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お母さんと一緒に首を傾げてると、ジャッドさんがふらりと私のほうに一歩近づいて、それと同時に私とお母さんはお父さんに二人まとめて抱き込められます。すばやく背中側に回されて…これも、なんで?
「嫁がアンタたちと話をするって言うならそれはいいんですけど。嫁の近くに、そうですね、五歩以上は近づかないで下さい。あと、ケモノ耳の人はこの子にも同じような距離でお願いします」
「…………わかり、ました」
ジャッドさんは一度だけ尻尾を振り、耳だけをうなだれさせて…見るからに残念そうです。なに?なにがどうして残念なの?五歩以内、ってなに?
「じゃあ、すまないけれどあきらさん、お迎えも来たようだし、はなと月をつれてお散歩に行ってくれる?」
私がジャッドさんの態度を不思議がってる間にも、もちろん会話は進みます。お父さんの言い草に呆れたみたいに、ひくひくと口の端を引きつらせながらお母さんがドアのあたりを指差しました。出て行け、と同じ意味ですね、それ。
知らないうちにドアのあたりにはまた見たことのない人が増えていて…あ、さっき王様が言ってた散歩の付添いの人たちでしょう。女の人と男の人です。
「おねぇちゃんも、行こう?探検だよ?」
それを見て取ったのか、はながとてとてとドアまで進んで…くるりと振り返りました。私に手を差し出してきます。どうも今朝から私の存在を気にしてるようなのは、売られちゃう発言があったからでしょうか。…ははは、月の野郎のせいですね。近いうちに、はなのいないところで締めてやる。
「はなちゃん。おねぇちゃんとママは、この人たちと大事な話があるからこの部屋にいます。行ってらっしゃい」
私が答えるより早く代わりに返事をしてくれたお母さんはにこやかですが…それってもしかして、ジャッドさんにつがいの意味を確認するってこと?
私に関わることなんだし、よくわからなくても聞いておけ、と。そういうこと?
小首を傾げてると、はなの手をつないだお父さんが顔を半分だけこちらに向けます。目が半笑いで、なんていうか、怖いです。
「言っとくけどあのね、俺が言ってた距離から中に入ると、わかるようにしてるから。匂いが移るし、駄目だからね?」
「いいから行けよ」
手の甲を外に向けて一閃。おお、お母さんが本気で面倒そうです。お父さんの要求は確かにお母さんにとって限界を超えてるレベルでしょうけど。……っていうか。
「ママ、今朝からのパパの態度は何事なの?」
「…………聞くな。っつか、聞かないでほしいなぁ、ゆきちゃん。実はママもそれについては混乱中なんだよ」
「だから、素直になったんだって言ったでしょ?」
「まだいたのかよ、アンタ。とっとと行けよ」
…お、お母さんが段々やさぐれてきてますので、お父さんの不思議なまでの態度の豹変についてはここまでにしておきます。目がどんよりなってきたお母さんが、なんだかかわいそうになってきました。
「さて、ええ、失礼しました」
月とはなが早く行きたいよ!と手を引いてくれたおかげで、なんとかお父さんたちが部屋から出て行きました。カイエさんとターシェさんも、どっちがどっちだか紹介もされないまま連行されましたよ。
どっかりと疲れたようにお母さんが長いすに座り込んでメリッサさんからお茶を受け取ります。私にはジャッドさんが昨日もらったのと同じジュースを。おおぅ、冷たくておいしいです。
口をきくのも面倒なのか手の動きだけでお母さんが王様に机を促しました。…私が同じ態度をしたらきっと、たとえ年下相手にだろうと怒るんでしょうけど、もう。自分はするんですからね。
…ああ、そのひらひらって座ってくださいって意味じゃなくてつまり、さっきの五歩以内の話ですか。なんていうか、こっちに来てからのお父さんの態度って微妙に逆らいたくないんですよね。納得した私と同じように悟ったらしく、おじさんたちも全員、昨日いた位置につきます。
「どうやら、こちらに来てからの混乱はまだ続きそうですな?」
王様が申し訳なさそうな面白がってるような顔でお母さんに話しかけました。…んーん、今日の話し合い、スタート、でしょうか。
「…はは。こんな感じではありませんでしたけどね、今までは。おかげさまで」
「ん?今までは違ったってことはご主人の性格、こっちに来るまでは『ああ』じゃなかったってことなんですかね?」
「ディー、」
困ったように王様が、口を挟んできた魔法使いをたしなめます。同時に机の向こう側からぐっと身を乗り出そうとしたのを止めたのは戦士。ジャッドさんはいわずもがな、安定の私ガン見オンリーです。
「いまさらですがお名前をお伺いしたいので、私たちのほうから奥様に名乗らせていただきます。私が、この国、ディストーリア王国の現国王に当たります、ミハイル七世=ディトーリアです。本来、この名前ももう少し長いのですが、今回は少々間を省かせて頂きたい。この召喚騒動の最高責任者です。奥様を召喚したことについての言い訳もこれからのことも、膨大な話し合いが待ってると思えばぞっとしませんが…。とにかく、では、こちらから名前を」
視線よ外れろー、と、心の中なのにジャッドさんに棒読みで念じてみました。もちろん届かなかったようです。ガン見されるままにつらつらと王様が自己紹介を始めてしまいました。…そういえば、昨夜はそんなのする暇もなかったですもんね。
………ミハイル、は聞き取れましたが。ナンですか7世って。あれ、時々小説の中とかで聞く単語ですけどどういう意味なんでしょうか。後でお父さんに…いえ、お母さんに聞いてみましょう。
で、自己紹介は時計回りに進むわけですね。次は部下のおじさんですか。
「宰相零位のストレイツォ=ビングデルクです。この中では唯一の妻帯者になりますな。以降、なにとぞよろしくお願い申し上げる。また、衣食住はジャッドが、という昨日の話ですが、一応、皆様のがたがこちらで送る生活全てにおいての担当責任者は陛下を除けば最終的に私になります。よって、奥様方において何らかの希望や待遇の改善点があった場合、私のほうまで気軽に声をかけてください」
部下の人は渋いと言うより耳触りのいい声です。気軽に、なんて言ってますけどきっとこの部屋を出たら当たり前のように気軽に声をかけられる雰囲気じゃないです。学校で言うなら教頭先生のような、そんな感じの人。
「俺は魔法省の零位についてる、マディール=クレッセン。堅苦しいのがちょっと苦手なんで、態度とかイロイロ砕けさせてもらいますよ?奥さんが見せた魔術とか旦那さんについてだとか、そりゃーもうスゲー勢いで聞きたいことが山積みなんで、できれば早々に俺の質問に答える時間を…おい、こら、突つくなよグゥエン」
「…ふぅ。駄々漏れの幼馴染で申し訳ない。これでも有能なので、奥様におかれましてはどうか過剰に心配なさらないようにお願いします。私は近衛の零位、騎士団団長を勤めさせております、グウェンダル=シジュ。私には魔力がほぼありませんので、奥様方の警護や護衛などしか担当できませんが、精一杯、皆様方に関わらせていただきたい」
「…団長の補佐を勤めさせていただいております、ジャッドです。ご覧のとおりの獣人ですが、ゆき殿に対するこの感情は世界の誰にも負けませんので、どうか奥様におかれましては」
そうして、王様から始まった唐突な自己紹介タイムですが、ここにきて我慢ができないふうの怒涛の勢いと一緒に、魔法使いなんて目じゃないくらいに身を乗り出してきたのが、…なんというか予想にたがわずジャッドさんです。
私の中でこのケモノ耳、ゆっくりとおじさんから普通にデカイ犬の扱いに下がっていってるんですが。こんな落ち着かないおじさんが剣なんてもの、持ってていいんでしょうか?…ま、まぁともかく、そうして身を乗り出してくるジャッドさんを止めたのも戦士でした。…ん、と、名前がグウェンなんとかさん、でしょうか?聞き取れたのがグゥエンまでなんで、それで呼びましょう。たぶんですが私がこのおじさんたちに直接話しかけることなんてないでしょうからね。正確な名前なんて覚える必要もないでしょう。うん。
だから、それで言うなら魔法使い、は、マディールさん、ですね。そういえばあの人のときも脇腹を突ついて止めたのもグウェンさんですし、戦士さんは突っ込み役と言うか、暴走しやすそうな他の人たちのフォロー要員なんでしょうか?落ち着いた感じがそこはかとなく他の人たちより年上そうです…もともとがおじさんだから落ち着いてても当たり前なんでしょうけど。本当なら。
そして、年回りが戦士さんと一緒に見えることから落ち着いてるはずのジャッドさんですが…見る感じ、どうやら戦士さんでも乗り出してくる体を引き止めるだけでいっぱいいっぱいのようです。王様がため息をつきながら重ねてフォローしてきました。
「ジャッドは、この態度からは信じられんでしょうが普段はグウェンからも5本に2本取れる剣の使い手なのですよ。かなりの激務である騎士団団長の有能な補佐であり、近衛には属さず、第六隊の隊長でもあります。冷静沈着、慌てるところを見たことがないと我らの間でも話に上がるほどで、温厚であり情にも深い…と騎士団や他の宰相たちにも評判が高いのですが…」
「あ、そこんところ、特に誤解しないであげないでくれると助かりますよ、お嬢さん。このガッカリ感は半端じゃないでしょうけど、あの、普段はマジで使える、いい奴なんで」
「ディー。オレのことを売り込んでもらってるみたいでありがたいのですが、ゆき殿の視界に入らないでいただけますか?あと、彼女の目を見ないで下さい。当然のことですが、話しかけるのも即刻に止めて」
「うっわー。聞いた?聞いた、お嬢さん。アンタ、見るからにまだ子供だってのにさぁ。コレに対応できるの?」
「…なんと。私はジャッドの種族のつがいに対する態度を見るのは初めてなのですが。グゥエン、陛下、これは、こういうものなんですか?」
「………比べるならばかなり彼の種族の中でも執着が強いようですが。おおむねは」
「私に聞かれても、だな。いまだに言葉も交わしてないようだからこそ、なのかもしれないが」
「…ディー。オレは一度、忠告をしましたから。次は実力行使します」
「こっわ!怖くねぇ?!殺気とか向けられるの?話しかけただけで?!」
…あ、どこかでチャキって金属音がしました。それを聞いたディーが、すぅっと目を細めます。それからゆっくりとたわめられていくその目が、にんまり、の状態になり、舌がちろりと唇を舐めました。ジャッドさんのほうはと言えば、鼻面に見事な皺が深く寄り、その手は今にも抜かんばかりに腰に、いいえ剣にかけられてます。…あれ?チャキっていうのは、これの音?
「…なるほど。心持ち、理解しました」
引き締まっていく空気をほぐすように、唐突にパンと手を打ち鳴らしたのはお母さんです。緊張のかけらもなくさっきまでと同じように、疲れた顔で私に向かって手の甲をひらりと振りました。
「ゆき、あきらさんたちと一緒に、お散歩しておいで。退屈でしょう?」
「え、でも」
「かまわない。ちょっと、お母さんが思うよりも事態が面白すぎる。あとで説明してあげるから。今は行ってよろしい」
メリッサさんに私の手を引き渡しながら、お母さんが先に行ってる弟たちへの道案内をお願いしてます。にっこりと笑ってくれるメリッサさんに私も習って頭を下げて、よろしくお願いしますと口にしました。礼儀正しく、を心がけるご褒美は、お母さんからの優しい頭ぽんぽん。
「っ、ゆき、殿」
焦ったようなジャッドさんの声が面白かったのでそちらを確認します。…ふふ、どうしたんですか、その情けない耳と顔は。目線を合わせたまま、つい、軽く笑ってしまいました。
が。
……なんですか、どうして硬直されましたか、私。笑ってはいけなかったんでしょうか。
「行きなさい」
お母さんが顔を引きつらせて私の背中をそっと押してくれました。最初の予定なら、私に関わることです、どうしても同席させたかったんでしょうけど…。まぁ、お母さんの判断なら、従いますとも。後で説明してくれるって今度はきちんと言ってもらえたし。
ドアから出るときに、職員室のときと同じように室内に向かって礼をします。失礼しました、と扉を閉じ、メリッサさんにいい子ですねって笑ってもらえて、そして。
全ての面倒くさそうな事を後ろへぶん投げることを自覚しつつ。
楽しそうなお城探検へと、私も出発しました。




