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魔女の郵便屋さん

作者: BITO

 とある町に一人の女の子が住んでいました。年の頃は思春期を迎えたばかりの、まだ小さな女の子です。


 その女の子は、代々魔法の力を受け継ぐ由緒正しい魔法使いの生まれでした。一般的に、女性の魔法使いのことを魔女と呼びます。当然、女の子もまだ小さいながらも立派な魔女の一人です。いえ、女の子なので、魔女っ子の一人です、と言い直しましょう。


 ただの魔法使いよりも魔女の方が、ただの魔女よりも魔女っ子の方が、可愛らしく聞こえるからです。小さな魔女も、こう見えて立派な女の子の一人です。女の子はいつでも可愛らしく呼ばれたいものなのでした。


 でも、大人になって、この時のことを振り返れば、恥ずかしさのあまりに思わず身悶えてしまいます。いったい何が恥ずかしいのか、この時の魔女っ子にはわからない遠い未来(さき)のお話です。


 それよりも、大事なのは現在(いま)のお話です。英語で言えば、『now』です。数年前から『〜なう』と流行りだした語尾でもあります。


 その大事である現在(いま)の小さな魔女は、最近大人の女に憧れていました。小さな魔女から見て、おしゃれな服を着たり、綺麗なお化粧をする大人の女は格好いい憧れの的だったからです。


 自分もいつか、格好いい大人の女になりたいと思っています。でも、そのためには可愛らしい女の子をやめなければいけないとも思っています。小さな魔女にとって、『可愛いい』と『格好いい』は遠く離れた存在なのでした。だから悩んでいるのです。


「……乙女心は複雑なのですよ」


 小さな魔女は、ひとり呟きました。


 正直、他人から見ればどうでもいい悩みだと思います。でも、だからと言って、その正直な気持ちを伝えた小さな魔女の使い魔に魔法の杖を向けるのはいけません。呪文を唱えるのはもっといけません。魔法を人に対して使うのは大変危険ですので、気をつけましょう。


 ああ、でも、使い魔は人ではありません。この場合、どうなるのでしょうか? その答えは小さな魔女だけが知っています。



 *



 小さな魔女は姿見の前にいました。そして、鏡に写る自分の姿を見ています。


 鏡の中の小さな魔女は、黒い服を着ていました。膝下丈のワンピースに、肩を覆うケープ。そして頭にかぶった尖り帽子。そのどれもが全て黒い生地で作られています。三つに分けて編み込だ蜂蜜色の髪の毛が、映えて見える服装です。これは、古来より伝わる魔女として正しい服装でした。さらに言うなら、小さな魔女の制服でもありました。


 魔女は、魔法を使えるから魔女と呼ばれています。魔法は普通の人には使えません。つまり、魔女は特殊技能者です。その特殊技能者としての目印が、服装なのでした。


 服装を一目見ただけで誰もが魔女だと分かるよう、魔女の服装は定められています。特に小さな魔女のような年少の魔女は、厳しく定められています。それが、魔法使い(魔女)と国との間で交わされた約束事。だから小さな魔女は黒い服を着ているのでした。


 ですが、何事にも例外があるものです。それは足元です。白い靴下に、赤いローファーと、真っ黒な小さな魔女の足元だけは黒くありません。もちろん、足元も指定されていましたが、それでも黒い服装に合わせた、あくまで黒い服装が目立つ地味なものととしか定められていないため、他と比べると緩いものでした。ゆるゆるです。


 つまり、ここが女子力の見せどころでした。制限された服装の中で、唯一許されたおしゃれ。そこをどう着飾るのか、その魔女の女子力が試されているのです。


 今日の小さな魔女のおしゃれポイントは、白い靴下についたペンギンのアップリケ。ワンピースの裾がひらひらする度に、コミカルにデザインされたペンギンが笑顔を見せる心算です。


 ちなみに、このコミカルなペンギンの名前は『ペン吉くん』です。今、女の子の間で話題のアニメの主人公でした。


「ふっふっふっー。ペン吉くん靴下を前にすれば、その愛らしさに誰もがイチコロなのですよ☆」


 小さな魔女は上機嫌です。そしてその言葉を証明するように、ペン吉くんを見てココロがイチコロになった小さな魔女の使い魔が、足元にじゃれついて来ました。なので、小さな魔女がそれを知らずに使い魔を踏んづけたとしても仕方がないと思います。



 *



 小さな魔女は一本の箒を手にしています。その箒は、柄の長い草箒。長い棒の先に乾燥させた植物の枝を束ねて作られた箒です。


 この箒はとても丈夫に出来ていました。具体的に言えば、小さな魔女が上に乗っても大丈夫です。この箒は、箒職人が一本一本を丹念に仕上げて作られた匠の一品。魔女のために作られた箒と言っても過言ではありません。


 魔女にとって、箒はとても大切な道具でした。なぜなら、魔女の箒は魔法の箒だからです。この世で二番目とも、三番目とも言えるくらいに大切な道具でした。ちなみに一番目に大切な道具は、魔法の杖です。魔法の杖こそが魔法使い(魔女)としての基本であり、その全てだからです。もちろん魔法の杖がなくても魔法は使えますが、『ある』と『ない』との差は歴然としていました。


 魔女は魔法の箒に乗って空を飛ぶことが出来ました。魔法の箒は空飛ぶ箒。空を飛ぶために必要な道具でした。これなくして魔女は空を飛ぶことが出来ません。それは、誰でも知っている有名なお話です。小さな子供だって知っています。でも、さすがに生まれたばかりの赤ちゃんは知らないでしょう。


 魔法の箒には座席がついていました。アイロンをひっくり返したような形をしていて、箒の半ばより下の部分に金具で固定されています。その他にも、オプションとして取っ手や足場がありました。これらは競技用の魔法の箒によく見られます。競技中は激しく飛び回るため、箒の上から落ちないようにしっかりと体を固定できる部分が必要だからです。


 座席と箒の間には、浮遊石と呼ばれる青い石が嵌め込まれていした。この浮遊石は遥か昔、錬金術師(魔女)が作り出した人造石の一つで、『魔力』を『浮力』に変換する性質を持っています。この性質を利用して、魔法の箒は空を飛べるのです。


 ただ、浮遊石だけでは空を飛ぶことは出来ません。浮力は浮かび上がる力で、移動する力ではないからです。そのため、移動する力として風力が使われています。風力、つまりは風の力です。


 風は、箒の下の部分、植物の枝を束ねた尻尾のような部分で操ります。元々、『(ほうき)』は鳥の羽を使って掃いていたので、『羽掃き(ははき)』と呼ばれていました。そして鳥の羽は、鳥が空を飛ぶために重要な役割を持っています。その繋がりからか、箒と風の相性は大変良く、魔法で風を操るのは難しくありませんでした。


 小さな魔女は魔法の箒に腰掛けて呪文を唱えます。すると何処からともなく風が吹いて、魔法の箒はふわりと空に舞い上がりました。


「空を飛ぶのに制服がスカートだなんて、制服を考えた人はきっとすけべなのですよ!」


 小さな魔女は断言しました。頭の中では、制服を考えた人は変態野郎と記録されました。もちろん、そんな訳ではありません。そんな訳ではないと思いたいのが、小さな魔女の使い魔の心境です。ですが、実際にスカートが制服なので、信じきれないでいる使い魔でした。


 ちなみにスカートは、お尻と座席の間に挟んでいるので乙女の秘密(下着)は下から覗けません。残念でしたね。



 *



 小さな魔女は空を飛ぶお仕事をしていました。具体的に言うと、空を飛んで手紙を届けています。そのお仕事の名前は魔女の郵便屋さんと言います。正式名だと『さん』は入りませんが、周りは親しみを込めて『さん』とつけて呼んでいました。


 魔女の郵便屋さんは魔法使い(魔女)が地域に根付くために始めた事業の一つです。魔法を使えない人から見て、魔法を使える魔法使い(魔女)は頼もしい存在であり恐ろしい存在でもありました。なぜなら魔法は、神の御業とも悪魔の所業とも見える不思議な力だったからです。もちろん、そのどちらでもありませんでしたが、知らないのだからわかりようがなかったのです。


 人は、わからないものを恐れる傾向にあります。そして恐れた結果、魔女狩りと言う言葉が生まれてしまいました。だから魔法使い(魔女)は、自分達が恐ろしくないものだと伝える必要がありました。その一つの手段が、魔女の郵便屋さん。日常生活に魔法を役立てせながら、魔法使い(魔女)と接する機会を作り、魔法使い(魔女)が身近な存在だと知らせることの出来る一石二鳥の手段でした。


 小さな魔女は手紙の配達を任されています。同じ年頃の魔女は全員手紙の配達を任されていました。年少の魔女はまだ力が弱いため、重たい荷物を運ぶのが難しいからです。それでも手紙は配達物の中でも一番数が多いため、鞄一杯に詰めて運んでいました。東に西にと飛び回る大変な毎日です。あと数年もすれば、小包の配達も任されるでしょう。魔女によっては、書留や速達を任されるかも知れません。


 手紙が入った鞄は、小さな魔女の肩に掛けられていました。ジッパーで口を閉じて、外蓋を被せたあと留め具で固定する肩掛け鞄です。魔女の郵便屋さんの目印がある以外は何の飾り気もありませんでした。頑丈だけが取り柄と言ってもいいかも知れません。だから年頃の魔女には不評です。


 その不評な鞄の上に、小さな魔女の使い魔がいました。小さな魔女の使い魔は空が飛べないため、鞄の上でしがみついているのです。ある意味、特等席です。ちなみに特等席は魔女によって異なります。例えばフードの中だったり、例えば魔法の箒の先に吊るした籠の中だったり、例えば魔女の懐だったり。


 使い魔は器用に鞄の隙間を作ると、そこから一枚の手紙を取り出して小さな魔女に渡しました。それは次に届ける手紙です。


 小さな魔女は、手紙に書かれた住所を見ました。そしてもう一度住所を見て、目をぱちくりさせました。


「文字がかすれて住所がわからないのですよ……!?」


 小さな魔女は大慌て。そのせいで使い魔が鞄の上から落ちそうになっていますが、それはきっと小さな魔女にとっては些細な出来事でしょう。



 *



 小さな魔女は噴水広場のベンチに座っていました。魔法の箒を横に立て掛けて、お仕事は一休み。時刻は午後三時と、世間ではおやつの時間です。だからなのか、小さな魔女の膝の上にはお菓子の箱が乗っています。もちろん、さぼりじゃありません。今は休憩時間なのでした。


 お菓子の箱にはドーナツが入っています。一口サイズの小さなリングドーナツが、4個。半分はチョコレートがかけられていました。出来立てなので、あつあつです。


 このドーナツは年少の魔女の間で安くて美味しいと評判のドーナツでした。しかも砂糖が控えめと、お財布だけでなく乙女心の味方でもありました。売れないはずがありません。


「おやつ時のドーナツはウマウマなのですよー」


 小さな魔女は笑顔でドーナツをぱくついています。直接持つと手が汚れるため、箱の中に同封されていた油紙でドーナツを包んで持っています。汚れた手ではお仕事が出来ないのです。その心得は、まだ小さいながらも立派なプロフェッショナルでしょう。


 小さな魔女の隣では、小さな魔女の使い魔が物欲しそうにドーナツを見ていました。その目は、獲物を狙う狩人の目でした。そして、使い魔は獲物に飛び掛かります。


 その後がどうなったかは、皆さんのご想像にお任せします。でもきっと、小さな魔女と、小さな魔女の使い魔は楽しい日常がまだまだ続いていくのでしょうね。おしまい。





他の作品の設定を考えてる際、その設定の一部を見てふと思いついたので、息抜きがてらに書きました。


仮題は「魔女の宅急便」。どこかのアニメのタイトルに似てますね。でも気のせいです、ええ。……しかし手紙を配達させる都合上、「宅急便」では不適切だと判断して、「郵便屋さん」に。

しかも最後あたりを書いてる段階で「あれ、郵便屋の描写がほとんどなくねこれ? タイトルにあるのに」とようやく気づく始末。付け足そうかどうしようか悩みつつ、結局はそのまま続行と。


まあ、お詫び(?)に以下に簡単な設定を作りましたので記載します。






【魔法使い】

魔法を使える人のこと。


【魔女】

女性の魔法使いのこと。


【魔法の杖】

魔法の補助具。魔力を集積する性質を持っており、この杖を焦点として魔力操作がしやすくなる=魔法が使いやすくなる。


【魔法の箒】

空飛ぶ箒。飛行専用の魔法の杖とも言える。浮遊石の力で空に浮かび上がったあと、風の力で飛行する。安全速度は20Km/hほど。連続飛行時間は安全速度で6時間ほど。夜間飛行時には、箒の先にランプを吊るすのが規則。


【浮遊石】

魔力を浮力に変換する。錬金術によって作成された。


【競

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふわふわ、甘々でかわいいをこれでもかと盛り込んだ心温まる作品でした。なかなか私はこういうものが書けないので、書ける人はうらやましいですね。 [気になる点] タイトル詐欺でh(ry [一言…
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