博士、買い物行きたくないです ③
■博士■
田舎独特のまばらに建物が立ち並ぶ中、ひときわ大きな建物であるショッピングモール。こじんまりした店が敷詰められた建物の入口となる自動ドアをくぐると目的である女性服の店が集まったコーナーが出迎えた。
平日である為か人はあまりいないモール内に入るとひんやりとした空気が周囲を包み、心地よさを感じながら博士は汗のしみこむシャツの首元を緩めるようにあおいだ。
周囲を見渡す。何人かの女性定員がちらちらとこちらに視線を送っているように感じた。
(さて、どういう理由でだろうか)
博士は思案する。
(単に客として、こないかなぁ。等と思っているのか。それならもっと呼び込んでくるだろう。それとも、女性服コーナーに私のような男性が来たことが珍しいのか。ありえそうだな)
以前ロボ子の服や下着を買いに行こうとしたところ警備員に連れて行かれた苦い思い出が脳裏を掠めた。
確かに女性服のコーナーに男性が一人で買いに来るのは不自然だろう、だがそれでもいきなり警備員に連行されるとは思っていなかった。
後、他に原因があるとするならば。ちらりと横目で白衣の背をつまむロボ子を見た。彼女の腕からは人の肌とは似つかない鉄の腕がはっきりとのぞいている。
都心部では日常生活に溶け込むように清掃作業や宣伝業務等を行っているロボットもいるのだが、この田舎町では人型のロボットは珍しく、まだ少しだけ異端者でもみるような視線を注がれる。
ちくちくと刺してくる周囲の視線にロボ子は少し落ち着かない様子で周囲をキョロキョロしていた。
(やはり、他人の視線には慣れないのか)
自分の人格を少し参考にしてロボ子の感情パターンや思考を構築していたので、何となくだがロボ子の思考がわかる気がする。
ふむ、娘ができたらこんな感じなのかなと思いながら緊張しているロボ子にとりあえず安心させるように頭をなでておいた。
「まぁ、あまり気にするな」
「うぅ、すいませーん」
「さて、とりあえずは着いたわけだが……」
ポケットから携帯端末を取り出し、操作する。取り出した情報はこのフロアにある女性服をまとめたものであった。
「ここから行きたい店を選びたまえ」
渡された端末をおずおずと受け取り手馴れた動きでロボ子は操作した。
「まぁ、見ての通りさびれているがね。田舎だからこんなものなのだよ。それにあまり人がいない方が私は気楽でいいのだが、君はどうなのだ」
「そうですね。ワタシもその方がいいかもしれませんね。ただでさえこんな調子なので……」
小さく縮こまりながらロボ子は苦笑いを浮かべる。気楽でいいと理由の博士とはおそらく違う理由なのだあろう。と博士は感じた。
思ったよりも自体は深刻である思い。早急に何とかしなければいけないと博士は思考した。
(よし、ショック療法でもしてみようか)
考えてみた結果、博士はこの周囲の空気を打破してみようと思い、大きく息を吸い込み、声を上げた。
「しかし、ロボ子は人気者だなぁ。ほら、見てみろ。あっちの二人組の店員なんて五秒に一回君のことをチラ見しているぞ」
「は、はかせ。そんな大声で」
相手にも聞こえるように大声で語るとロボ子はバネのような反動で顔を上げ、何を焦っているのか慌てて両手で私の口を塞ごうとする。
その手をひらりと華麗にかわしながら博士はロボ子に笑いかえした。
「はははは、そう照れるでないぞ。あそこのレジの前にいる店員やそこのベンチで談笑している主婦も見ているじゃないか。せっかくだロボ子、手でも降ってあげなさい」
「ちょっと、それは」
がりがりと鈍く唸るような音がロボ子の頭が奏で出す。
「えーと、私の思考回路ではこのような場合、少し目立たないようにするものなのですよ!」
「ふむ、そうなのか。では、君が無理なら手持ちぶさな私が……」
「すぐに決めますのでお願いですからおとなしくしてくださいぃ」
言いながら再び先程とは比べ物にならないスピードで端末を動かすロボ子。その顔にはもう周囲におびえている様子はなかった。
周囲を再び見渡せば、不思議なことにのぞき見られているような視線は感じなくなっていた。
(……おかしなこともあるものだ)
ふん。と鼻を鳴らしながら、振りかぶった両手を下ろしあたりで、端末を見ていたロボ子は顔を上げた。
「では、この若手人気と書かれたお店で」
「そこは駄目だな」
「なぜですか」
「実は以前に一度君の靴と一緒に、服を買いに行こうとしたときにね。その店に行ったのだが下着をまじまじと見ていたら変質者騒ぎとなって出禁になっているのだ」
「……それは当然ですよ」
このような失敗談を語るのは気恥ずかしいものであるので少しぐらいは気をきかせて慰めの言葉が欲しいと思っていた博士はがロボ子の言葉に少し傷ついたように肩を落とした。。
「では、このお店で一式買いましょう」
返された端末に表示されていたのはここから少し奥に行った場所にある服屋でこのショッピングモールができた当初から角で細々とやっている店で特徴としては落ち着いた感じの少し大人の女性を意識した服が取り揃えられているようであった。
(しかし、改めてこのホールを見るに、どうして女性の服屋というものはここまで種類があるのか不思議で仕方がない)
「どうでしょか」
見上げ尋ねてくるロボ子。
(私に聞かれても困るのだが、まぁ、派手な服装だと手や腕の金属部分がさらされるから、長袖やロングスカートの方がいいが)
冷静にロボ子のために少し考えが後博士は口を開いた。
「うむ。いいんじゃないか。あまり買い過ぎないようにな」
「はい、では行きましょう。こっちです。こっち」
楽しくなってきたのか、腕を引っ張り店へと連れて行くロボ子の表情は生き生きとしていた。
どうやら、楽しいという感情になってきたようである。と冷静に連れて行かれながらも博士はロボ子を観察した。
■ロボ子■
「博士。ご相談が」
言おうかどうか迷っていたがロボ子は思い切っていうことにした。
「なんだい」
「流石に服屋まできて白衣のままは衛生的にもどうかと思います」
「……分かった。すぐに脱ごう」
真剣に言った気持ちが通じたのだろうか博士はしぶしぶ白衣を脱ぎ、畳むと脇に抱えた。
「では、これから服を選ぶわけですが……どうしましょうか」
初めて服を選ぶロボと女性服店で出禁をくらった男性。このメンバーではとてもじゃないがまともな服など選べるわけはない、という答えが頭の中で警告を鳴す。
「最近の流行や、この店のイチオシなどはないのだろうか」
「そう、ですね。まずはそういった方向から攻めるしかないようです」
まずはハンガーに吊るされたワンピースのコーナーに入り、店内を観察する。博士は後ろから黙って付いてきた。
すると少し奥に入ったあたりで『この夏を着飾るイチオシ服』というポップが付けられた小さな壇上の上に複数の服を着たマネキンが設置してあった。
いいサンプルですとロボ子はマネキンに着ている服装を見る。
「なるほど、上は半袖、下はスカートの膝あたりまでの長さが妥当なのですね」
「いや、だが、お前の体は鎖骨から下は鉄色だから、あまり袖や丈は長いほうがいいと思うがな」
「……そうですか」
少しワクワクしてきた気持ちが肩と一緒にロボ子は落ちる。
博士の言うとおりだとすれば、長袖や丈の長いものしか着られないということであった。
(というかそれはファッションの幅が狭まって非常に面白くないじゃないですか)
「博士。すこし思うのですが私の体は鎖骨から下は人に似せないのですね」
「それはだな……」
珍しく歯切れの悪い様子で博士は目線を逸らす。
「正直に言えば側できちんと見たことがないのでわからないのだよ」
「えー、じゃあ、どうやって私の体の型を作ったのですかとてもじゃないが均一の採れたこんなナイスバディーを作るのはある程度女性の体型を知っていないといけないでしょう。……自分で言って少し恥ずかしいじゃないですか」
少しだけ、恥ずかしそうに頬を赤くするロボ子に博士はすんなりと答えた。
「それはマネキンを参考にしたのだよ」
どうりで、マネキンに少し親近感を感じたわけですね。
「ということは今後も私はこのままの姿で……」
「多少ハンデがあってもいいだろう」
物は言いようです。どうやら鎖骨から下は肌を晒すこともできないのですか。
あれ、何か感情が羞恥と出ているのですが、おかしいですよね。
とにかく今の自分に合う服を探しましょう。
ロボ子はこの夏に着てもおかしくないような、そしてなるべく袖などが長いものを選ぶことにした。
一通り、店内を歩いてみたのだがほとんどが半袖である。ロボ子としては発汗の動作はないのだがあまりに暑苦しい格好だと、周囲が暑苦しく感じるのだろうし、自身の感情が不快になるのでなるべく避けたい。
「まずはカーディガン、レギンス、ワンピースの一式にしてみましょう」
清涼感のある薄い緑色のワンピースを選び、それにあったレギンスを二着ほどに絞る。
これでも一週間博士に少女漫画とチャットをしている合間を縫って少し女性の服について情報は仕入れていたのである。少しはオシャレしたいからであるが博士の前では気恥ずかしいのでロボ子は言わないでおく。
「博士。見てください。似合いますでしょうか」
「うん、いいんじゃないか。試着してみなさい」
「もー、そんな気のない返事は減点ですよ」
「それは気をつけるが、ロボ子。君はやけにテンションが高いな」
「たぶん楽しくなってきたからです」
元気よく答えた。ロボットの自分にテンションというものがあるのかはよくわからないが、感情は楽しいし、何故か心がウキウキしていくような感覚が脳内に伝達する。
「では、ロボ子。試着に行ってきます」
「うむ、ではそばで待っておくようにしよう」
びしっと敬礼をしながらロボ子は試着室に直行する。仕切りとなるカーテンを閉め、服を脱いだところで気づいたが試着室には「試着する際には店員に一言お願いします」というポスターが掲げられていた。
「あらあら、試着でしょうか」
不意にカーテン越しに博士の声とは別の少し野太い女性の声が聞こえた。
「ええ。少し私の発明したロボットのね」
「それはそれは、いいご洋服が当店にあればいいのですけど」
会話の内容からこの店の女性店員なのだろう。人の警戒心を和らげるような親しみのある声の店員。話しかけられた博士との会話がカーテン越しから耳に入ってくる。
「すいませんね。どうやら楽しくて仕方ないようで勝手に試着室に特攻してしまって」
「いえいえ、構いませんよ。あっ、初めてでお困りでしたら採寸や服のご相談など伺いますよ」
「そうですね」
考えているのか少しの間の後に博士は答えを返した。
「では全部お願いするとしましょう」
「ええ!」
驚きの声を上げたのはロボ子の方であった。完全に予想外のセリフにしばし思考回路が停止する中会話は進められていく。
「というわけでロボ子。この店員さんに相談してみなさい。私はここの『ふれあい広場』というところで休んでいるから買い終わったら来るように」
「え。ええ。ちょっと博士」
「あとお小遣いだ。これで好きに買い物しなさい。ほれ、いくぞ」
有無を言わさずマイペースに話を進め、カーテンの上の隙間から折り畳みの革財布が降ってきた。新品のような財布の中には服一式を四組程買える大金が入ってた。
「では、あとは頑張ってみなさい」
「ちょ、ちょっと、ちょっと博士!」
金額を確認していたロボ子にそう言いながら去っていく博士の気配を感じ、慌ててロボ子は追いかけようとしたが、服を脱いでいるためこのまま出ることも叶わない。
「それじゃあ、着替え終わったら見せてみてくださいね」
「……はい」
先程までの明るさはもはや吹き飛びロボ子は諦めたように小声で返事を返すしか出来なかった。