博士、告白されました。①
「こんにちは」
「こ、こんにちわ。あ、あの!」
「はい。どうかされましたか」
「コレ、受け取ってください…」
「え?」
「で、では」
「ちょ、ちょっと!」
■博士■
真夏と一言で言い表したような青空。炎天下での太陽に照らせれ、蒸し暑いラボの中で休憩に入った博士は、夏休みで遊びに来たフィーネと共にリビングのソファーに寝っ転がっていた。
「あっついなー」
「そうねー」
先ほど入れた冷房機器から出される冷たい風が汗を染み込んだシャツに当てられ博士は心地よさを感じる。
一段落仕事を終えた達成感に脱力し、時間を確認し、少し離れた場所にある玄関に意識を向ける、玄関の扉はここしばらく開いてはいなかった。
「もう、こんな時間か。ロボ子のやつ遅いな」
「……そうね」
つい数時間前に買い出しに行かせたロボ子に思いを馳せる。特に難しい注文をしているわけではなく簡単な日用品で一時間ほどもあれば十分に往復するのだが、三十分ほど過ぎているのにも関わらず未だにロボ子が帰ってきていなかった。
「まさか、エネルギーが切れたんじゃ」
心配そうに立ち上がるフィーネを博士は手で制する。
「慌てるな、ロボ子のエネルギーはそんな簡単に切れることはないものだ」
人もおいそれと空腹で倒れる心配はないのと同じようにある程度エネルギーが減ればエラーが鳴り、エネルギーを供給するようにプログラムされているのでエネルギー切れという心配はロボ子にはないことは博士は充分に分かっていた。
「なら、事故?」
「落ち着け。何かロボ子の体に異変があったら私の端末がエラーを鳴らす」
「……まさか、発信機や盗聴器なども入れているんじゃ」
「いや、流石にそこまでプライバシーを脅かすものは入れてない」
一応、端末を弄り確認してみるが、特に異常の連絡は入っていないことを確認すると。少し博士はホッとし端末を近くのテーブルの上に置く。
「そのうち帰ってくるだろう。だから、安心しろ」
「べ、別に心配なんてしないわよ!」
「まぁ……いいが。ところで、夏休みの宿題は終わったのか」
「それはもちろん。当たり前じゃない」
等と最近の夏休みの宿題について、二人で語り合っていると玄関の扉が開く音がした後ロボ子の声が聞こえた。
「ただいま帰りました」
淡々とした口調で買い物かごを下げたロボ子がリビングに顔を出す。何故か、彼女の栗色の髪がは少し乱れていた。
「遅かったな」
「すいません、すこし色々とありまして」
急いで買っていた日用品をいつもの棚に入れるロボ子の様子に博士は疑問に思い、体を起こす。どこか、元気のないような沈んだ声と浮かない顔。
小さなロボ子のため息が聞こえ、さすがに博士と言えども気が付き問わずにはいられなかった。
「ロボ子」
「なんですか」
「なにか困ったことでもあったのか」
「えっと、その」
言いよどみながら買ったものを仕舞い終えたロボ子は小さく頷いて返答する。
テーブルに囲まれた二対のソファーの反対側に座っていたフィーネも体を起こした。
「何かあったの」
「……実は、ですね」
ロボ子は買い物かごを漁り一枚の手紙を取り出した。不思議に思う二人の前で手紙をくるりと裏返した。
封にはハートのシールが貼られている。
それだけでただの手紙の封筒がどういったものに変わるか二人とも一目瞭然であった。
手紙を目の前に掲げロボ子は困ったように口にした。
「ラブレター貰っちゃいました」
「何ですって!」
「……何でお前が騒ぎ出すのだ」
何故か興奮するように驚くフィーネを博士は不思議そうに眺める。
「今の時代にラブレターなどというものがあったのか。てっきりもうはや過去の遺物になったものだと思ったが」
「あら、古風で素敵じゃない。博士は興味ないの」
「……ふむ。まぁあるな」
もっとも、博士としてはフィーネと同じ様に興味本位で聞くわけではない。最近の若者の異性に対しての告白を知っておくのも今後の勉強になるのではないかと思っているのだ。
(というよりも小学生が古風で素敵というものは何やら感慨深いものであるな。)
ロボ子は黙ってフィーネに歩み寄ると手紙を渡す。
「え、いいの」
「私は一度開けているので」
確かに一度ロボットの君へと書かれた封筒の封は開けられた形跡があり、フィーネは封を開け便箋を取り出した。便箋は数枚に重ねられており、反対側に座る博士からしても光でびっしりと書かれた文字が透けて見える。
便箋に書かれている内容に目を通すフィーネの後ろから覗き見ようと博士が移動するが何故かロボ子に止められる。
「何故、邪魔をする」
「いえ、多分見ないほうが」
「そうねー、ちょっとこれは、きっついわね」
手紙に目を通しながらフィーネの表情はみるみるうちに引きつった笑みに変わりながら言う。
「どういうことだ」
「何というか、非常に見るのも耐えられない。青春と思春期の男の子のパッションを非常に感じさせる内容で……つまり、あまり他人には見せられない内容ということよ」
「なぜフィーはいいのだ」
「異性に見せるより、同性に見せるでしょ。それにポエムのように書いているからアンタみたいな堅物には理解できないと思うわよ」
確かに、博士はポエムというもの遠まわしな表現がよく理解できないし、フィーネの言い分もそんなものなのだろうか。と博士は仕方なしに納得すると元いたソファーに座りなおすことにする。
対面ではうっわー、ひゃー等と感想を漏らしているフィーネが手紙を読み終えるまで待つことにした。
「それで、ロボ子。どういういきさつでラブレターをもらったのだ」
「はい。帰り道にいつも犬の散歩をしている少年から呼び止められて手紙を渡されると顔を真っ赤にして逃げて行きまして」
「……ん、渡されただけなのに随分帰るのに時間がかかったのだな」
「突然手紙を渡して逃げたので、追いかけていましたら思いのほか長いマラソンになりましてね」
結局見失いましたけど、と恥ずかしそうに答えるロボ子。道理で髪が少し乱れているわけであったか。
そして、博士はロボ子のセリフに疑問に覚える。散歩している少年とロボ子は言った。ならばと博士は考え、ロボ子に訊ねる。
「では、彼の名前を知らなかったのか」
「ええ、そうでした」
「一応、手紙に名前とかは書いているわね」
手紙を読み終えたのか、顔を上げながらフィーネは二人の間に口を挟み、博士に説明してくれる。
「書いてある文面の内容だと、相手は高校二年生。ショッピングモールの近くの家から行く犬の散歩コースであなたを一目見た瞬間電気が走ったようなものを感じたらしいわ」
「それはまた、奇っ怪な。電気を人間に走らせるなどと」
「博士、比喩ですよ。比喩」
なるほど。心に電気が走るのか。一体どういうものなのだろう、不思議であるなと思いながら博士はフィーネの話の続きを聞く。
「そして、最近博士のデートを尾行した際の喫茶店でバイトをしている際にこれは運命だと思ったのだそうよ。いやー青春しているわね」
何故か喜んでフィーネは窓の青空を見ながらさわやかに感想を語った。なぜ、小学生のくせにそんなに達観したようなセリフを言うのだろうか。不思議でならなかった。
とにかくロボ子が男性からラブレターをもらったという事態は読み込めた。
「手紙だと返事は明日待っているって書いてあるけど」
「その場で聞けばよかったのではないのか」
「話から察するに渡すだけで一杯一杯だったのでしょ」
「……そんなものか」
博士としては自分の若い頃を考えてみたがずっと一人でロボット工学を研究していたのでいまいちその手の話についていけなかった。
まぁ、だからといってこれから聞く内容は変わることはない。
「ロボ子、どうやって断る」
「いやいや、なんですぐに断るの」
「「え?」」
不思議そうに見返すふたりにフィーネは戸惑う。
「一度会ってからでもいいじゃないの」
「いや、だってなぁ」
「そうですよね」
ロボ子は博士の同じ考えなのか小さく頷き返すが、フィーネは私たちが断ろう前提で動いていることが気に入らないようであった。
だが、相手にもしていられない。いまは博士にとってはロボ子の問題が第一なのだ。
「さて、ロボ子。案はあるか」
カリカリと頭を鳴らし思考したあとロボ子は答える。
「頂いたラブレターを目の前でビリビリに破くという手はどうでしょうか」
「そうだな。破ったラブレターを靴で踏む作業が残っているな」
「二人ともやめてあげて」
なかなか良い案だと博士が思っていると、何故か横からフィーがストップをかけてくる。
「一度あってからでもいいんじゃないの。というか付き合った方が今後の博士の研究の材料にもなるんじゃないの」
「それはそうなのですが……」
言いながら、ロボ子は博士をちらりと見る。
(まぁ、言いにくい話であるので、助けてらやらなければいけないだろう)
「博士の立場だったら付き合うでしょ」
「それは否定できないがな。フィーよ、よく考えてみろ。見知らぬ男性からいきなり手紙を渡されば不審に思わないか。そんな間違えば不審者一歩手前の異性と会いたい訳無いだろう」
「言い方が飛躍的だけど……まぁ、そうね」
博士の説明に渋々ながらもフィーネは納得する。
「ではこのまま無視という方向でいきますか」
「いや、それはさすがにやめましょうよ。」
しばし考えたフィーは考えを口にする。
「じゃあ、どんな相手かも含めて。博士が断りに行ってくれるって」
「……おい、なぜ私だ」
「前にミヤコお姉ちゃん紹介したじゃない。その借りを返してくれると思ってお願いよ」
「ぐ!」
(それを言われれば断る理由もいかない。しかし、高校生の子供と会うのか。できれば嫌なのだが、かといって小学生のフィーはもちろん。ロボ子本人に行かせるよりはいいだろう)
しばらく悩んだあと、博士は諦めたように承諾した。
「仕方ない。……では私が行くしかない」
面倒なのでさっさと終わらせようと博士は思った。




