博士、ナンパはいけません。③
■博士■
「ふっふふ、ふはははははは、ではナンパに行こうではないか。なぁ、ロボ子」
「……はい、そうですね」
外を見れば雲が少し散らばった青空、ちょっと外出したくなる、絶好のナンパ日よりであった。
「しかし、ここに来るまでに色々とあったな」
「一日しか経っていないけど」
昨日と同じようにリビングで頬杖をかきながら座っているフィーネはロボ子からもらったスナック菓子を口にくわえながら窓際で高笑いする博士を見る。
「しかし、人間。身だしなみでこうも変わるのね」
今の博士は昨日のようなオイル臭いの染み付く白衣、薄汚れたシャツにジーンズといった服装ではなかった。清潔感あふれる少し柄の入ったカッターシャツに黒いパンツ、ロボ子からもらったネクタイ。手入れのされていない庭のような髪型は整えられ、オールバックにしている。少し真面目で紳士的な男性に一見思える、そんな感じに出来上がっていた。
もちろん、先ほどの言葉の通り、本当にここまで来るのに色々とあったのも事実だ。
朝日が昇る前に起き午前中に仕事を終わらせた正午、さっそく服に着替えてみたところ、顔を洗っていない、髪をとかしていないということでもう一度服を脱がされ、シャワーを浴びせられた。
その後は昨夜調べたのかロボ子の手によって髪をワックスで整えてもらったが、その後服を買うときに渡された香水を原液ごと博士が何気なく服に掛けたため、ロボ子の手によってもう一度シャワーを浴びさせられ、先程とは違う服に着替え髪型を整えて今に至っている。
先程までせっせと博士のことで動き回っていた貢献者のロボ子は稼働しすぎたのか、熱暴走を起こさない為にフィーネの隣の席にぐったりと座っていた。
「大丈夫か。ロボ子」
「思考速度、二十パーセントダウン。エネルギー残量は空腹域には来ていませんので、えーと、少し休めば大丈夫です」
少し頬を赤く染めてロボ子は答える。博士はキッチンまで行くと冷えた濡れタオルを渡す。
お礼を言うロボ子はタオルを額に当てると気持ちよさそうに目を細めた。
「博士、博士」
「うん、どうした」
タオルで顔を隠し表情がよく見えないがロボ子は口を開く。
「とっても、かっこいいですよ」
「……ああ、お前のおかげだ。ありがとう」
「でも、その服装。ナンパする人の格好じゃないわよね」
「……そうなんですけどね」
「え、そうなのか」
これで完璧だと博士は思っていたのだが、どうやらふたりの目線から見ればナンパをする服装ではないらしい。
「こういう真面目な服装で突然声をかけられたら、遊びに誘われるというよりは、会社の営業や保険の勧誘みたいにみえますから……ですが、この服装が今のところ限界です」
「そもそも三十のおっさんがナンパなんてするもんじゃないわよ」
心を貫かれたような感覚、グゥの音も出ない正論を小学生に言われてしまう。
「ぐぅ……」
いや、グゥとは博士はかろうじて言えた。
「確かに見た目は、ナンパするようには見えないかもしれない。しかし、後は私のトーク術で上手くいけばいいのではないのかね」
「へぇー、トーク術ね」
「そうだ」
「じゃあ、試しに私にやってみなさいよ」
フィーネは立ち上がると博士の前に来て、偉そうに腰に手を当て見上げた。
「お前をか……ふん、いいだろう。まったく、私に惚れても知らんぞ」
「ほざくな、おっさん」
思わず鼻で笑ってしまったあと、ではと博士はつぶやく。
跪き、背の低いフィーネの目線と合わす。そして、人の良さそうな笑顔を浮かべる。
「お嬢さん」
「え、あ、はい」
少し戸惑うフィーネに博士はやさしく語る。
「子供を作りたいのだが……」
「ひぃ!」
瞬間、甲高い悲鳴とともに、博士の頭に勢いよくフィーネはチョップを叩きつけた。
素早く飛び跳ねロボ子の影に隠れるフィーネに博士は頭をさすりながら立ち上がる。
「……何故だ。結論を先に言うのがいいのではないか」
「やかましい!!こちとら鳥肌が立ったわ」
青い顔で両腕をさするフィーネを不思議そうな顔で博士は見つめた。
「一瞬で寒気が立ったわよ」
「照れるな」
「照れてないわよ!!ホントにバカじゃないの。普通なら捕まってもおかしくないんだからね」
「室内でよかったです。はい、大丈夫。大丈夫ですよ。博士はロリコンではありませんので……」
ロボ子は言いながら怯えるフィーネをなだめる。その光景に自分が悪いことをしたと思い博士は素直に謝罪した。
「まぁ、その、なんだ……スマンかったな」
「いいわよ。……本番は気を付けてちょうだい」
「博士。あの、よかったら一般的な誘い方を調べたのですけど……」
「頼む」
了解しました。と言って落ち着いたフィーネを席に座らせると説明を始めた。
「まずは挨拶ではないのでしょうか。その後、このあと予定がないか。そして、暇ならどこかで食事でも…というのが妥当だと。もちろん食事に誘うためには向こうを納得させる理由が必要なのを忘れないようにしてください」
「……あんたよく知っているわね」
「参考資料があったからですよ……」
近くの棚に歩いていくと取り出し、持ってきたのは数冊の少女漫画であった。
「最近買い物がしたいと言っていたが、これを買いに行っていたのか。本当いろんな意味で成長している」
「あんたねー」
しかし、なにか不満があるのか少女漫画を眺めつつ意見を言おうとしたフィーネは動きを止めた。視線は持ってきた一冊の単子本に注がれる。
「あ、探していた新刊じゃない。人気で買えなかったのよね」
「はい、探すのに苦労しました」
「……あの、よかったら、後で貸してくれる」
「はい、もちろんですよ」
ふたりの仲睦まじい会話を聞き流しながら、博士はロボ子に言われたアドバイスを考え、なる程と内心で納得した。
そして、その方法をとる為には必要なことも理解し、二人に相談する。
「ではまず、連れ込めるようなレストランを……」
「あんたに必要なのはまず誘うセリフよ!!」
博士の言葉を遮り、フィーネは怒るように言うのであった。
「あんた、やっぱりダメじゃないの」
気の利いたセリフを三人で考えが初めて数時間、博士とロボと小学生が絞った知恵は結局良い言葉が出来上がらなかった。
気が付けば夕方となり、門限があるとフィーネは帰宅することになりこの日もナンパに行くことなく日は暮れてしまう。
いつもと違う綺麗な格好のまま博士は食卓の椅子の上にうなだれていた。
「結局、今日こんな格好をして私は何をしていたのだろうね」
誰に言うまでもなくぼんやりと呟く。
寝不足のためか今になってようやく睡魔が襲い、まぶたが重い。このまま寝てしまいたいのだが、夕食の用意がまだ残っているのでそんなわけにもいかない。
背伸びをし、背骨をバキバキと鳴らすと博士は重たい体を引きずるように立ち上がる。
「えーと、博士。少しいいですか」
いつの間にいたのか浮かない顔でロボ子が隣に立っていた。その手には数枚の文章や画像がプリントされた用紙がまとめられていた。
渡された用紙に目を通す。ナンパの成功法などの書かれたものだろ思っていたが、書かれていた内容はナンパを得意な人達が集まったチャットとの履歴や、ナンパについて付き合っている男女の割合。それから結婚までの確率であった。
「その、調べてみた結果ですが、ナンパから結婚できる確率は低いようです」
「……なん、だと」
ゴンと頭をハンマーで殴られたような感覚が襲われたように博士の体がぐらりと揺れる、。
今までしてきたことが無駄なのかという考えが浮かびながら、崩れようとする体を何とか踏みとどめる。
「付き合えるかもしれませんが。あの、博士の目的に対してはあまり得策とは言えないみたいです」
「……しかし、知り合いの女性が皆無だからな」
一度思考しなおすために席に着く。そうだ。もともと、ナンパをしようとした目的は知り合いの女性。つまり付き合えるような女性が博士にはいなかったのだ。
だから、手っ取り早く知り合いにでもなろうとナンパをしようという発想が浮かんだのであった。
「なぁ、ロボ子よ」
「はい、なんですか」
「君がよく見ている少女漫画だとだいたい付き合っているカップルはもともとどんな関係なのだ」
カリカリと少し時間をかけ情報を処理するとロボ子は口を開いた。
「そうですね。幼馴染、クラスメイトといった仲間内という場合と運命を感じるような出会いがほとんどですね」
「運命を感じるような出会い。食パンをくわえてぶつかるようなものか」
「はい、インパクトが大事です」
なるほど運命かと考えたところで、元気が頭を走ったような鋭いヒラメキが起こった。
頭の中が妙にクリアになる。そうか。その手があったか。
「ふふふふ、閃いたぞ。ふはははははは」
「博士、大丈夫なのですか」
「ああ、まかせなさい。この天才にまかせてなさい、さぁ今日はご馳走を作ろう。ロボ子も今日は奮発して超高級オイルだぞ」
狂ったように笑う博士の姿をロボ子は心配そうに見つめるのであった。