博士、買い物行きたくないです ②
■ロボ子■
玄関の扉を開き、初めて外に出て感じたのはカラっとした暑さと心地よいそよ風でした。
空を見上げてみれば雲の少ない晴れやかな青空。おそらく絶好の散歩日和とはこういう天気の事でしょうか。
周囲の景色は事前の知らされていた情報から想像した通りであった。小さな丘の上に建てられたサイコロのような形の住まいであるラボ。周囲にはお世辞でも広くはない広場。足元には丘の下に向かう階段まで続くレンガで敷き詰められた道。
それでも興味がないのかと問われればそうでもなく、ロボ子は周囲を物珍しそうにキョロキョロと見渡してしまう。
「外の地図は把握しているな」
「は、はい。周囲の地図は記憶内にインストールされてます」
「よろしい。では、麓までいくとしよう」
玄関の鍵を閉めた博士はロボ子についてくるように促しながら、先に歩き出した。その隣を付き添うようにロボ子も博士のもとを歩く。
どうやら靴は先に買っていたようで博士の靴よりふた回りほど小さなスニーカーはロボ子の足にぴったりであった。
「初めての外はどうだ」
となりに来たロボ子に博士は短く問う。どこかにいる野鳥の声に耳を傾けながらも思考回路を回しロボ子は答える。
「少なくとも怖くはないです。というよりも新鮮だと感情が返答しています」
「新鮮か……匂いなども感じるか」
「はい。緑あふれる新鮮な匂いです。あとはラボ内では感じなかった土の香りですかね」
「なるほど、五感や感性も順調に作動しているようだな。ふふふ、いいぞ、いいぞ」
「はい。さすが博士です」
「そう褒めるな。事実を言われても嬉しくないぞ! ふっ、ふふふ。うはははははははは! って、うぉ」
「は、はかせー」
よっぽど嬉しかったのだろう。大声で笑いながら博士は手前の階段で落ちかけたが、何とか体勢を整えると二人は階段を下りていく。
コンクリートで出来た緩やかな螺旋階段。古くに作られたという情報は本当のようで階段のあたりにはコンクリートの隙間から生えた草木が所々視界に映った。
丘の麓までの螺旋階段を二人はのんびりとした足取りで歩いていく。
頭の中で目的地までの到着時間を計算し。しばらくかかるという答えが出たところで、ふとロボ子は疑問を感じた。疑問を感じたらすぐに博士に相談するようにロボ子は言われていたので、素直に隣を歩く博士に質問してみる事にした。
「博士。いくつか疑問ができたのですが」
「うむ、言ってみたまえ」
「私の機能はどうして人間の体と変わらないように調整されているのでしょうか」
この現代のロボット工学の水準と博士の自称天才の技術から考えれば、外見を変えることなく博士の一人ぐらいなら片手で抱え目的地まで一瞬で駆けて行くことができるスペックの自分を作ることが出きた筈であった。
しかし、実際のロボ子のスペックは見た目の女性年齢とまではいかないがそれでも本気をだしたところで成人男性の身体能力である。
「博士なら私のスペックをそれこそ人並み以上の力にする事などできたはずですよね」
「無論。天才の私には簡単なことだがな。これは自論だが、人並み外れた力を生まれたままに持てば基本的にまともな心なんて育つわけがないじゃないかと思うのだよね。何故なら人から外れた力は人外なのだからだ」
「だから、博士は私を限りなく人に似せているんですか」
「そうだ。命の大切さや人並みの力しかないことによる憤りや無力感も人として知らなければせっかくつけた感情が無駄になってしまう。その為に君には寿命というものをつけているのだからね」
博士はロボ子の頭を指差す。
ロボ子も博士の言う意味は理解できた。大体七十年。自分の中に入っている思考回路等の機械の寿命のことを指していた。とはいっても故障やエラーなどを多くすればその分寿命は減るらしい。つまり怪我をすれば寿命が減る、人みたいなものである。
「まぁ、できる限り顔の見た目は普通の少女の顔つきと変わらないように出来たのだが。私の技術を持ったとしても残念ながら力は成人男性並みに体重は九十ほどになってしまったがね。ほかに質問はあるかい」
「そうですねー。一応聞いておきたいことでしたら」
「ふむ、話してみなさい」
データの地図では階段は半ばとなっていた。麓や周囲の景色は立ち並ぶ木々が邪魔してよく見えない中ロボ子は問う事にした。
「博士。博士は自分の遺伝子を受け継いだ子供が欲しいのですよね」
「そうだが」
ロボ子には発汗がないが、博士は暑さのせいかうっすらと額垂れた汗を手で拭いながら答えた。ロボ子は作られた際に与えられた情報から必要な現在の先端であるテクノロジーの情報を取り出す。
「なら、ホムンクルスやクローンという現代生物学の技術は考えなかったのですか。博士は私の感情回路を作るにあたって生物学のことにも高い知識を有していると想像できるのですが」
「まぁ、できるかもしれないな」
「ならば、何故私のようなアシスタントなどという回りくどい方法にしたのでしょうか」
無論ロボ子としても一般的にこのような考え方は人の倫理に反しているとは思っていたが、人と同じ感情や寿命を持つロボットを作った博士なら挑戦してみてもおかしくはないと思った。
博士は言葉を選ぶように静かにロボ子に返答する。
「ロボ子よ」
「はい、なんでしょうか」
「そこまで深く考える事はないぞ」
「え……」
「私は別にあの手この手で自身の子供を作ろうというわけではないのだよ。ただ、自分が一番得意で正攻法、そして可能性が高いと私の頭脳が導き出しのたがこの方法だったというわけだ。後、君の考えではやはり自然栽培が一番であるし、違う思考と意思を持つ子なら新たな可能性を生み出し、より高みに行けるのだろうからかな」
カリカリ、頭の中の回路が働き、博士に対しての評価を変更していきながら納得した。
「なるほど、そうでしたか。なら期待に答えよう頑張ります」
拳を握り意気込む。博士は微笑ましくロボ子を見つめながら期待しているぞと言ってくれ、ますます期待に答えよう、頑張ろうという感情にさせた。
「さて、質問は以上かな」
「えーと、ちょっとタイムで」
「よかろう。五分だ」
本当なら質問は先ほどの二つであったのだが、ロボ子に記憶されている麓までの道のりはもう少しあったので、何かないかなと少し思考した。
カリカリと頭の中が鳴り、人で言うふとした疑問のような特に重要でもないと判断されていた疑問を言ってみる。
「では最後に私のモデルなど何かあるのですか」
そこまで興味はなかった。もし博士が自分の姿を作る際にモデルなどがいて、それが博士の好みのタイプならそれは参考になるかなと思ったからである。博士の好みは一応ロボ子の頭に情報として入れられているのだが、「天才の子供を産める女性」や「子育てがうまいタイプ」等外見や内面などが一切入れられていない。
しかし結局自分は博士のサポートが中心なので、特にないという答えでも別にいいという軽い気持ちで聞いた質問に博士は驚いたようにこちらを見て、すっと目を細めた。
「そんな意味のなさそうな情報でいいのかね」
「えーと、はい。……いけませんでしたか」
「いや、そうではない。少し驚いただけだよ。こんなことに疑問を思うようになった。ロボ子にとって必要性のあまりない会話をいうのは実に人間らしいじゃないか。そして、その発想を出来ことはロボ子の成長という証明になるのだよ」
ロボ子が成長するような行動や言動をするたびに博士は一喜一憂する。そんな時々少年のように嬉しがる博士の行動はロボ子の感情回路はいいね。と表現した。
「おお、そうだった。モデルとなる人物がいるかであったな。いいだろう。モデルはいない」
「では、私の姿は特に考えはなかったのですね」
「それは違うぞ。ランダムに検出した複数の若い女性の顔から親しみをもてそうな箇所を選出して、違和感のないように配置したのを君の顔型としたのだよ」
「親しみ、ですか」
「そうだ。君が乙女心を持つには他者との交流も必要だと睨んでいるからね。そのためには第一印象という見た目も大事である。かといって美人過ぎても鼻に付かれるだけだ。という訳で親しみをもてる平均的な顔立ちを選んでみたのだよ。結果としては可愛らしい部類に入ってしまったが、気に入らなかったか」
途端にロボ子は首を勢いよく横に振った。
「そんなわけないです。気に入っています」
「なら良かった。ちなみに君の髪が長いことは君がおしゃれにでも目覚めた時に好きな髪型にしてあげようと思って、したい髪型があるなら自由にしなさい。質問は以上でいいかね」
目先には麓の道であろうアスファルトで舗装された道があり車や人通りのほとんどない様子であった。
ロボ子は元気よく頭を下げた。
「はい。色々と理解できました。ありがとうございます」
下げた頭にぽんと手を置かれる。
「よし、うまくお礼も言えるな。よくできた」
言いながら頭を撫でられ、自然とロボ子の口からは照れた笑い声が溢れる。
それから麓まで着いた博士たちは「どんな服が着たいのか」というテーマに花を咲かせながら目的地である服屋をのんびりとした足取りで目指した。