博士、ナンパはいけません。②
■博士■
「あははははは、ばかよ、ばっか、あははは……」
少しだけ格好つけていったセリフに対し、何故フィーは指をさしてこちらを笑っているのか不思議で仕方ない。
馬鹿にされている気はするが、怒ってはいけない。相手は子供だ。所詮大人で天才の考えなど分かるはずがないだろう。怒ってはいけないのだ。
「……博士、冗談、ですよね」
すると今度は何故か心配そうな顔でロボ子は立ち上がると手をおでこに当ててきた。
少し熱っぽい手のひらの部分である鉄の感触がオデコからする。どうやら熱でも測ろうとしているようである。
「最近仕事がたまって、あまり寝ていないでしょう。やはり、疲れているのですか」
おでこに手を当て、熱を図るロボ子。冗談などではなく、本気で心配しているようであった。確かに、ここ最近ロボットの修理が立て続けに起きたためあまり寝ていないが、自分はここ数日間考えた結論であるのだ。
(だから、断じておかしなことを言ったつもりはなかったのだが……)
「……何かおかしいか」
「ひー、ひー、あんたにナンパなんてできるわけないでしょ」
笑い疲れたのか、もともと緩い涙腺にたまった涙をぬぐいながらフィーネは言う。
何を失礼なことを確かに今までの自分ならナンパなどしなかっただろう。だが、今は違う。
「心配するな。フィーよ。今の私にはこのロボ娘がいる、心配はいらない」
この女性の心をもつロボ子の力を使えば、小粋に女性を食事に誘うことなど簡単だろう。と博士は考えていた。
「……」
ロボ子は何も答えない。凄く眉毛がハの時になっているのだが、まぁ、気にすることはないだろう。
時間を見れば昼過ぎ、いい頃合である。少し眠たげなまぶたをこするとロボ子の手を引き歩き出す。
「では行くぞ、ロボ子。ガールズハントだ」
今にも高笑いを上げそうになりながら嫁を捕まえるための華麗な一歩を踏み出そうとした。
だが、それは空振りに終わる。
手をつないだ右手が急に重たくなり前に進めなかったからであった。振り返ればロボ子は博士と反対方向に体を傾けていた。
「どうしたロボ子」
「いえ、ナンパに挑戦するのはいいのですが」
「いやーよくないでしょ」
笑いながら突っ込むフィーネの声をロボ子は聞き流し、博士の足元から首元までの服装を眺めおずおずと言葉を口にした。
「最低でも服を着替えませんか」
「ん。確かに少し汗をかいたが問題は……」
「い、いえ、そうではなく。普通の服をですね」
「普通の服?これが普通の服だが」
何を言っているのだろうなロボ子は不思議に思いながら正直に答える。横では何を驚いているのかぽかんと口を開いていた。
重たい沈黙が周囲を包み始める中、ゆっくりとフィーネは博士に語りかける。
「あんた。まさか、そんな格好しかないの」
「これのどこが不自然だ。いかにも研究者っぽい服装ではないか」
少し自分でも気に入っている白衣をヒラリをしてみるがなぜか二人共困ったような顔をするだけである。
何かおかしいのか。この格好で話しかければ口にしなくてもこの人研究者なのか。と素養のある女性は気がつき話す手間が省けるじゃないか。
などと考えている横で、いつの間にか手を振り払い、ロボ子とフィーはヒソヒソと会話を始める。
「フィーネさん。今まで博士がキチンとした服装はありましたか」
「そういえばなかったわね」
「実は私も見たことがないのですよ」
「それって、つまり……」
「はい、残念ながら……」
未だ事態がつかめず置いてきぼりの博士の前でひとしきり小声で会話をし終えた二人は博士の方に向き直る。
「あのですね。博士」
「なんだね」
ロボ子は笑みを浮かべている、その表情はどこか子供を諭す親のような雰囲気をさせていた。
「今日はナンパはやめにして、一緒に博士の服を買いませんか。ほら、この前のお返しで」
(何を言うかと思えば、自分に着飾れというのか)
何度か他人に言われたことがある、だが、とても理解できなかった内容に博士はため息混じりに言い返す。
「あのね。別に服などに頼らずともいいのではないか。別に女性ではないのだ、私の内面から溢れるばかりの知性を見せつければ……」
「見せつけるにしてもね。まずそれなりの服装をしてからじゃないといけないでしょう。さすがに油臭い白衣にボロボロのジーンズじゃあ会話も無理よ」
「初対面の人間の印象は第一印象が大切だという有力なデータもあります」
反論を言ったが二人して言い負かされる。だが、それでも何か今まで意地を張ってきたものがなくなりそうで安易に肯定はできない。
心がぐらつく博士にゆっくりとロボ子は語りかける。
「それに着飾ることで更に博士の知性に磨きがかるはずです。……ですが、この程度博士なら理解していますよね」
「そ、それは当たり前だろう」
つい反射的に答えてしまった。同時に成長したなロボ子よ。と少し寂しくも嬉しい気持ちになった。
とはいえ口にしたのでもう後戻りはできない。
「今回はロボ子がその点に気づくかどうか少しテストをしたまでなのだよ。う、うむ、よくワタシの引掛けに気づくことができたな。流石だぞ。」
「えへへへ」
誤魔化すように頭を撫でるといつも通り、照れながらロボ子は笑う。
しかし、横に座るフィーネは信じられないのか目を細め博士をじっと見つめた。
「ほんとにそうだったのー」
「……フィーも流石だったな。今度ケーキでもおごってあげよう」
「さすが博士。マジ天才!」
先程とは打って変わって目を輝かせ喜ぶ少女。
何とかうまく大人と天才の威厳は保てたようであり、博士は内心少しホッとした。
しかし、服か。盲点であったな。と今更ながら二人が説得した際の言葉を思い出し、少し反省した。やはり、男であっても少しは着飾らなければいけないようであるらしいと少し反省する。
そして、よりこの天才的頭脳に磨きがかかるようなファッションをしようではないか。
そう思うと途端に服を買いに行くやる気が沸く。ロボ子の言うとおり今日はナンパではなく服を買いに行くことにしよう。
「よし、では服を買いに行ってくる」
「心配ですので、私も行きます」
「暇だし、あたしも行くわ」
というわけで三人は仲良く麓まで行き、以前行ったショッピングモールでロボ子とフィーネのコーディネートで服を買ったあと、ケーキを食べたのであった。