した。


「ほー、各地の土地の紹介をしてる本なのか」

「ええ、何冊か持って来てますので、その本は差し上げます」

「お、そりゃ嬉しいな。孫に渡すことにしよう」


 ラガタガが嬉しそうに笑う。


「実は高速帆船があれば、パラノスやヒノクスへも移動しやすくなると思いまして、そうすれば出版作業も捗るかなと」

「なるほどな、各地の事情を本で紹介するには出向く必要があるってことか」

「エワズ海運商会の大型帆船でも移動は可能なんですが、さすがに交易船なので移動に時間がかかってしまうのが悩みなんです」


 腕を組んでラガタガが思案する。


「あるといえばある」

「えっ」

「去年バイムであった船の商談会で披露された船があるんだがな」

「どのような船なんですか?」

「小型船でな、そんなに荷物も人も乗せられないが帆がなくて、水の力で進むんだよ」

「えぇぇ!」


 詳しく話を聞くと井戸用水魔石による液体操作によって船底から水を取り入れ、後方に噴射することで進む小型船であり帆を使わないという船だった。

 画期的な技術であったが、高価な井戸用水魔石を使う割に船体を大きくすることが出来ない為に、運べる荷物の量が少ないという理由から売れていない船ということだった。

 話を聞く限り、添乗員時代にツアーのオプションで手配したことのあるスポーツボートに近いと俺は思った。

 プロペラなどによる推進機関は開発が大変だと思うが、魔石加工技術が発達したこの世界でなら、プロペラよりも先に開発されていてもおかしくない船だった。

 しかし考えた工房はロージュ工房のファバキさんに匹敵する天才がいるんだなと俺は驚嘆した。


「話をきくと凄い船ですね」

「ああ、だが海運商会にしろ、漁師にしろ、井戸用水魔石を大量につかうとなるとみんな購入は手控えちまうのさ」

「赤字になりますしね」

「しかし速いのは速い、あと帆船ほど操作は難しくないという点は凄いんだがな」

「どのくらいの速さなんですか?」


 俺がそう聞くとラガタガが事務所からメモを持ってきた。


「試験航海した時の話をきいたメモだが、港湾都市バイムを出て西部都市カトラまで24時間でついたそうだな」

「えぇぇ!」


 俺はびっくりした。

 大型帆船で5日かけてきた海上を1日で到達したということは単純に5倍の速度がでることになる。

 60日かけてパムから着たが単純に考えると12日で到達できることになる。

 しかし問題は使う魔石の量と、運搬できる人数と荷物の量だ。


「そのときの井戸用水魔石はいくつくらい使ったんでしょうか」


 ラガタガがメモを確認してから答えてくれた。


「24時間で井戸用水魔石を12個つかったらしいな。たしか1個銀貨1枚だから銀貨12枚。往復で銀貨24枚って話だな


 銀貨12枚×12日として銀貨144枚が、パムからバイムまでの燃料費ということになる。

 海運商会なら大型帆船を使用するほうが圧倒的にコストは安いから、まずはこの小型船には見向きもしないだろう。

 市場調査もせずに作りたいものを作ったということなんだろうが、この小型船を作った工房の人は、きっとファバキさんと気が合うなと俺は思った。


 しかし俺にとっては非常に魅力的な船である。

 ラガタガにその船を造った工房がどこにあるのかを聞いた。


「やっぱり坊主は興味ありなんだな」

「ええ、自分の場合は海運でも漁師でもないですから、その船の能力は魅力的ですね」

「ははは、その言葉を聞いたら、あいつが喜ぶな」


 にやにやしながらラガタガが簡単な地図をかいてくれた。

 俺は礼をいって、その工房に向かった。




 倉庫街の一番外れのひっそりとした場所にその工房はあった。


「こんにちは」


 返事が無いが、倉庫の扉は開いている。


「こんにちはー」


 俺は扉から中にはいると、そこには小型船が陸揚げされていた。

 立派な船だった。

 大きさは10mほどで、船体はしっかりしている。

 甲板には箱型馬車のようなキャビンがあり前面にはガラスの窓が斜めに設置されている。

 船の操作はそのキャビンの中で行うようだった。

 外観はスポーツボートではなくクルーザーに近い。

 船内にはスペースがありそうなので分解した馬車や荷物を置いても問題ないであろう。

 居住スペースがどんなものか確認したいなと、小型船の周りをうろうろしていると、いきなり声がかかる。


「ん、お客さんかい?」


 倉庫の奥から中年の男性が出てきた。


「ラガタガさんに教えていただいて小型船を見に来たのですが、声をかけても返事がなかったもので…勝手に中に入ってすいませんでした」


 俺は男性に頭をさげる。


「いや、こちらこそ申し訳なかったね、倉庫の整理をしてたんでね」

「この小型船の噂を聞いて見に来たのですが、中を覗いてもよろしいでしょうか」

「うーん、その手の話が多くてね、今は購入を検討してくれてる人にだけ見せるようにしてるんだよ」


 どうやら冷やかしに来たと間違われているらしい。

 俺は自己紹介をして、ここに来た経緯を話す。


「ほう、旅行で各地を回るのに、この小型船がいいのではないかと思ったわけなんだね」

「そうです。短時間で移動できるのは俺に取っては非常に魅力がありますので」

「なるほどね」

「ひとつ聞いてもいいですか?」

「答えられる範囲であればいいけど」

「なぜこの船を造ったんですか?」

「あーー、うん、そうだな」


 男性は少し恥ずかしそうな顔をして答えてくれた。


「誰も作ったことのない船を造ってみたかったんだよ、わたしの小さな時からの夢さ。でも借金をして作ってみたものの売れないのではな…」


 この人は、ただ純粋に夢に向かって走り続けたんだなと俺は思った。

 男性に、どこか自分に似たものを感じた俺がいる。

 あらためて俺は男性に向き合い商談を申し込む。


「ベック冒険出版商会の代表として、是非とも購入を前提に商談をしたいのですが宜しいでしょうか」

「あ、ああ。わたしはダルガラタ船工房のダルガラタだ。商談とはこの小型船ということでいいのだな」

「はい、お願いします」


 その後、俺はダルガラタさんに船体の説明をしてもらい内部の確認も行った。

 その結果、各種魔石加工技術を施している最先端の船であることが分かった。


 ベースは漁師用の小型船を使用しており、水流噴射装置を設置、波による破損に対する外装強化、向かい風を避けるための操作船室の設置、噴射口の向きを操作する操舵輪などが施されていた。

 船室内部は大人6人が寝るスペースが十分に確保されており、船底の荷物室は荷馬車2台分相当の品を確保できる広さがあった。

 広さの確保に役立っていたのは、水流噴射装置が小型であったからだ。

 俺はダルガラタさんに注意点を聞いてみた。


「小型船なので高い波には注意が必要なんだ。一応船体には魔石による強化処置は施しているが、移動の際には沖合いに出ないで陸地の近い場所を沿って移動する形になるよ」

「なるほど沿岸専用なんですね。他には注意点はありますか?」

「井戸用水魔石を大量に使うし、あとは見ての通り帆はないので井戸用水魔石がなくなると海に漂うことになる」

「…リスクはあるということですね」

「積み込む井戸用水魔石は常に多く積み込んでおいて、補充のために港にも寄らないといけないね」


 リスクを聞いたが、それでも俺にとっては海上を高速で進めるという船は魅力的だった。


「この小型船の場合、お値段はいくらになりますか?」

「予想以上に開発にお金が掛かってしまってな…」


 ダルガラタは事務所から去年おこなった船の商談会の時のチラシを持ってきて見せてくれた。


「金貨25枚ですか!」

「うむ、開発に時間もかかったし、材料も高価なものを使用したのでね」


 俺は腕を組んで考える。

 払えない額ではないが、サリスとアミに相談は必要だろう。

 あとは実際に船にのって乗り心地も確認したい。

 ここですぐには購入の返事が出来ないなという結論に達した。


「まず購入を前提に、商会の仲間と相談をしたいと思います」

「それはうれしいな」

「あと実際に乗り心地などを確認したいのですが問題ないでしょうか」

「井戸用水魔石を提供してもらえるなら試乗は出来るよ」


 俺は時計を確認すると12時半を過ぎたところだ。

 14時にサリスとアミと宿で落ち合うことになっているが、二人を連れてここまでくるとなると14時半くらいだろう。


「では14時半に仲間と一緒に来ますので試乗の準備をお願いできますか?」

「2時間あれば十分準備できるよ。井戸用水魔石はそちらで用意でいいのかな」

「出来れば、井戸用水魔石の準備もお願いします。こちらはその代金です」


 俺はダルガラタに銀貨3枚を渡す。


「よし、では準備を進めておくよ」

「そういえば、この船に名前はありますか?」

「型式名はダルガラタ船だが、船名は購入者が自由に名づけるものだからまだないよ」

「そうでしたか、教えていただきありがとうございます」


 俺はダルガラタ船工房をあとにして、急いで宿に戻る。

 14時に二人と待ち合わせなので急ぐ必要は全くなかったが、なぜか急いで宿に向かった。

 旅を快適に出来る船との出会いは、それほど俺にとって興奮するものであったからだ。


 宿の部屋に戻り、【地図】と開いて、テーブルに出したままにしていたパムからの航海の日々を綴った旅行記の記事とにらみ合う。


 港湾都市バイムと西部都市カトラの距離は約800kmくらいだろう。

 ダルガラタ船の時速はおよそ33km。

 6000kmを休まず移動した場合、最速で1週間ちょっとで移動できるはず。

 旅行記の記事を見ながら俺がニヤニヤしていると二人が部屋に戻ってきた。


 俺は二人に連れ出して、ダルガラタ船工房に向かう。

 移動途中でサリスとアミに、どこにいくのか聞かれたが、旅行に使えそうな最新鋭の船をみるという簡単な話だけを伝えておいた。

 どうせ試乗するのだし、詳しく説明する時間が惜しかったからだった。


 ダルガラタ船工房に行くと、倉庫の前の桟橋にダルガラタ船が移動されていた。


「待ってたよ。そちらの二人が商会の仲間なのかな」

「冒険者としてクランも組んでいる仲間です」


 俺はダルガラタに二人を紹介し、さらに二人にダルガラタも紹介した。


「さて試乗の準備は出来てるよ」

「ベック、帆もオールも見当たらないんだけど…」

「ああ、最新の船で水の力で進むんだ」


 サリスとアミが唖然としていた。

 まあ、その気持ちはわかる。

 俺達はダルガラタ船に短い舷梯を渡って船に乗り込む。

 気付いたが、倉庫では見かけなかった膨れた薄い袋が船体側面に付いていた。


「この膨れた袋はなんですか?」

「もし沈みそうになったときに浮力を稼ぐのさ、あとは接岸するときのクッションの役目をしてるよ」


 俺は添乗員時代に港で見たタグボートの側面に付いていた古タイヤを思い出す。

 いろいろ考えられているなと感心した。


 操作はダルガラタが行い出港する。

 とにかく速い。

 大型帆船の経験した速さを大幅に上回っている。


「さっき簡単に話は聞いたけど、速すぎるわ!」

「揺れるです!」

「乗り心地は、そんなに悪くないと思うよ、波の荒れた船の中のほうが大きく揺れてたしな」

「たしかにそうだけど…」

「慣れれば平気な程度だと思うけどな」


 しばらくするとサリスとアミも速度に慣れたのか、船室で楽しんでいた。

 俺は操作方法を見ていたが、非常にシンプルだった。

 操舵輪で左右、手元のレバーで減速と加速である。


「操作が簡単ですね、俺でも操作できますか?」

「じゃあ、少し操作してもらおうか」


 俺は操作を変わってもらい、少し動かしてみた。

 穏やかな海なので操作しやすい。

 大きな波に対する時の船の操作などもダルガラタに教えてもらった。

 筋はいいという話だったので、もし購入するのならば、この船の操作方法の練習講義を無料でしてくれるという話になった。


 俺の操作を見ていた二人も、興味をもったらしく船を操作したが二人ともすぐにコツを掴んだようで船の操作を楽しんだ。

 陽もくれてきたので、岸に戻ることにした。


「この船、最高ね!」

「もっと操ってみたかったです!」

「二人とも気に入ったのはいいけど、今日は試乗なんだ」

「「うーーーー」」


 二人とも不満げであった。

 ふとこれは、商売になるなと思いつく俺がいる。

 二人も賛成してくれたので、俺はダルガラタ船の購入を決めた。


「是非、購入の契約させてください」

「ほんとかね!」


 やっと船が売れたことでダルガラタは満面の笑みを浮かべた。

 夕方、ダルガラタ船工房の事務所で契約書を交わし、代金を支払う。

 もってきた金貨がかなり減ったが、すぐに元に戻せる算段があった。

 契約が終わった後、俺はダルガラタに相談を持ちかけた。


「あと俺達は明日からクシナ迷宮都市にいくので、その間、小型船をここで預かってもらえませんか?」

「それはいいけど、長くかかりそうなのかい」

「長くて2ヶ月と思ってますけど、どの程度かかるかが不明でして」

「その程度なら預かれると思うよ」


 ダルガラタが快く受け入れてくれた。俺はさらに相談を持ちかけた。


「ありがとうございます、あと一点お願いがありまして」

「なにかね」

「あの小型船を預けている間でいいので、小型船を使った観光船の商売をお願いできませんか」

「観光船?」

「ええ、一般の市民の方々向けに船で海上を案内するんです。ひとり銅貨20枚で30分間の海上での高速移動の体験を売りにするんです」

「そんな体験でお金が取れるのかな…」

「一回につき5人定員としても、燃料代の稼ぎにはなります。利益はベック冒険出版商会とダルガラタ船工房との折半でどうでしょうか」

「ふむ、有料の試乗会ということか」

「物珍しさから、ひやかしに見に来る人も多いという話でしたし、それなりに体験を希望する申し込みはあると思いますよ」


 ダルガラタはじっくり思案してから、俺の提案を受けてくれた。

 観光船契約書を交わしたあとに聞いたが、船の宣伝にもなるし、うまくいけば次の船の建造資金も稼げるという思惑があったらしい。


 ダルガラタ船工房をあとにして夕食を取り、宿についた俺は精力的に動き回ったせいで疲れていたのか、すぐにベッドに横になり眠りについた。


 そして海上をクルージングする俺の姿が夢に出てきて、ベッドの中で寝ながらニヤニヤしている俺がいた。


2015/04/28 誤字修正

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