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仕立て屋 改

作者: 月野真昼

――俺は探偵兼仕立屋だ――

「うーん、美味しいごはんを食べて。楽しく話して給料まで出るなんて、こんな楽な仕事もないよなぁ」

 俺の名前は駒場祐、探偵さ。そして何より仕事は百パーセント確実にこなすというスーパーな男だ。……パーティーのサクラで失敗とかありえるのか、という質問には厳しく黙秘、黙秘だ。

 探偵事務所にくる依頼は、猫探しから、運び屋の真似事まで様々だ。そして今日俺は、健康食品会社会長の誕生会のサクラとして栃木県にある別荘へとやってきている。

 しかし、大企業の会長にしては少しサクラが多すぎるんじゃないのか。流石、裏で黒いことしている会社だけあって、嫌われてるな。

「あの、駒場様ですか?」

 呼ばれて振り向いてみても、誰も居ない。おかしいな、疲れているんだろうか……。

「あの、すみません。駒場様」

 辺りを見回すがやっぱり誰もいない。

「はぅぅ……」

悲しげなうめき声と共にスーツのすそを掴まれた感触が生まれる。

「き、君は?」

 俺は驚き、頭ひとつ目線をさげて少女に話しかける。

「私は会長におつかえする、メイドの秋穂と言います。奥様からのことづけで『今日はよろしくおねがいします』だそうです」

 よろしくお願いしますのトコで、深々とお辞儀をしたのがなんとも可愛らしい。

「それでは、これで。駒場様も今日は楽しんで言ってくださいね」というと秋穂ちゃんは、トコトコと部屋の外へと下がっていった。

「まさか、あの子がそうなのか?」

 今見た秋穂ちゃんの特徴を思い浮かべてみる。フォーマルなメイド服に身を包み、スラリと伸びた手足が健康的に輝いて、目に眩しい。顔つきもあどけなく、肌もシルクの様な滑らかさだ。目は宝石のようにキラキラと、少女特有の美しさを称えていた。

 秋穂ちゃんはとびきり可愛らしくて、俺は高揚感に包まれた……。

 ――と、会場が暗くなる。気がつくと曽我昇(そがのぼる)会長が照らし出されていた。

 一段高いステージにまるで結婚式の披露宴のようなテーブルを起き、両脇に、自分よりも20以上も離れた正妻と、さらに若い一人のメイドを座らせ、従えていた。そしてそのメイドは先ほどの秋穂ちゃんだった。

「やっぱりかぁぁぁぁ」

 俺は誰にも聞えないくらい小さな声で、呆然とうめいた。

どうでもいい事だが会長自らが、ケーキのカットを行っていた。

「くそぉ、秋穂ちゃんを殺すことになってしまう。どうする俺!」

 そこで俺は、改めてこの依頼を思い出してみる。


「事実がなければ、作ればいい」

 ――二ヶ月程前の事、会長の奥さんが、探偵事務所にきたのだ。

 浮気調査……ではなく、浮気しているのは確実なので夫を犯罪者に仕立て上げて欲しいと頼まれた。

 彼女が提示した額は5千万。あくまで成功報酬としてではあるが、危ない橋を渡るのには十分な額。事がすんだ後で、弁護士から5000万振り込まれるという契約になった。

 婦人の、夫に対する感情を聞くことはしなかった。理由などどうでもいい、成果に対する報酬さえ手に入ればかまわない。

 その際、自分から夫を奪った相手である、メイドを夫に殺させるというシナリオを奥さんから提示された。


――それがまさか、幼女を殺せという依頼だったなんて……。

「本日ケーキカットに使われているナイフは会長のお守りで……」

 しっかりしろ、依頼を無難にこなし、報酬をもらう方法を……。

「とても特別な物なのです。日本に数本しか無く……」

 弁護士とは、殺人で会長を有罪判決にすれば契約成立だったはず。

「いつも会長が、肌身離さず身につけているお気に入りの品です」

――パーティが始まり、頃合を見計らう。


「お誕生日おめでとうございます。駒場祐と申します」

 そう言って、仰々しく名刺を差し出す。

「おぉ、これはこれは、光帝(こうてい)大学の教授さんですか」

「本当に、今日は主人の為に着てくださってありがとうございます」

 さっき言ったとおり、俺は教授でもなんでもない。

「実はですね、我が大学の、名誉教授に招待したいとの声が高まっておりまして、今日このめでたい日に伺ったわけなんですよ」

 全ては口から出まかせ、相手の興味を引き出せればなんでも良い。

「私なんかが!? 高校も出ていないのに??」

 そう言いつつも、まんざらでも無い表情に手ごたえを感じた。

「会長は独学で勉強なさり、それが成功の秘訣だった。そういう努力こそ今の若者に伝えるべきだとは思いませんか?」

 こういう手合いは、自己顕示欲が強く、志に燃えやすい。会長の曽我氏は実際にかなりの勉強家で、一代にして財を築き上げた。が、だからこそ学歴に対してある程度のコンプレックスがあるはず。

「いやー、私も最近の若者は、実に勿体無いと思っていたところでして、機会があれば教育に携わりたいと願っていたんですよ」

「まぁまぁ、あなたったら。男同士のお話という事でしたら、私は失礼させて頂きますね」

 そう言うと、打ち合わせ通りに婦人は退出していった。

 会長はというと、鼻の穴を大きくふくらませ話しに乗ってきた。

「いやいや、会長の若い頃と比べたら……。ささどうぞどうぞ」

 適当に相槌を打ちながら、お酒を注ぎ酔わせていく。会長はお酒にそんなに強くない、そして酔うとすぐに寝るというはなしだった。


上機嫌で酒を煽っていた会長だったが、とうとう限界がきたようだ。今日集まった人々に向けて挨拶を済ますと、壇上で会長と一緒だったメイドと共に退室していった。

さてと、一度トイレへと向かい着替えをするかな。


 重い金属音と共に、トイレの扉を開ける。そしてオレは足早に会場をすり抜けА棟へと向かう。頭の中の見取り図を頼りに会長の部屋へと急ぐ。

 会長の部屋の前につくと、甘い嬌声の様な物が聞えてきた。

「なん……、だと? お楽しみ部屋なら防音設備を整えとけよ!」

 的外れなツッコミを入れることで、意識を逸らし平静さを保つ。

 様々な感情を押し殺しつつ扉から少し離れた場所でメイドが出てくるのを待つ。

 ガチャリと音をさせて、嫌な予想通り秋穂ちゃんが出てくる。その平然とした表情は、冷たいビスクドールを思わせる。

「秋穂ちゃん、その洗濯物ちょっといいかな」

「は、はぃ! えっとどうしたんですか? こんなところで」

客人がボーイの格好をしているせいなのか、それとも情事の後で突然話しかけられたせいなのか、必要以上に平静を崩した様子だ。 

「奥様の頼みでね、洗濯物と会長のナイフを預かりに来たんだ」

怪しかったかな? などという俺の心配をよそに、トテトテと会長の部屋へ入りナイフを持ってくる秋穂ちゃん。

「ありがとう、コレで夫人に怒られないですむよ」

秋穂ちゃんは、丁度いい高さにある頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

「お仕事頑張ってくださいねー」

 見送る秋穂ちゃんの可愛さに、決意を新たにして書斎へと向かう。


 扉を開けると、会長の椅子から婦人が立ち上がってきた。

「それで、あのメイドは殺してきたの?」

あの、愛らしい笑顔を、悲しそうな無表情を、殺せるわけが無い。

「ええ、もちろん。社長が寝入ってからSMプレイで手元が狂ったように殺してあげましたよ」

「いいわねぇ、貴方に頼んで正解だったわ。これでアイツが居なくなれば、私の若さを使って会社をのっとってやるんだから」

 若さ……。

「お前なんか、ババァだろう!」

と叫びたくなるのをグッとこらえて愛想笑いを作る。

「それは楽しそうです。是非これからも、ご利用頂きたいものです」

「えぇ、もちろん。今度の事で成功したら、これからもお付き合いしていきたいと思っているわよ」

 甘い声とでも言うのだろうか。普通の男なら誘惑されるところだろうが、生憎と俺は普通じゃない。

 夫人は息のかかる位、顔を近づけてくる。いくら、昔トップアイドルだったとしても、この年まで生きていれば肌もガタがきているし、目の輝きだって衰える。肉はたるみ、髪の毛の痛みも隠せない。

「騙して悪いがロリコンなんでな!」

 俺はそう叫び、隠し持っていたナイフを夫人の胸元に突き立てる。

「嘘っ、でしょ?」

「あんた、男を見る目が無さ過ぎだ。今日旦那が着てた服すら覚えてないのかよ」

 少し血が噴き出し、服にかかったと思うと、ダラダラと血溜まりを床に作っていった。

 会長の服を寝室に戻し、元の格好に戻る。


……皆が酔いしれ、飽きてきた頃、大きな悲鳴が館に響いた。

 何が起きたのか、不安と興味が入り混じった、独特の雰囲気が辺りにたちこめている。

「どなたか、救急車を呼んでくれませんか! 奥様が書斎で……」

 会長と一緒だったメイドが息を切らせてやってきた。この館に電話が無い上に、曽我会長は携帯電話を自分では持っていない。休養を邪魔されたくないという会長の意思からそうなっている。

――ここまで予定通り……。

「俺がかけよう、できる事があるかもしれない案内してくれ!」

 できる事。そう、その場を支配し、思惑通りの結末に導くこと。

 広間にいた人間の内、その少しが俺に続いてやってきた。

「ここが書斎か、キミは曽我会長を呼んできてくれ」

 開かれた扉から中にはいると、目を見開き、顔を歪めて仰向けに倒れている曽我夫人の姿があった。

「胸にこんなに大きなナイフが……」

 仰々しく漏らした俺の声につられて、誰かの唾を飲み込む音が聞えてくるようだった、もしかしたら息を呑む音かもしれない。

 脈をとり、呼吸、心音も確認する。が、確認するまでもなく夫人は、生きているようには見えない。

よし、これで全ては万全のはず、そして奥さんが死んでいるのは紛れも無い事実で、証拠は十分揃えた。後は、警察が動くだけの情報を与えてやればいい。元々、黒い噂もある会長の会社だ。警察だって、しっぽを出すのを待っている。今なら駐車違反だろうが捕まえるだろうし、表彰状くらいなら貰ってやってもいいかな。

その後、会長の部屋から血のついたタキシードが発見され、凶器に使われたナイフからは、社長の指紋が検出された。

 こうして、俺は会長を犯罪者にするという契約を見事達成した。百パーセント仕事をこなす男。そんなスペシャルな自分が怖い……。


 間の抜けたインターホンの音が鳴る。久々の依頼かと思い、事務所の扉を開けると、そこには秋穂ちゃんが立っていた。

「家政婦は見た!」

 叫びながら俺の脇をすり抜け事務所に入ってくる秋穂ちゃん。

 その格好を観察してみると。晩秋というのに、短めのホットパンツ、ニーソックス。パーカーで中に横縞のTシャツと格別可愛い。

「じゃなくて、秋穂ちゃんどうしてココに?」

俺の質問は全くの無視で、部屋の中を無遠慮に物色している。

「うわー、やっぱりイメージ通り埃っぽいし、汚いや」

 メイド服じゃないから、雰囲気が違うとかのレベルじゃない。俺の危険センサーが最上位の警報を鳴らす。

「おじさん、責任とって私を雇ってよね!」

 依然見た時とは別人の様な剣幕で詰め寄ってくる。

「ちょっと待ってくれ? 何が……なんだか……」

「私は会長と奥さんの仲を、壊すように雇われてた探偵だったの!」

「なんだって!?」

「だから、余計な事してくれたせいで、事務所追い出されたのよ」

「会長と、不倫して、寝てたんじゃないのか?」

「ハァ? アンタ馬鹿! あんなの細工に決まってるじゃない」

 あのメイド姿の秋穂ちゃんは仕立てられた性格だったのか……。

「雇わなかったら、全部バラして刑務所に送っちゃうんだからね」

そう言うと、俺が奥さんを殺した時の写真や、音声を見せてきた。

「私を殺そうとしなかった事だけには感謝してあげるわ、変態さん」

 あぁ、あの可愛らしい秋穂ちゃんはどこへ行ったんだ。カムバック、メイドの秋穂ちゃーん……。俺の心の叫びは空しく響いた。

――俺たちは探偵兼仕立屋――。


この間投稿した物を、改悪か、改善したものです。あわせて評価願えればと思います。

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