博士、恋愛してください。③
■ロボ子■
すでにラボの窓から見える景色は夕焼け色に染まっている。
ラボ内で博士から言いつけられている依頼された簡単な部分のロボット修理をしながら、ふと、つなぎ姿のロボ子は時間を確認する。
言われていた内容は終わらせ、明日使うであろう部品の点検をしていたが、時計に示された時間を見てふと、手を止めた。
「おかしいですよ、ね」
そろそろ帰ってきてもおかしくないはずであった。もし、遅くなるにしても連絡の一つぐらいしてくるだろう。とロボ子は疑問を浮かばせる。
本音を言えばロボ子は心配であった。今回は特に良い案もなく出発させたので不安であったのだ。無論、前回のようにつけ回すという方法もあったのだが、今の自分が追いかけたところでなにか助言をできるような状態でないことは自覚している。
上手く思考回路が回らず、考えがまとまらない。
だって、私はロボットなのだから。という気持ちが邪魔して答えがでない。
しかし、それでも心配であった、しばらくどうしようかと思い悩んだ末、ロボ子はどこにいるかでも知っておこうと思い、一旦作業をやめ取っておいた端末のような機械を取り出す。
発信機の受信機であるその機械の電源をいれ、あらじめ、博士の靴に縫い込んでいる発信機の場所を特定する。
表示したこの町の地図には表示されておらず、少し範囲を拡大してみるとどうやら隣町にいるようである。
結構遠くまで出かけているのですね。と思いながら今いる場所の詳細を確認すれば隣町の駅近くの建物にいるようだ。
まだ、遊んでいるのでしょうか。端末を取り出し、一度連絡するべきかどうか考えていると端末から連絡が入った。
博士かと思いきや、表示されている連絡先はフィーネであった。
そういえば昨日今日来ていない。一体何の用事だろうかと思いながら通話をとることにした。
「あ、ロボ子ちゃん」
端末からは何故か焦ったようなフィーネの声が聞こえる。
「どうしましたか」
「あ、あのね、博士帰ってきているわよね。変わってくれない」
「いえ、帰ってきていませんが」
あれ。と不思議そうな声が端末越しに耳元に響く。
「落ち着いてください。どうしたのですか」
「えっと、さっきミヤコお姉ちゃんが帰ってきたのだけどね」
それはおかしなことである。声には出さないもののロボ子は驚くと受信機の画面を確認する。発信機は相変わらず、隣町の駅前の辺りで点滅を繰り返している。
「ちょっと聞いているの、ロボ子ちゃん」
「は、はい。それで、帰ってきてどうしたのですか」
「いや、そのね。なんか怒っているみたいなのよ」
「あちゃー」
やっぱりそうなったか。悪い予感は当たるものだと思わず端末片手にテーブルに向かい頭を抱える。
「……あのさ。なんかあったの」
「いえ、分かりません」
「そう。あ、け、けど、別に心配しているわけじゃないから」
心配?フィーネの言葉が木霊する。
ロボ子は思う。私は心配しているのだろうか。ロボットの私なのだけどね。
頭は回転しない。だが、思考するよりも先に体が動いた。
「分かりました、ありがとうございます、後は私の方で調べてみます」
「あ、ちょっと」
まくし立てるように一気に言うとまだ何か言おうとするフィーネの電話を切ると立ち上がる。
よし、様子を見に行こう。気が付くとロボ子は急いでその場を片付けると私服に着替え隣町の駅前に行くことにした。
麓まで行くのに時間もかかり、田舎町特有の交通の不便さも重なり隣町の駅前についた頃には日は既に沈んでいた。
始めてきた隣町はロボ子のいる街と比べて駅前の一通りは多く。また、こんな時間に独り歩きするロボ子の存在が珍しいのか何人かの奇異の視線を多々向けられる。
右手に握る受信機の画面を見る。点滅している箇所を拡大する。どうやら、移動はしていないようである。ロボ子は画面を片手に足早に向かう。詳細な場所を確認すると、ロボットの自分に向かれる他人の視線に気にせず歩いて行った。
その場所は駅から離れた少し人気のない所にあった。自販機の頼りない光源の元に置かれたポツンと置かれた一つのベンチ。
そこにぐったりと背を曲げ、首を垂らしてベンチに博士は座っていた。
「博士」
「ん……ああ、ロボ子か。どうした」
顔を上げる博士は力のない笑みを浮かべ、その頬は少し赤く腫れていた。
「ど、どうしたのですか、その頬」
「ああ、ちょっとね。いや、何」
少し乱れた髪を気にもとめず乾いた笑いを上げながら、博士は視線を泳がせる。
「その、どこか行きたい場所あるかと言われてね。私が運転を代わり案内したのだよ」
「え、どこにですか」
嫌な予感がしながらもロボ子は訊ね、短い沈黙のあと博士は答えた。
「……ラブホテルかな」
「は……」
驚きのあまり、口をあんぐりと開けてしまう。心なしか周囲の静けさがより一層深くなった気がした。
再び訪れたしばらくの静寂の後、博士はポツリポツリと声を出す。
「イベントも終わりでいい雰囲気。これはいけるかと思って、連れてきたのだがね。いや、最初嫌がったとき、照れ隠しかと思っていたのだが、実は本気で嫌だったらしく頬を思いっきり殴られ車からたたき出されてしまったのだよ」
言い終わると博士はふーと大きな溜息を吐き、肩を落とす。
「まったく、やってしまったなー」
「すいません、私がいい案を」
「……いや、そんなことはいいのだよ」
自分のせいだと思い頭を下げるロボ子に力の抜けた声で博士は制止する。そのセリフに疑問を感じロボ子は顔を上げた。
「と、とにかく一度謝りに」
「もう、疲れた」
ロボ子の言葉を遮り、まるで独り言のように博士はつぶやく。
「たった一度のミスですべてが無駄になるのだ。そんな事に、もう、頑張らなくてもいいかなと思えてきたのだよ」
そこで、ようやく博士はもう、恋愛などするつもりがなくなったのだとロボ子は気がついた。
「わたしのせいで」
「そうではない。あれこれ考えることにただ疲れただけなのだ」
なにを言えばいいのか。ガリガリとロボ子の頭は回転する。
だが、回転は減少していく。ロボットの私に何が言えるのか。回転は次第に衰えついには止まるがロボ子は言う。
「あき、あきらめないでください」
「ほう。諦めるな、か。随分計画性に欠ける発言だ。だが、そうはいうがやはり、私には恋愛する意味がわからないのだよ」
それもそうだ、分かっているならわざわざロボ子を作ったりしなかったのだ。意味がわからないから、自力で知る方法も分からない。だから、自分とは違う意見を持つ何かを、ロボ子を作ったのだ。
「そもそも人として重要なのは子供を作る事だぞ。お互い気に入っているなら、後は手っ取り早くすればいいのに断るなんてわからん。ああ! 女心など元から気に食わないのだよ」
吐き捨てるように言う博士。その表情にロボ子は何故か胸を痛くなる。
ガリガリと鈍い音が響き、頭の中が動かない。思考ができない。
(……いや……違う)
がむしゃらにロボ子は頭を振る。
(根本が間違っている)
(思考してはいけないのだ。思ったことをもし。私に感情や心があるならそれに正直に話してみればいいだけだのだから)
だから、ロボ子はゆっくりと思考せず口を開いた。
「じゃあ、博士はどうして私を作ったのですか。分からなくても興味を持ち、相手の心が大切だと思ったから私を作ったのでしょ」
「だが! それでも納得できるはずが」
「誰だって不安なのですよ。この人と一緒にいていいのか。私なんかでいいのだろうか。交流を通してこの人と一緒にいたい。触れたいという感情に変えていく」
思考はしない。ただ、感情に身を任せてロボ子は静かに語る。
「心は薄氷のようなものなのです。他人に触れられたくないという薄くて中まで砕けてしまいそうな……そんな氷を割るには少しずつ溶かしていかなければいけないのです。だから、人は交流するのです、心を通わせ、少しずつ本心に近づいていく。そういうものだ私は思います」
「……そんな言葉で納得するのか」
まっすぐにロボ子を見つめ博士は問う。
「お前に少年をフれと指図した私が納得できるとでも」
「私を作った博士です。きっと納得してくれると信じています」
ロボットとしては信憑性のないセリフであったがなぜか博士は小さく笑うとそうだなと言い納得する。
「まさか、自分の作ったロボットに人の心について説教されるとは思わなかったよ」
そして、まるで自分をも叱咤するように強くロボ子は言う。
「確かに私はロボットです。ですけど、心は人なのです」
「……そうか」
最後に弱々しい声で納得すると博士は立ち上がった。
「こん私なでも結婚できるのだろうか」
「もし、悪いと思っているなら。頑張って私の見本になるようなことをしてください。……それが親の務めです」
そう言ったロボ子の頭がわずかにカリカリと動き出した。




