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白濁の金魚

作者: 雨桐ころも
掲載日:2026/06/13

 ずきずきと痛む頭を抑えて、ベッドから足を下ろす。がしゃりぐしゃりと、床に散らばった空き缶が軋む。


「……みず」


 ベットヘッドに手を伸ばし、恐らく昨日あけたであろうミネラルウォーターを流し込む。ダイニングテーブルに乗った小さな水槽に目をやる。水面に腹を浮かべた金魚は、いつの間にか白い膜に覆われはじめていた。


 積物5cmってところか、なんて馬鹿なことを考えながら、様々なものが折り重なって歪になった床を歩いていく。


 なんだか、もう全てがどうでもよかった。水槽の横には、頓服薬の袋と診断書が散らばっていた。遠くで社用携帯の鳴る音がしたので、袋を握りしめて掻き消した。


 水槽の金魚を、人差し指でつついてみる。鼻を寄せると、胃液が迫り上がってくる予感がしてすぐに顔を背けた。


「わたしも、きみとおそろいになったらこんな臭いになるのかな」


 白濁になりつつある水槽を持って、金魚を流してしまおうとトイレへ向かう。


「わっ……」



 紙袋に足を取られて、思い切り前につんのめる。手中の水槽は宙を舞い、大きな音を立てて砕け散った。


 嫌な臭いが一瞬にして部屋中に広がった。会社用のジャケットの上にぽつんと1匹。膜に覆われた金魚が、ガラス片の中から白い目でこちらを睨んでいる。


 鳴り止まない電話。誰かの怒号。強く弾かれるエンターキー。ストロボのように絶え間なく鮮烈に蘇る嫌な記憶にじゅくじゅくと手のひらが湿っていく。


「ご、ごめんなさ……」



 ガラス片を掻き分けて、金魚を両手で掬う。指先から滴り落ちる血に気がついた途端、切れた箇所が熱を帯び始めた。


 一滴、また一滴と黒いジャケットに赤黒いシミができていく。白目を剥いた金魚が、生を取り戻したかのように生ぬるくなっていく。


「ごめんなさい……」



 全てが濁った部屋の中で、私から流れる血だけが確かに鮮明だった。

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