博士、買い物行きたくないです ⑤
■博士■
集合場所の広場。簡易なステージと一昔前の巨大な薄型テレビを囲むように数脚のベンチが立ち並ぶ場所で博士は一人ウロウロと歩いていた。
落ち着きもなくあたりの廊下を行ったり来たりしたところで、手にぶら下げている買い物袋の重みが一層感じるだけであった。
少しは時間がかかると思い、三十分ほどは今夜の夕飯の買い出しでつぶし、それから広場でさらに三十分ほど待ってみたのだがロボ子は一向に姿を見せないでいる。
一度様子を見に行ってみるのもいいのではないだろうか。と最初は思ったが、せっかく人見知りになるかもしれないロボ子をいい方向にさせるチャンスなのだ。ここで戻っては全てが泡になってしまう。などと考えロボ子に会うことはためらったが心配ではある為、結果こうしてあたりの廊下を落ち着きなく歩いていた。
先程から誰かから見られている気配を博士は感じる。視線の先を見てみると周囲の店員やお客が不思議そうな目で博士を見ていた。その視線には覚えがあった以前女性服店に行ってセクハラで警備員に捕まえられる前に浴びたモノと同じ感覚。
「うむ、落ち着くとしよう」
(少しだけ恥ずかしいじゃないか)
独り言のように自分に言い聞かせ、博士は落ち着くため近くの自販機で缶コーヒーを買うとベンチに座り、隣に買い物袋を置いた。
プルタブを開け一気にコーヒーを飲み、乾いた喉を潤わせながら、気を紛らわすため正面のテレビ見てみる。
巨大な画面からは一人の若い女性のリポーターが映っている。巨大な電気店らしい、テレビや、洗濯機が立ち並ぶ店内を背にしマイクを片手に女性は笑顔で語っていた。
『ご覧下さい。今年の夏はあらたに生活ロボットコーナーではこちらのような商品が販売されます』
場面が切り替わり、数々のロボットが紹介されていく。運転補助ロボット、皿洗いロボット、警備ロボット等、いずれも人型のようなものではなく、その機構に合わせたロボットであった。
『そして、企業の方ではこんな一大プロジェクトがいま注目されています』
ひとしきり紹介が終わったところで映像は切り替わり今度はどこかのラボが映しだされる。
博士のラボとは清潔感も広さも断然違うその研究室を背景にふたりの女性が映し出された。いずれも何故かワンピース型の水着を着ており、一人は先ほど電器店にもいた女性アナウンサー。
そして、もうひとりの水着の女性はにっこりとわらった。カメラが彼女をアップする。
『そうです。彼女こそ新たなる企業の宣伝塔。その名もアイドルロボットです』
「……ほう」
短くつぶやきながら、博士の瞳が先程より鋭いモノとなり、画面内のロボットを観察した。
自信の傑作であるロボ子とは違い全身に人のような肌をもつその女性ロボットの顔を中心にカメラがアップになる。
彼女は瞬きをしておらず、人間特有の汗や産毛も見当たらないどうやら本当にロボットのようであった。
ひとしきりの説明とともにアイドルロボットの全身をしばらく映し出されたあと、一言ありますかとリポーターの言葉に反応しゆっくりと体を動かし始めた。
「みなさん、はじめまして。わがしゃをよろしくね」
幼児のようなつたない言葉でアイドルロボットはセクシーポーズを取った後、画面はリポーターと開発者の映像に切り替わる。博士にとって見知った顔が映し出された。
「ふん……あいつは、またつまらんものを……」
開発者が昔の自分の職場の後輩であることに博士は特に驚くこともせずに、とたんに目の前の映像に興味を失った。
先ほどの話し方からすると大方、学習装置は入れていないのだろう。あれは売れないだろうな。とぼんやりと昔のことを思い出しながら博士はコーヒーを飲み干した。
「はっかっせー」
背後から声をかけられ振り向くとロボ娘が両手に大きな紙袋を下げ、小走りでこちらにかけてきた。その姿に博士は内心少し安堵しながら立ち上がると軽く手を挙げて応える。
よく見るとロボ子は既に着替えたのか来た時の服装ではなく、最初に言っていたワンピースに薄手のカーディガンとレギンスを着ている。
「おー、美人になったな」
「えへへへ、そうですか、嬉しいです」
嬉しそうに笑うロボ子、腕や足元などは隠せていなかったがロボ子は特に気にする様子はなかった。
「しかし、たくさん買い込んだな。お金は足りたのかね」
「はい、そんなに買っていませんよ」
「そうか。店員さんはどうだった」
「すごくいい人でした。また、いきたいです」
重そうな紙袋を下げ息ひとつ乱さずロボ子は明るく答える。その顔で、一人の買い物と画面越しではない顔を合わせたコミュニケーションがうまくいったことを表していた。
(まぁ、店員は大丈夫だというのは知っていたのだが)
ロボ子の体型を参考にマネキンを借りた店であったのであの店は博士にとってもある程度顔なじみであったのだ。
「そうだな。しばらくしたら買い出しをロボ子にも頼むからその時にでも寄るといいよ」
「はい、頑張ります。……後、博士」
「ん……なんだい」
床に置いた紙袋の中をあさり中から小さな紙袋を取り出し、それを両手で博士に手渡す。
とりあえず受け取り、開けてみると中には高そうなネクタイが入っていた。
「これは男物じゃないか」
「はい、今日のお礼です。ありがとうございます」
(そのお礼は連れてきたのではなく。もしや、店員が事前に店を調査していたことを言ったのではないのかということを思ってしまうのは、天才ゆえの考えすぎではないのかな)
いや、野暮なことかと思い博士は違うことをロボ子に尋ねる。
「お前の金だぞ」
「はい。だから、好きに使いました」
なるほど理にかなっているなと博士は納得させられ、黙ってそのプレゼントを受け取った。
「まったく、お前はいい女になるよ」
「任せてください」
来た時よりも自信があふれる笑顔で、ロボ子はVサインをするのであった。