4-14 港湾都市バイム
竜暦6561年6月1日
新しいスキル【履歴】による奇妙な体験は、あの日以降おきていない。
今、俺は甲板に出て波が穏やかな海を眺めている。
水面がきらきら朝日を浴びて輝く。
視線を舳先のほうに向けると陸地が見える。
もう少し進むと目的地である港湾都市バイムもハッキリと見えてくるだろう。
パラノスの西部都市カラトを出発して5日目。
ドルドスの港湾都市パムを出発して2ヶ月。
ようやく俺達は目的地である港湾都市バイムに到着するのだ。
長い航海を思い出して俺は感慨に耽る。
ふと【地図】を使い、宙に地図を映し出す。
これまでの寄港地の位置が全部表示されるように地図を操作する。
(ふむ、正確な距離はわからないが、ざっとパムからは6000kmくらいは離れてるようだな)
波間からたまに上がる飛沫を眺めながらヒノクスへの旅を想像する。
船員の話では、パラノスの港湾都市バイムからヒノクスの港湾都市まで、2ヶ月くらいの期間をかけて移動するという聞いたので、ここからさらに6000kmの移動になるだろう。
ドルドスの港湾都市パムからヒノクスまで12000km。
おそらくは、これまでのこの世界の傾向からヒノクスはアジアに近い文化があると思われる。
味噌、醤油そして米があるだろう。
(あーー、醤油をかけた卵かけご飯食べたいな…)
俺は卵かけご飯の味を思い出してしまった。
醤油の香りと黄金色に輝く飯粒、口に含んだ際のとろける黄身と白身の感触。
ついつい唾液が出てきてしまう。
味を想像して頬が緩んでいることに気付き、すこし海を眺めて落ち着くことにする。
海を眺めていると刺身を思い出してしまった。
醤油をつけて、ぱくりと食べると魚の旨さがより引き立つんだよな。
いかんいかんと、また妄想してしまった事を俺は反省する。
甲板上の俺の隣にいるサリスとその向こうにいるアミを俺は見る。
サリスとアミが良ければ、パラノスからすぐにドルドスに戻らずに、ヒノクスに行ってから戻ってもいいなと思う俺がいる。
腕を組んで考える。
2ヶ月パラノス滞在するとして、8月上旬にヒノクスに向けて出発し、10月上旬にヒノクスに到着。
ヒノクスに2ヶ月滞在して、12月上旬にヒノクスからドルドスに帰るとすると4ヶ月かかるとしてパムに着くのは来年の3月。
無理がある。
そこまでの計画を立てていないし、ヒッチ夫婦などには今年中に帰ると告げてある。
ヒノクス行きは来年だなと今回はヒノクス行きを諦めた。
あとはさすがに4ヶ月移動は辛い。
海運商会の大型帆船の場合、各港への停泊時間もあるので、どうしても時間がかかる。
長期移動用の高速帆船というものがあればいいのにと思う。
小型でも速度が出れば、ここまで1ヶ月で来れる可能性がある。
俺は旅行準備メモに高速帆船と書き込んだ。
港湾都市パムではそういった船の事は話を聞いたことがないので、港湾都市バイムで速度が出る船がないか聞き込みしてみようと思う俺がいる。
「ようやくバイムだな」
「やっときたです!」
「そうね、これで当分は船上での生活をしなくて済むから嬉しいわ」
「まずは馬車の準備を済ませたり、情報を仕入れたりしてから、クシナ迷宮都市を目指そう」
「馬車はどのくらいで組みあがりそうなの?」
「船大工なら1日で出来るだろうって話だよ」
「そうするとバイムを出るのは2日後です?」
「そうなるな」
俺がそういうとアミが嬉しそうに笑う。
猫人族の情報が手に入る可能性があるのだ待ち遠しいのであろう。
「でも、クシナまで馬車で3日らしいって話しだし、馬車は必要ないんじゃないかしら」
「クシナまでなら必要ないと俺も思ったけど、もしそこから猫人族の里にいくのなら必要も出てくるかなって思ってるよ」
「あ、遠い可能性もあるのね…」
「うん」
俺達三人は舳先の先に見える港湾都市バイムを見つめる。
「到着まで、もう少しだし部屋で休んでおこうか」
「部屋の片付けしますです」
「そうね、着いたら忙しくなりそうだしね」
俺達は船室に戻る。
2ヶ月船上で過ごした船室を片付けたりして、港湾都市バイムへの到着を俺達は待つことにした。
昼過ぎに無事にエワズ海運商会の所有する大型帆船は、港湾都市バイムの港に接岸した。
いつものように船員が荷の積み下ろしを始める。
俺達の預けている組み立て馬車は、エワズ海運商会の契約している船大工の元に直接運ばれるということなので、俺達は下船したあと、その船大工の元に向かった。
船員に教えてもらった倉庫を目指す。
港の一角にある緑色の壁の倉庫が船大工の作業場のようだ。
「おう、なんだい坊主」
恰幅の良い職人が俺達の姿を見つけてやってくる。
「こんにちは、これを渡しにきました」
俺はエワズ海運商会の馬車組み立て依頼票を男性に渡す。
「ほー、船じゃなくて馬車の組み立てとは変わった依頼だな」
「ここに分解されたパーツが届くと思いますので組み立てをお願いします」
「ふむ、エワズの依頼とあっちゃ断れねえな」
そういって恰幅の良い職人が頭をかく。
「俺は船大工の棟梁をやってるラガタガだ。とりあえず任せておいてくれ」
「冒険者のオーガント・ベックといいます。明日また様子を見にお伺いしてよろしいですか」
「ああ、かまわんよ」
「では、また明日来ます」
俺達はラガタガに頭を下げてから、倉庫を離れた。
「あとは馬の準備ね、ベック」
「馬屋を探そう」
「場所を聞いてくるです!」
アミがそういうと、倉庫の前を行き交う運搬人に馬屋の場所を聞いている。
今日のアミは積極的だ。
「場所わかったです。北西にある宿屋の近くにあるそうです」
「じゃあ、むかいましょ」
「ああ」
俺達は街の北西に向かうとすぐに馬屋は見つかった。
馬の調教や運動させる広大な敷地をもっていたからだ。
眺めてると馴致調教をやっているのが見える。
しっかりとした馬屋らしい。
俺達は馬屋の人に声をかけ、馬を借りる交渉を行った。
粘り強く交渉したところ、他所の土地からの冒険者ということで少し割高であったが、調教がしっかり施された二頭の馬を借りる契約を結ぶことが出来た。
俺達は馬屋の人に礼をいい、馬屋をあとにする。
「馬車と馬の準備は、なんとかなったな」
「おなか空いたです」
時計を見ると15時を過ぎていた。
夕食には早すぎるので、一旦宿を確保してから食事を取ることにした。
俺達は馬屋に近い宿を借りて、荷物を置いてから街に出る。
「バイムもカリー料理が多いのかしら」
通りにある店から香辛料の香りが漂ってくるので、サリスがそんな事を呟いた。
俺達は目抜き通りで、客の多いレストランで食事をとることにして中に入る。
入口に近い場所のテーブルに座る。
店の中は案の定、香辛料の香りが漂っていた。
バイムについて初めての食事なので、まずは店員におすすめの料理を頼んだ。
店員がカレーを運んできた。
「白身魚と野菜のカリーとライスです。どうぞ」
俺はカレーの盛られた皿を見て驚いた、そしてあらためて周りのテーブルのカレーをよく見てみると、同じように米が使われていた。
(パラノスには米があるのか!)
皿の上には日本の米に近い米が炊かれている。
俺は一口食べてみる。
日本で食べる米と形は同じだが、炊き方が違うようだ。
炒めてから炊いているようでピラフに近い。
しかし久々の米はやはり美味しい。
白身魚のカレーも西部都市カラトで食べたカレーよりも、とろみがない。
スープに近い感じにしている。
具の白身魚の身と、野菜がカレーのスープと絡み合い、米とも相性がいい。
俺はスプーンを忙しく動かし、美味しく食べていく。
ふと顔を上げると、サリスとアミが唖然として俺を見ていた。
「ベックはカリーがすきなの?」
「凄い勢いです」
俺はつい夢中になっていた自分が恥ずかしくなってしまった。
そして〔だって美味しかったんだもん〕と舌をぺろっと出して答えたかったが、ここはグっと我慢した。
「俺の味覚にはあってるようだね、とくにこのライスが美味しい!」
「そ、そう、でも本当に好きなようね」
「贅沢を言えばもっと炊き方を工夫するともっと美味しくなりそうだけどね」
「そんなに美味しいなら私もこのライスを作れるようになりたいわね」
「おぉ、サリスが作ってくれるなら最高だな!」
「ここまで興奮してるベックは久しぶりに見たです」
二人もカレーを食べているが、たしかに米は美味しく感じるらしい。
ちょっと頬がゆるんでいる。
食事を終えた俺達は葡萄酒を飲みながら、これからの予定を話し合う。
「明日はクシナへの準備かしらね」
「馬屋でさっき地図を手配したけど、途中の村は1箇所くらいらしいな」
「野営準備もするです」
「そうなるな、明日は必要な買物をしよう」
俺はそういってから次の話にうつる。
「あと、このあと宿に戻る前に冒険者ギルドに寄りたいんだけどいいかな」
「クエスト?」
「いや、バイムでも猫人族の情報がないか確認しておきたいんだ」
「早く行くです!」
「アミ、冒険者ギルドは逃げないから平気だよ、飲み終えたら移動しよう」
葡萄酒を飲み終え、代金を支払い冒険者ギルドに向かう。
場所は代金を支払う際に店員から教えてもらっているので大丈夫だ。
店から歩いて5分ほどの目抜き通り沿いに、港湾都市バイムの冒険者ギルドがあったので中に入る。
念のためにEランクのクエスト掲示板をのぞく。
・メガプテル討伐 銀貨8枚
・フォレストテグレ討伐 銀貨4枚
「フォレストテグレはバイムにもいるのね」
「メガプテルは知らないです」
魔獣図鑑を確認するが載っていない。
あとでパラノスの魔獣図鑑を買おうと思い、俺はメモに記入しておく。
「図鑑にも書いてないな、パラノスだけかもしれないな。明日でも本屋によって図鑑を買っておくよ」
「お願いね」
サリスの中では図鑑などの管理はどうやら俺の仕事ということなのであろう。
俺も素直にサリスにうなずいておく。
それから暇そうにしていた職員に話しかけて、猫人族の情報がないか聞いてみる。
「ほう、ドルドスからの冒険者か珍しいな」
「それでパラノスの事情をいろいろ伺っているのですが、少し宜しいでしょうか」
「平気だよ。他の場所からきた冒険者に情報を提供するのも仕事だよ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
「それで聞きたい情報とは?」
俺はアミを見てから職員に尋ねる。
「彼女はクランのメンバーで猫人族なんですが、パラノスの猫人族の里を探しておりまして…。パラノスの冒険者協会で場所はわからないでしょうか?」
職員がアミを見てから、なにかを察したようで口を開く。
「協会が管理しているのは大きな都市のギルドだけでな、その大きな都市の周辺の小さな集落や村までは管理してないんだ、すまんな」
「ドルドスと一緒ですか…。わかりました」
「ただしクシナまでいけば手がかりはあるかもしれんな、クシナ迷宮目当てに各地から亜人がくるのでな」
「やはりそうですか」
熊人族の里であるルロートパ村で聞いた話を同じ答えだった。
やはりクシナ迷宮都市には、行く必要がある。
俺達は職員に礼を言って、冒険者ギルドをあとにした。
「新しい情報がなくて、すまなかったな」
「クシナに行くというのが分かっただけ良かったです」
「そうね、しっかり準備して明後日出発しましょ」
「そうだな」
俺はうなずいてから前を見る。
(どれだけの距離を移動するか分からないが、まずはクシナに行こう)
気合を入れ直して、夕日につつまれる港湾都市バイムの目抜き通りを歩く俺がいる。
2015/04/28 誤字修正
2015/04/28 会話修正




