表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

1-3

 ……うーん。お母さんが陣から出てきたお父さんを見て、『ふーん』って突っ込みましたよ。ところでお母さん、私たちの発言禁止令はいつまで続くんですか。気になって横目で見たら弟も妹も、今にも陣から出そうな感じで体を小刻みに揺らしてるんですけど……ああ、お母さんの一瞥で大人しく座りなおしましたか。一言も口をきかずに視線だけで小学生を大人しくさせるとか、猛獣使いより恐ろしくないですかそのスキル。お父さんはちゃんと掌をこっちに向ける、わかりやすいアピールをしてくれましたよ?

 って、いやいや気にするところが違いますから。お母さんもですけど、お父さんもです。

 ありえなさの度合いでいけば二人とも同じぐらいでしょう。だって、

「…状況の、説明が欲しい」

 いやいやいやいやいや、お父さん、そうじゃないでしょ?!突っ込むところが先になくないですか?!やけに静かな声で説明をお母さんに要求してますよこの男。っつか、ほんとに、いざって時にはお母さんしか見ない人だな、アンタ!知ってるけどな!


 お母さん、髪が伸びてるじゃないですか!床上どころか、陣の外までのたうってますよ?!

 しかもなんか、伸びた髪の毛が異様に綺麗だし。なんというか、手間と暇と時間をかけて丁寧に伸ばしました、みたいな髪質ですよね?これ。普段のお母さんと正反対のこの異常さに…あ、お父さんがちらりと目を落としました。ん?どうしてそこで怒るの?意味がよくわかりませんよ?

 っつか、アンタもですよお父さん。ナニ他人事みたいにお母さんの髪をすくって落としたりしてるんですか!ふーん、って感情が見えない声が意味不明で怖いんですけど!?

 ああもう、そうじゃなくて!だからお父さん!


 耳の上、角が生えてますよ、アンタ!!


 ……ふぅ。今日一日のうちで一番テンション高く突っ込んでみました。当たり前のように最初から最後まで口に出してませんけど。やっぱり絶叫系はひとり言と言えども疲れるのでやめようと思います。似合わないし。

 …ふむ。さておいて思わず、自分の耳はどうなってるのかとつい頭の横に手をやってみたじゃないですか。後ろにケモノ耳がいましたし、油断はできませんからね。何にも気が付かない弟たちが心底うらやましい。アレに気が付かないってどんだけ物事を見ないのさ。


 いつも通りの自分の耳を確認して安心した後は、お父さんの角のことです。お母さんの髪は異常事態ですけどいざとなれば切ればいいので、ちょっと焦りましたが優先順位はあと。問題はあの角の方でしょう。耳の上でくるりと一周回ったそれは、私の知ってる知識で言えば悪魔に生えてるようなアレです。(ちなみに、後で聞いたところヒツジの角をアレンジしたと思いなさい、とお母さんに教えてもらいました。ヤギっていうかヒツジよねぇって呟いてたから、きっとその二つは違うんだと思います。)

 うん、ヒツジかヤギかなんてどうでもいいです。とにかく、今朝会った時点では生えてなかった角についてお父さんは何も言いません。気が付いてないわけですか?…ありえそうですけど。

 お父さんの角をガン見してる私に向かって、お母さんがかすかに首を横に振りました。

 ……なるほど。今は聞くな、という意味でしょうか。ブロックサインが小さいうえにそれを理解するにはお父さんより経験不足なんで、お母さんが手加減してください。マジで。むしろアンタはアンタで髪の釈明をしろよ。私に。


「ふむ。無理だな。私か世界か、たった今、どっちかを選べ」


 無理。無理って言いましたよお母さんったら。手加減のこととか釈明のことじゃないですよね?話の流れ的に、お父さんからの説明要求についてですよね?きっと。

 高飛車というか、いっそ傲慢なまでに偉そうなお母さんの言葉に、それ以上細くなったら見えなくなっちゃうんじゃ、のレベルでお父さんが目を細めます。腕組みしてるお母さんに向かって小首をかしげて、眉を寄せて。

 おお、お父さんもマジ切れ一歩手前のようですよ。お父さんがこんな顔をお母さんに見せるなんてびっくりです。

 正直、私たちがこんなに険悪な雰囲気の両親を見るのは初めてですね。険悪というか、触れなば切れん、の空気というか。すげぇ、空気が重いとか初めて見たわ。お母さんたちいつも無駄に仲がいいから。

「………子供は?」

「あの子たちはすでに私を選んだ」

「そう。なら俺が選ぶ余地はないね」

 ひぃーーーー。淡々とつなげてってる声がもうすでに怖いんですけど?ほら見てごらん、弟も妹もドン引きしてますよ、ここで。左右から私にギュッとくっついてきてるってつまり、相当怖いんですよこの子たちも。ねぇ。

「ないな。確認だから」

「じゃ、それで」

 私たちの必死での怖いアピールをさらりと無視して肩をすくめて、お父さんが両方の手の平を天井に向けました。あ、これはわかりますよ。

 話は終わりって意味ですよね。うん。良くも悪くも。



 ………それで結局、結論はどういうことになったわけですか。それはわからないままですね、ありがとうございます。ここで感謝する意味なんざありませんけど勢いです。感謝の言葉によってがっくりの度合いを強調してみました。

 弟も妹もそれぞれ、わかんないって呟いてましたけど。きっと私とは違うことを見て、その言葉を漏らしてるんでしょうね。今までの経験からするとね。ふぅ。

 ため息をつく私たちを尻目にお母さんがグッと両手を上にあげました。いわく、お腹の底から出すのよ?って、例のうふふ笑いとともに教えてくれた、無駄によく通る発声で天井を見上げて宣誓してます。


「ではここで、彼らの召喚を仮のものから本召喚に切り替える。私たちの全存在をここへ定着させたい。この世界への移住を、世界に、こいねがう。名は告げた。力も示した。媒介が足りないならば伸びた分、この邪魔くさい髪でも取っていけ。異論があるならば、五秒だけやる。ただちに私に告げろ」


 うっわぁ。これっていわゆる、無茶ぶりってやつですよね、お父さん。

 私たちがいきなり呼び出された挙句に突きつけられた選択ってやつもいい加減、無茶ぶりでしたけど。

 桁が違いましたよ。なんですか、世界って。どういう意味ですか、ただちに告げろって。

 丁寧語とか、普段のあなたはどこにいったんですかお母さん。

 そんなお母さんの無茶ぶり宣言が終わったあと、ぼそぼそと後ろの方で声が聞こえてきます。何を言ってるのかさっぱりわかりませんけど、聞いたことのない声です。反射的にそちらの方を、顔を動かさないようにして確認しました。お父さんよりも低い声で、ものすごく立派な机に座ってる人と立ってる人たちがお互い同士で会話をしているようです。

 お母さんの、他人に対するものとしては絶対にありえないレベルの乱暴な言葉の数々にぽかんと口を開けていると、お父さんが私の脇の下に手を入れて床から立ち上がらせてくれました。弟も妹も同じようにして魔法陣の上に立ちます。

 不思議なことに全員が床に立つと同時に、ほんのりした緑の発光がおさまりました。かわりに、一拍おいてすさまじい明るさが目を焼きます。予想してなかったのか、慌ててお母さんが何かで私たちの顔を覆いました。同じころに布の音が聞こえたので、お母さんの目はお父さんが保護したんでしょう。お父さんの一番目はいつだってお母さんなので。…考えると複雑ですけど。

 一瞬だけ濃く発生した霧はすぐに晴れていきます。白い煙とか成分的になんなのって思いかけましたけど、魔法効果ですね、わかります。

 あ、お母さんの髪の長さが元のとおりになってますよ。耳が隠れるかどうかあたりのショートヘア。今まで明るめの白髪染め…いや、本人が言ってましたから!年が年だから白髪染めだよ~って笑ってましたから!…のおかげでベリー系の茶髪でしたが、この部屋で見てからはずっと、真っ黒いままです。つやつやで、手がかかってるっぽい感じは相変わらすですね。

 お母さんの髪のことに気がつくのと同じくらいのタイミングで部屋の端の方から、押し殺したような声がいくつか聞こえました。うーわリアルにぎゃって言いましたよ、あの人たち。っていうか、そもそも何人ぐらいいたんでしょうか。私のいる小学校のクラス人数から推測してみると…十人くらいですかねぇ。

 んでもってちょっと言わせてもらえば。



 大人の叫び声なんてそんなもの、初めて聞きましたよ、私。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ