博士、デートに行ってください。⑤
■博士■
少し入り組んだ場所にある手洗い場前で博士は端末を操作しロボ子に電話を掛ける。
数度のコールの後、ロボ子の声が耳に入った。
『はい』
「今どこだ」
『ラボにいるわよ』
何故か代わりにフィーネが答えた。後ろの方でロボ子が何か言っているがいまいち聞き取れなかった。
「どうした」
『いえ、それよりどうされたのですか。必死さが伝わるメールは来たようですが』
「まぁ、その、な。とても信じがたいことだが」
しどろもどろしながらも博士は先ほどの彼女の暴走ぶりをロボ子にわかりやすく説明する。
『なるほど、このままだと男と結婚させられそうですね』
「そこまではいかないだろう」
『ですが、子供が産めるなら……』
「少しは限度ってものがあるだろう」
今の技術なら同性同士の子供の配合も出来るのかもしれないが、それは博士の専門分野ではないことである。それに想像するだけで身の毛がよだつ。
(というより、生まれた時に男の裸を見せた際に悲鳴を上げていたが、もうそのような事には耐性が付いているのか。日頃、暇なときにセクハラ発言をした甲斐があったというものだな)
『一つ、訊ねたいのですが……』
「なんだね」
『これからどういう方向でこの事態を収めるか考えるために聞きたいのですが、博士は彼女とこれからも仲良くしたいのですか』
ふむ。そうだな。博士は考える。
今日あったばかりの黒髪の女性。ぐふふと先程まで笑みと眼鏡の奥から光る眼光、暴風雨のような口調で男性同士の恋愛を熱く語り始めた印象がやはり強い。
ゾワリと背筋に再び寒気が起きていたが、博士はロボ子に真っ直ぐな結論を述べた。
「……今のところ嫌いになる理由はないな」
『嫌いではないです、か』
マジか! と驚くフィーネの声が端末から聞こえる。ロボ子に渡した端末は声を拾いすぎるように設定してあったので周囲の声がよく耳に入るのだ。
だから、ロボ子の思考する頭の回転音もよく聞こえた。
やがて、回転音が鳴り止むとロボ子は返答する。
『では博士。ひとつ、思う所があるのですが。うまくいけば彼女のことをより深く知れますし、仲良くなると思いますよ』
「うむ。聞こう」
願ってもないことだと快く承諾し、博士はロボ子の声に耳を傾けた。
連絡を終えた博士はしばらく考えを巡らしたあとに彼女のいる席に戻った。
「はい、お待たせしました」
「おかえりー、さて、どこまで話したかしら……」
「確か、男同士での妊娠できるか否かの話だったな」
「そうそう、それでね。私が読んだ同人誌の中にはそのことで苦悩し、見事妊娠するBL本があったのよ」
再び雨あられ、彼女の話が始まった。
博士は先ほどのように彼女の話に気圧されることはない。話をすべて聞いてはいなかったからだ。代わりにロボ子の言っていた先ほどの言葉が頭の中を反復する。
注意深く博士は彼女の仕草を観察する。変わらず、ミヤコは嬉しそうにまるで演劇のような大仰な仕草で語る。
何となくだが、自分がここにいなくても彼女は一人で騒いでいるような寂しさを思えた。
(ロボ子からのアドバイスはもらった。あとはどう生かすか。さて、再び話を切り出すためにどうしたものか)
「どうかしたの」
「いや、その……」
少し言葉に詰まりながら博士は思い切って聞いた。
「何というか……無理していません」
「いやー何? もしかして私が遠慮なんてしていると思っているの。最初から全開よ」
「……本当か?」
「ハハハ――」
「……」
「……」
机を合わせ見つめ合い、しばらくの沈黙が流れたあと、ミヤコは力を抜くように小さく息を吐く。
「まいったな、結構早く気づいたのかな?」
表情を変えることなく、しかし、口調のトーンが少し落としどことなく明るさがかけている。
「さすが天才と自分で言っているだけはあるってことかしら」
彼女の言葉にとても照れたりする気にはならなかった。ああ、予想通りではないか。心の中で嘆きながら博士はロボ子の会話を思い出した。
『彼女の明るさは、本物なのでしょうか』
「要は彼女が猫を被っているってことを言いたいのか」
『気付いていたのですか』
「当たり前だ」
と強がって答えたものの博士としても少しだけ変に思っただけであった。
何となく気になったそれだであり、確証はなかった。
「しかし、ロボ子はどうしてそう思う。まさか女の勘か」
『そんなわけないですよー。まず、服装はしっかりしているのに、あえて、男性を遠ざけるように厚いメガネ、他人の話を聞くときの態度は素晴らしいのに、自分の話には距離を離そうとする話し方。そして、フィーさんの話では時折そんなことをする。踏まえると彼女は遠まわしに誰かに踏み込んで欲しくないのかなと……』
「しかし、それなら何故今回私の誘いに来たのだ。やはり私の魅力に」
『いえ、それはないですよ』
余りにもバッサリ否定されて少し心が傷ついた博士をよそにロボ子は説明する。
『おそらく、親戚のフィーさんの頼みだから仕方なく来たのでしょう。だから、一応会ってさっさと嫌われてしまおうとしているのではないですか』
「よくそこまで理解できるようになったな」
『いえ、作り物の自分ですから、彼女の行動がまがいものだと何となく共感しただけです』
なるほど、納得できる内容だ。さてこれで裏付けは取れたようだが、
「これから、どうすればいいと思う」
『そうですね。会って初めての段階ですからここで大仰に暴露大会をしたところで結果は彼女と仲良くできる保証はありません。かといって次に会う約束をするにもこのまま騙され続けるのは後々信頼関係で響きますので、少し気づいているんだとアピールすればいいのではないですか……まぁ、諦めるのもいいかもしれませんけどね』
「ふむ。なるほど。では、当たって砕けてみようか」
と言って意気込んでみた結果、アピールするつもりが直球で聞いてしまい先程とは打って変わってお互いの無言が続き、店内のBGMしか耳には入ってこない。
「ごめんなさいね。私は誰とも付き合う気はないの」
ピシャリと目の前のミヤコは言い放つ。メガネのせいで表情が読みづらいが、その声は感情など失われたように冷え切っており、思わず博士はゾクリと寒気がした。
明らかな拒絶。
刑務所の面会室のように壊すことのできない壁が間にあるように感じさせる。その壁を壊すことも取り除くことも少し前に会ったばかりの博士は持ち合わせてはいない。
そもそも、彼女がどうしてそんな行動を取っているのか博士は分かっていないのだ。分かっているのは向こうの都合で断るということだ。
(だったら、自分の都合も言ってもいいだろう)
博士は小さく頭を下げた。
「すまないね。あまり、面白い話もできなくて」
「……どうしたの」
「いや、何となくだけどね。無理して、明るくしているように見えるからな」
「あははは、そんな事ないですよ」
いつも通りの口調に戻り、けらけらと笑う女性に博士は言葉をかける。
「けど、一応言わせてもらう。ありがとう。話を聞いてくれて」
「……」
博士の突然のお礼にミヤコは何も言わなかった。博士は構わず自分のロボットの話を聞いてくれた女性に話をする。
「……いや、今まで乙女心を作ったロボットなんて言えば、皆が口を揃えて馬鹿にされていたのだよ。だけど、キチンと話を聞いてくれて本当に嬉しかった」
上っ面でも否定せずに、話を聞き面白そうですねと言ってくれた事。おそらくこの事で博士は彼女のことが嫌いではないと思えたのだ。と今更ながら悟った。
たしかに、彼女の壁を壊すことはできない。だが、話しかけることは、言葉を届かせることはできるのだ。博士はミヤコをまっすぐ見据える。
「だから、また、良かったら話を聞くだけでもいいので、会ってくれませんか」
「……私はオタクですよ」
「私だって、奇人フランケン博士と周囲で呼ばれている」
「あまり、本性を見せないですよ」
「別にかまわない。見せたくないなら見せる必要はない」
「私は、腐っていますし」
ひどく冷め切った声が再び紡がれる。腐っているという意味がどういうことを指しているか分からなかったが、博士はそれでも言い返した。
「君は腐っているわけない」
「……ぇ」
「天才である私が保証しよう。何故なら、生命活動のある人が腐敗するわけない」
たとえば、この周囲の風習により彼女が黒髪である由縁で昔差別を受けていたとしても。
たとえば、彼女の趣味が公に知られ、虐められていたにしても。
それは腐っている理由にはならない。
「ふーん、そう」
店内のBGMに掻き消えそうなぐらい小さくミヤコは言うとバッグを漁ったあと、勢いよく立ち上がる。
「……まぁ、会うぐらいならいいかなー」
「……え?」
驚き、聞き返す博士に目もくれず、ミヤコは立ち上がると伝票の上にお金をおくと素早く店内の出口に向かって歩きだした。
「お、おい、支払い」
「今日はおごります。……また、今度払ってくれればいいですよー」
止めようとした博士に振り返ると風のようにミヤコは喫茶店から出て行ったのであった。
店員が訝しげに博士を見る中、博士はレストランに予約のキャンセルをするため端末を取り出しながら、今度はどうしようかと思いを馳せるのであった。
■博士■
「フィーさんどう思われます」
「うーん、博士にしては及第点かな。珍しくイカレタ発言をしなかったしね。ロボ子ちゃんは」
「さすが博士ですよ。やるときはやるってものですね」
「なんであんたが偉そうなのよ」
「えへへへ」
嬉しそうにロボ子は笑う。相手はちょっと変わった人ではあり、博士には無理かなと思っていたが何とか最後の博士の一言で会う約束をこぎ着けた事に嬉しくてたまらないのだ。
「まぁ、一件落着ということで」
「そうねー」
「……ふむ、何が一件落着か聞かせてもらおうか」
「「え、博士!」」
というわけにも行かず博士に電話の時の会話でBGMが漏れていたのでバレていました。




