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はいこんにちは。前回、異界から母に召喚されました、御園ゆきです。
語り手が私でいいんでしょうかと考えてみたりしますけど、状況把握のための脳内実況に私以外の人物が出てきたら大変なことです。私で勘弁しておいてください。
誰に向かっての謝罪なのか、そう、そこは考えてはダメだとお母さんからもいつか忠告されました。私という人間の八割程度はお母さんからの言葉でできていそうです。
あははは。
「さて、状況の説明を要求…する前に。子供たちの椅子を用意してもらおうか。寝心地のいい物を、三つ」
「俺も少し座りたいんだけど」
「…では長椅子で結構。全員が座れるようにしてもらいたい」
私が脳内で一人で突っ込んで一人で笑ってる間にお母さんの傍若無人な要求が部屋の壁際で立ってるおじさんたちに突きつけられました。この高飛車ぶり、現実でも笑うところでしょうか。頭がおかしくなったのかって突っ込むなら、どっちに正当性があるところですか、この状況って。
私が今まで映画の中でしか見たことのないような作りの、知らない部屋の中で、えーと、普通じゃない格好をして立ったままでいるおじさんたちは五人です。…いや、倒れてしまった人は除いてます。どうでもいいですけど、どうして倒れちゃったんでしょう。大人が怒鳴ってるところすらめったに見ない私としては、気絶なんてシロモノは見たことないのです。
普通に怖いです。
魔法使いみたいなずるずるした袖を着たおじさん、机の後ろで、んもう立派としか言いようにない椅子に座ったままの偉そうなおじさん、すぐ斜め後ろにその人と同じような格好のヒゲを生やしたおじさん、机のこっち側に立ってる人は革製の……ねぇ、あれは鎧っていうんでしょうか、ゲームの中でしか見たことのない格好をしたおじさんは、腰に剣を差してます。剣?!しつこいようですが、そういうのって私にとってはテレビとかゲームとか映画とか、つまり画面の向こう側でしか見ないアイテムです。それがごく自然に腰にある状態なんです。
私の気持ちが引きっぱなしです。
ああ、あと、五人の中にはこちらに呼び出されてからずっと追いかけてくる視線の持ち主である、金目とシェパード色をしたケモノ耳の人も数に入ってます。この人は皮鎧のおじさんのさらに斜め前に立ってます。マジでこぼしますが日本人としては多少うんざりする視線の強さですよ、コレ。いい加減に視線を外してほしいものです。ほんの一瞬くらいでもいいので。この人の腰にも剣があります。
要するに、どう好意的に表現しても友好的ではなさそうな人たちに対して、どこからどう見ても普通のおばさんであるところの格好なのに、こっちはこっちでドン引きするほど態度が高飛車なお母さん。
さらに、角が生えてるせいで笑えばいいのか引いていいのか、もう人としての存在自体を私にこっそりと疑われているお父さん。
そして、何気なく二人に背中でかばわれたおかげでようやく息ができるようになった、私と弟と妹と。
……まぁアレですね。ソファのわりにはふわふわしてない長い椅子が運び込まれた時の様子でようやく気が付きましたけど、このお城の中では私たちの方が不思議な格好をしてるみたいですね。服装とか。主に服装とか。
そういう一連の動きをぼんやりと見てる間に、ごそごそしている部屋の中でお父さんとお母さんは腕組みをしたまま目も合わさずに唐突に打ち合わせもどきを始めました。
打ち合わせって、交渉相手は目の前にいるんじゃない?手の内を見せちゃうことにならないの?って前は思ったこともあるんだけどね。
「召喚、じゃないのか。確信はないけど、最悪なら先行実験。事故とか偶然、じゃないだろ?コレ」
「…うーん、その辺りは俺が後で説明できる、と思う。聞きたいのは経緯かな?君が選ばれたのか?とか俺たちも含めて、なのかな?とか、そこら」
「ん、ん。…ん。あとで。……進行は私が?」
「だね。っていうか、ごめんね、悪いけどちょっと隙を見て、俺、いなくなるから。どうしても行かないといけないところがあるみたいで」
「………ふーん。どこまで優先?」
「んー、子供たちの安全を確保、までかな。なんかねぇ、帰ってこられる時間が読めないから、今は君たちを先にしてる。そのレベルで、気になる」
「……ふむ、いいでしょう。私としてはそれより、ゆきが気になる。いっそキミについて行った方が良くない?」
「んーーーーー。一回、どうにかして連絡を取るよ。キミ、携帯は持ってる?じゃあ、何とかできると思う。こっちの方が早そうでも遅くなりそうでも、それで」
これですよ。安定の、聞いててまったく意味が分からない会話っぷりです。私の名前が出てるのにも関わらず脈絡も意味も不明のままとか、泣けてきます。
この人たちの会話って下打ち合わせとか共通認識の確認とか、一切なくていきなりトップスピードで始まって唐突に終わるんですよね。特に今は、二人して余裕がなさそうなので特化してるみたいですけど。細切れっていうか、会話としての中身で必要そうな主要単語がぽんぽん抜ける上にぶつ切り、さらに言うとその必要な部分のうち、どこが抜けてるのか本人たちもわかってて抜かしてるわけで。
うん、推測だけど説明すると二人は大体、今の会話だけでこれからの方針とか現在の認識のすり合わせが終わらせたわけですよ。これで実に細かいところまでお互いに把握してくるから、不思議でしょうがない。一度聞いてみたら、付き合いが長いからっていうより、夫婦だからだね、ってお母さんは照れ笑いしてたけど。多分そこ、照れるとこじゃない。
正直に言えば、聞いてれば誰にでも内容がわかる会話をしてほしいです。お母さん。
…うーん、後で詳細説明をおねだりしたら、してくれるだろうか。大人たちの会話の中身が子供に聞かせる内容じゃなかったら、そしてそれは大体においてお母さんが判定するわけだけど、ほんっとどうでもいい、嘘ギリギリのレベルでごまかしてくるから厄介なんだよね。
整合性がついてる分、変に納得するものを即興で持ってくるあたり、マジで面倒なんだよ。子供だからごまかしてるのかって思うけど、叔母さんであるところのお母さんの妹いわく「昔からそういう人だった」って言ってるから、会話の中身で私たちを傷つけたくないとかっていう理由での過保護なのかもしれないけどさぁ。
ああ、でも聞いてて一つだけ理解しました。お父さんが後でちょっと、私たちを置いてどこかに行くわけですよね?帰ってくるけど、いつになるかわからないから、向こうから一度、連絡するよ、と。…よくお母さんてば離れることを許したな。お父さんべったりのくせに。
「椅子の方の準備ができましたので、どうぞ。飲み物は、ここに」
そんなふうに思っている間になんだか椅子も運び込まれて、私たちが座っていい雰囲気になってたみたいです。軽い咳払いのあとで、唐突に聞こえたのは渋い声でした。…ふふふ。私がまだ十二歳なのに、渋いってどんな感じかよくわかった、って、思わなかったですか?ええ、渋いって要するに、英語の映画の中で、日本語で喋ってるような声の人のことですよね。はい、当然のごとくお母さんが前に言ってましたよ。
「…なぁ、ちょっと聞いていい?アンタ達の信用ってさ、いつから発生する?」
もうそれで腕がくっついてしまわないの?って強さでずっと組んでる腕をほどかないまま、くいっと顎を上げ気味にしたお母さんが薄ら笑いで机の向こうにいるままだった一番えらいっぽいおじさんに向かって話しかけたのは、飲み物のお盆を見た直後でした。
ちなみにジュースっぽい何かが入った木のコップを進めてくれたのは、最初からこの部屋にいたおじさんたちのうち、腰に剣を差してるケモノ耳じゃない方のおじさん。
…えーと、そろそろそれぞれのおじさんに仮称を与えたほうがいいでしょうか。机に座ってる上司、斜め後ろに立ってる部下、ずるずるローブが魔法使い、腰に剣を差してる二人は戦士とケモノ耳、ですけど。私が付けるなら。
……う、うん?!おおおお母さん?!それはさすがにちょっと、ダイレクトすぎる疑いの言葉じゃね?!というか、あなたが何を疑ってるのかすら理解できない私としては、親切にも長椅子まで部屋に持ち込んでくれた人たちに対してただ単にケンカを売ってるとしか思えねぇよ?!
ほら見てみなさい。向こうの人が全員いっせいに……いや、相変わらず私をガン見してるケモノ耳を除いて、ですけど、眉をしかめたじゃないですか!
…むしろ徹頭徹尾して私しか見てないこのケモノ耳がだんだん本気で怖くなってきたんですけど。だって何しててもいつ見ても視線がガチで外れてないよ?私、この人に何かしたかな?
「私たちの立場と、地位にかけて、この飲み物は安全です。足りなければ嘘を言っていないと主神に誓っても構いません。この場限りとしてなら」
私が心当たりを探ってる間にもお母さんと上司の会話が続きます。あ、先に座っていてください、って言ってもらって、私たちは椅子に座らせてもらいました。お母さんを中心にして左右に私と弟、背中に妹がもぐりこんで、お父さんは私の隣です。…妹の位置に突っ込みを入れるのはナシでお願いします。言い訳しておいてあげると、安心するんですよ。お母さんの背中と椅子の間って。狭くて暖かくて。
「自己紹介もまだなのに、神様に誓われても信じる余地がないね。三〇点。私たちはあなた達と常識を共有していない。その上で、もうひと声が欲しいな」
………あのね。こっちに来てから、っていうかお母さんがあのおじさんたちとお話し始めてからどうしても違和感がバリバリにあるんですけど。
お母さんはいったいどうしちゃったんでしょうか。今までこんな態度を他人にとったことなんてないんですよ?こんな、無礼っていうか挑発するような態度。
少なくとも、私に言わせるなら別人かっていう口のきき方です。うん、ありえない。
…何か、理由でもあるんでしょうか?おじさんたちを、怒らせたいとか?
「…黙っておりましたがそろそろ言わせてもらえば、無礼ではありませんかな?先ほどからのあまりにも礼を失したその態度、控えられよ!異世界の方!」