博士、ナンパはいけません。④
■博士■
「とういわけで、聞いて驚け、フィー。言葉で誘えないなら、誘えるようなシチュエーションを作ればいいのではないか。というわけで……」
「悪者に絡まれているところを颯爽と現れて、助けるなんて言うんじゃないでしょうね」
「なぜわかった!」
二日後の蒸し暑い昼下がり、先日より少しやつれた顔で博士はまぶたの下にはより一層ひどくなったクマを貼られた目が見開き驚いた。
向かい合うように椅子に座るフィーは博士を呆れたようなため息を吐きながら博士の後ろを指差す。
「まず、あんたの背後に控えているヤンキーみたいなロボット」
「すごいだろう。二日間かけて作ったモノだ」
「はい、頑張りましたね」
博士の背後には新たに一体のロボットが立っていた。細身の男性型のロボットは逆立た金髪にピアス、サングラスを掛けておりどこかの裏路地にでもいそうなチンピラ風の人型の姿をしている。
チンピラのようなロボットは動くことはない。その瞳孔は人形のように開かれ、口は半開きにぴたりと硬直していた。感情回路や思考回路などは埋め込んではいないので自律で動くことはないのだ。
自慢気に博士は言う。
「よくできているだろう。といっても、以前に修理依頼されていたアイドルロボットを素体に作っているから簡単にできたのだけどね」
「あのグラビアを!!え、あんた改造したの。そんなことして……」
一度あのグラビアロボットを見たことがあったフィーネは素直に驚いている。恐らく修理依頼されていた商品なのにと思っているのだろう。
「ああ、後輩のモノだったから案外安く買えてね」
「買い取ったの!」
「電話一本で買っていました。さすが博士でしたよ」
「そう褒めるな」
少し昔の借りとちょっとした今までの悪さを突きつけてやったら素直に売ってくれただけだ。
「まぁ、ロボットのことはいいわ。次に机の目の前に積まれた少女漫画の束のそばにある原稿用紙の束よ」
机の上には乱雑に置かれた少女漫画。その中央には書き留められた原稿用紙の束。中央にはデカデカと可愛らしい丸い文字で「ピンチに現れる素敵なおじ様作戦」と書かれていた。
「今からやることが思いっきり書かれているじゃない」
「私も頑張ったのですよー」
少し握りこぶしを作りながらガッツポーズを取るロボ子。そうだね。頑張って書いていたな。すごくウキウキしながら楽しそうに書いていた事は私だけの秘密にしておこう。
「以上の事といつもの行動パターンから、あんたが何やろうとしたなんて分かるわよ」
「なるほど。まさか作戦を発表する前にバレてしまうとは思わなかったが、まぁ特に支障はない」
「ちょっと待ちなさい」
「では、ロボ子さっそく麓まで降りていくとしようじゃないか」
「いや、多分その作戦は無理でしょ!」
フィーネの言葉に席を立ち上がろうとした体はピタリと止まる。
馬鹿な。そんなはずはないだろう。信じられなく対面に座る小学生の少女に顔を向ける。
「なぜそう思う」
「いや、だってイマドキの小学生でもそんなヤラセに気づくわよ」
「だが、私なら上手くできるはずだ」
そうだ。やれるはずだと信じている。だが、そんな博士にフィーネはトドメとなる一言を言い放つ。
「後、数日前からあんたみたいな作戦で詐欺を行うグループが摘発されるニュースがあったから多分、詐欺グループって疑われるのがオチよ」
「なんだと……それは本当か」
力が抜け、勢いよく椅子にもたれかかるように座る。
なんてことだ。最近ラボにこもりっきりでニュースをロクに見ていなかった間に社会はそんなことになっていたのか。
「なぜ、詐欺のグループのせいで一般の善良市民の行動が疑いにかけられなければいけないのか!」
「ナンパ目的で下心しかない作戦を立てていることが、善良な市民のやることなの」
くぅ、と悔しさのあまり声が出る。あまりにもキチンとした正論であり何も反論することが博士にはできなかった。
「諦めたほうがいいわよ」
「…………いや、行こう」
「はい?」
ここで引いてはすべてが無駄になる。そう思えると体の力が勢いよく抜けていく。だから、頑張らなければいけないのだ。
「いや、ちょっと、アンタ。私の話を聞いていなかったの」
制止するフィーネの声を聞き流す。
「聞いたが、まぁ、何とかする。してみせる」
「博士、やけになっては」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、だ……」
心配そうに声をかけるロボ子に目をくれず、博士は勢いよく立ち上がる。
瞬間。目の前の世界がぐらついた気がした。
頭の中をぐるぐると混ぜられる。
「あれ?」
「博士!」
体が傾いたと気がついたときには博士の体はフローリングの床に転がった。
少しだけひんやりとした床の感触をほほに感じながら博士はようやくそういえば最近寝ていなかったなと思いかえした。途端にまぶたが重くなり、体中の力が抜けていく。
(まぁ、ダメならいいか。眠ろう……)
耳元でロボ子やフィーネの声を耳に聞こえながら博士は意識を手放した。
■ロボ子■
いきなり床に倒れた博士にフィーネたちは驚いたが、どうやら眠っているだけであったのでロボ子はなんとか博士を担ぐとベッドまで運んだ。
書類や電子工学やロボット技術などが書かれた厚手の本が乱雑に部屋中に置かれている博士の部屋。ロボ子はソっとベッドの上に博士を寝かす。そして、ひとまず安らかに寝ている博士の姿に安心し、近くにあったデスクチェアーをこちらに寄せて付いてきたフィーネを座らせた。
「……しばらく安静にしておけば大丈夫だと思います」
倒れた時には小さく悲鳴を上げ、軽く錯乱していたようであったフィーネも少し落ち着いたようにほっと一息吐いた。
「そ、そう。けど、どうしていきなり倒れたりなんて」
「それは……」
少し困ったように言い淀みながらロボ子は言葉を漏らす。
「最近、修理依頼の殺到での寝不足な生活に加え、ここ二日間アイドルロボットの改造でほぼ徹夜だったのです」
「つまり、相当な寝不足だったと」
「はい」
「……そりゃあ、ぶっ倒れるわよ」
呆れたようにため息一つフィーネは吐く。
その横でロボ子は小さく頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……どうして、あなたがあやまるのよ」
博士に向かって謝るロボ子を不思議に思いフィーネは問いかけた。ロボ子は自分の気持ちを包み隠さずフィーネに話すことにした。
「私のせいでもあるからですよ」
例えばもっと私が女心を理解していれば、もう少し良い案を博士に言えたのかもしれない。
ここ最近のニュースを見ていれば今回の作戦を止めることもできたかもしれない。
それにもう少しでも博士の仕事に力でもなれたなら博士の負担を減らし、倒れることもなかったかもしれないのだ。
先程から感情回路が締めつけられているような感覚を訴え始めている。原因はわからないのに思考回路が重い。
自分が今どんな表情をしているか分からないロボ子の袖を引かれると、フィーネが何やら言葉を選ぶように目をそらし、口を開いていた。
「その、全部あなたのせいじゃないでしょ」
「それでも私に何か出来ることがあったのかもしれないのです」
それ以上、フィーネは何も言えなかった。
(まだ幼い子に何を愚痴っているのでしょうね。少し、反省)
気まずさを紛らわせるように一旦席を外し、ロボ子は濡れタオルを持ってくると少し熱っぽい博士の額に当ててあげることにした。
「すいません。落ち込んでしまって」
「いや、いいのよ。まぁ、黙って愚痴を聞いてあげるのはレディーの嗜みでしょ」
言いながら、平気そうな顔でフィーネはウィンクをする。年齢的には一応年上である少女ではあるが気遣われていることがなんとももどかしかい気持ちにさせられた。
「まぁ、これで博士もすこしは無茶しないわよ」
「……そうだな、気をつけることにしよう」
「博士!」
ゆっくりと目を覚ました博士はそばに寄ったロボ子にむかってゆっくりと首を向けた。
すこしは顔色が良くなっている博士はロボ子の頭に手を置いた。
「すまんね。迷惑をかけた」
「いえ、私の方こそ」
謝ろうとした。だが、その声よりはやくロボ子の頭を博士は撫でた。
まるで謝らせたくないようにすこしいつもより乱暴ななで方、しかし、いつものロボ子にはない温かみのある人肌の優しさを感じる。
「ロボ子」
「はい」
「研究者にとって何事も挑戦なのだよ」
少し落ち込むロボ子に博士はタオルを額に当てながら上半身を起こした。
「挑戦して、失敗して。天才の私だってそうだ。何度でも失敗を重ね、反省し、研究して成功するものなのだよ。それは人だって、多分恋愛だってそうじゃないのかと私は思うのだ」
だからね。と言ってなで方がいつもの優しげな撫で方に変わっていく。
「また、一緒に考えていけばいいじゃないか」
その言葉にガリガリとロボ子の頭が音を鳴らした。
ロボットはプログラムに沿って基本は動く。だから、故障ではない限り、失敗はしない。そんな事を前に博士が言っていたのを思い出した。
だけど、私には感情がある。人間のような思考回路があるのだ。失敗ぐらいだってしてしまうのだろう。
そこでようやくロボ子は自分にとって先程の感覚が生まれて初めての罪悪感と失敗による反省だったのだなと理解できた。
「はい、頑張って女心を磨いていきます」
「そうだな、一緒に頑張っていこう」
何だかいい話っぽくまとまりましたねと思っていると少々甲高い咳払いをフィーネがした。
「まったく、生まれてから一年も経っていないようなお子チャマが女心を知ったふうに言わないでよね」
「……フィーネさん」
仕方ないわね。とわざとらしく言いながらフィーネは頬を掻いて、目をそらしながら口を開いた。
「私が女性を紹介してあげるわよ」
「いっておくが小学生は対象外」
「違うわよ。私の従姉妹よ。歳は確か……24歳」
「ほう」
瞬間博士は素早くベッドの上に座る。額に当てていたタオルがベッドの上に落ちたのも気にせずに、フィーネに詰め寄った。
「職業は、身長は、体重は、血液型は!!」
「ひぃ」
「博士、落ち着いてください。ほら、怖がっているじゃないですか」
椅子から飛び上がり、ロボ子の背後に隠れる少女をかばいながら、やんわりと博士とロボ子の間に入り込み、博士を落ち着かせる。
少しだけ、顔をのぞかせながらフィーネは返答する。
「身長や体重は普通かな。血液型はわからないけど、職業はIT系の仕事をしているらしいのよ」
「最後に重要なことだが……子供は産めるのか」
「セクハラすんな!!まぁ、健康体よ」
「なるほど……」
「で、どうなの。会ってみたいなら、仲が良いし紹介してあげるけど」
ロボ子の背後に隠れながら尋ねるフィーネに博士は、プライドの高い彼には珍しく少女に立ち上がり近くに行くとペコリと頭を下げた。
「では、頼もうか」
「ふん、感謝しなさいよ。けど別にあんたの為じゃないのよ」
「ロボ子今のがツンデレというものだ。覚えておきなさい」
「はい、なるほどーフィーネさんはツンデレですか」
「ツンデレ言うなぁ!!」
ツンデレと言われ顔を真っ赤にして怒るフィーネ。これがツンデレかと記憶装置に入力しながらロボ子はフィーネをなだめた後、少女に向かって小さく頭を下げた。
「フィーネさん、ありがとうございます」
「……別に、大したことじゃないわよ」
照れくさそうな顔でそっぽを向くフィーネ。やはり、フィーネさんはツンデレのようです。
「あんたも運が良かったと思いなさい」
「ふ、ふふふ、そうか。やはり天才は運も強いということか」
「博士。あまり調子に乗っては……」
「これでナンパ等しなくても大丈夫だ。はは、はははは……」
高笑いをしながらヤレル、ヤッテヤルゾと叫び小躍りする博士の姿に、フィーネはやっぱりダメかなーと小声でつぶやいた。
そして、残念ながらロボ子もフィーネの意見を否定することもできなかったのであった。




