Fucking White
卑しい白
(ハクト+ジャコク)
アルビノに美人なし、などと言うが、ハクトは美人だ。これは自信をもって言える事実である。アルビノであるからして肌の色が少々不健康そうに見えるのが難点だが、顔は整っているし、髪の毛も綺麗だし、スタイルもいい。さらに性格も明るくて活発で、天然で面白くて、可愛い――まあ男だけど――。彼はおそらくかなり魅力的な人物だ。そんな彼に懐かれるのは、別に嫌じゃない。
ただ、少し面倒なところがあるだけで。
*
軋むベッドの上、震える彼の体を、ぎゅうっと押さえ付けるように抱きしめる。言語として意味を成さない言葉―もとい声が、部屋――といってもテントだが――に響く。まるで女性のような高い声は、もう少しで金切り声になるくらいの高さで、俺の鼓膜を執拗に震わせている。暗いテントの中、ホラーを思わせるようなその光景は、俺達にとっては割と日常だ。
「こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい来るな来るな来るなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるな、ああああ、ああああああああああ!!!!」
やっと意味を成す言葉が発せられたかと思うと、腕の中の彼が暴れ始める。バタバタと手足を振り回し、俺の腕から逃れようとする体を更に強く抱きしめる。彼の長い爪が、度々俺の肩や背中の肉をえぐっていた。
「やだやだやだやだやだやだやだや、あ、やだ、や、殺、殺す!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺し殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!!」
今此処にいない相手に底知れぬ殺意を抱く彼は、たぶん異常、である。精神障害、と言えばいいのだろうけど、気違い、と言われてしまえばそれまでだ。だから、いつもの明るい彼とは違う、変で異常で気持ち悪くて頭のおかしい狂った彼のことを知っているのは、俺くらいでいいのだ。
「う、ううううううううう、う、…ぐ、え、げ」
あ、と思った時には大抵、もう遅い。今日の食事をほとんど食べていなかったせいか、胃液ばかりの彼の吐瀉物が、容赦なく俺の肩や背中に吐き出される。辺りに酸の匂いが立ち込める。彼に付けられた傷に液体が滲みて痛い。いつものことなのでもう慣れたが、慣れても嫌なものは嫌だ。つい顔をしかめる。嗚咽は続く。嘔吐したことで少し落ち着いた彼の背中をさすってやった。
「ハクト」
「う、あ、あうう、ううう」
「ハクト」
首筋の冷たい感触から、彼の涙が落ちたことが分かる。がりがりと俺の背中の肉は引っ掻かれて、削がれていっている。はっ、はっ、と息を上げるハクトに、俺は獣を思い起こした。
「…大丈夫だから。お前に酷いことする奴はいないよ」
「や、や、うそ、うそうそうそうそうそ」
「嘘なんて言わない。大丈夫、つらいことなんてない」
彼の爪が、背中や肩に突き立てられる。痛みについては深く考えず、ぼんやりと、しばらく背中が開いた服は着られないなあ、と考えた。いちいち心配してくる奴をあしらうのは煩わしいし、とりあえず心配しておこうみたいな奴らは大嫌いだし。そんな思考の中を漂いながら、俺はハクトの唸り声を聞く。考え事のBGMには相応しくないと思う。やはり今の彼は獣のようだと思った。
「……さ、さらわれ…る、うられる、おかされる、ころされる……」
「攫われない。売られない。犯されない。殺されない。お前は綺麗なままだよ」
「しにたく、ない…」
「死なない。」
「…クロちゃ、」
「うん、クロだよ、ジャコクだ。俺はここにいるよ」
「…うん…」
「ハクト」
俺はハクトを抱きしめる。俺は彼の過去を何も知らない。知らないけれど、無責任に優しい言葉を掛ける。俺は彼の髪の毛を撫で、細い体を腕の中に収めた。その心地好さに、耳の痛みも、背中の痛みも、酸の匂いも、不快な気持ちも、なにもかも拭い去られるような気がした。ああ、やはり俺も正常とは言えないのだろう。
「大丈夫。眠りな」
うん、と、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの、か細い声が返ってくる。そのまま意識を失うかのように、彼は俺に寄り掛かって眠りに落ちた。明日はきっと、彼はいつもの素敵な彼になっているだろう。今夜のことを忘れてしまったとでも言うかのように、平然と笑って過ごすのだろう。はあ、と溜め息をつくと共に、俺は彼の白い肩に爪を立てた。