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光と影

第一章 無知なる青年

作者: anna
掲載日:2026/02/15

 冷気の立ちこめるバックヤードで、青年はコンテナの蓋を勢いよく閉めた。


 ラベルにチラリと目をやる。


 有機ベビーリーフ、消費期限二月十四日。

 天然近海真鯛、消費期限二月十五日。

 低温熟成牛ヒレ、消費期限二月十六日。


「今日はこれだけ廃棄か」


 ぽつりと呟いた独り言は、白い息となって消えた。


 色白の肌に栗色の髪、銀縁メガネをかけ、リクルートスーツそのまんまの新品スーツをあしらえた青年は入社一年目の新入社員だった。

 新日本連邦が誇る超大型ショッピングモールに入っている高級スーパー《CHARME》シャルムに勤めている。


 “持続可能な贅沢を”というのがこの店の理念であり謳い文句だった。


 食品ロスは出る。しかし無駄にはしない。

 かつて売れ残った食品や家庭ごみで出た食べ残しをそのまま廃棄処分していたのは

 とうの昔の話である。

 今は廃棄品を専用施設で高温分解し、バイオオイルへ再生成。再生エネルギーとして循環させている。

 そのシステムを開発したパイオニアがこのスーパーである。


 完璧なシステムを誇る、環境配慮型でラグジュアリーな新しいスーパー。


 そこに憧れて、彼はここを志望した。


 左手の甲にある米粒ほどの緑色の印を軽くタップすると淡い光と共に透明パネルが立ち上がった。

 空中に浮かぶ管理パネルを慣れた手つきで操作する。


 この時代ではもう、何かを「持つ」時代ではなくなっていた。


 廃棄登録画面。


 【ロス分類コード入力】

 【数量認証】

 【搬出経路指定】


 コンテナ三台分。


 少ない日で三台。多い日は五台。


 人口減少にも関わらず、国内での消費率が年々増加傾向にあるのは、

 このスーパーを利用するセレブ客たちの桁違いの出費が支えとなっている。

 1人辺り、1度の買い物での最低購入金額は10万円。

 毎日数百人もの客があたかも競い合うように、金を落としていくところだ。

 もちろん、上場企業であり、売り上げ額は日本一位。

 新入社員の初任給は100万円にものぼる。


 搬出通路のシャッターが静かに開く。

 大型輸送トラックが待機している。


 無駄のない動き。無駄のない社会。


 青年は誇らしく思った。

 職業適性検査で83.7%の適性度を得たこの職場を。そして

 自分自身がこの素晴らしい幸福な社会を支える小さな一員になれたことも。

 青年は全ての管理パネルのウィンドウを閉じ、うっすら青く光る「退勤」

 の文字を軽くタップした。

 

 【本日もお勤めご苦労様でした。幸せな時間をお過ごしください】


 いつも聴き慣れている滑らかなAI音声が流れたと同時に、青年は帰路についた。


 

その夜。

閉店後の店内は、何もない水槽のようにしんと静まり返っていた。


照明は半分落とされ、売り場は眠っている。


バックヤードにももちろん誰もいない。


午前0時3分。空中に、ふっと光が走った。


管理パネルが自動起動した。

そこには白い文字が、無機質に浮かび上がり次のように書かれていた。

 

 【廃棄ロット再分類プロトコル 起動】


 【対象区分:L-Grade消費期限内品】


 【転送先:非公開流通経路】


 【搬送ユニット接続確認】


 地下搬入口の床が、静かに振動する。


 コンテナが、無人搬送レールに固定される。


 シャッターの向こうは暗闇。行き先は、表示されない。


やがて、最後の文字が浮かび上がった。


 

 《輸送完了: TRANSFER COMPLETE》



 光が消え、また薄暗い闇に包まれた。


 店内は、再び何事もなかったように静まり返った。



 翌朝。


 青年はいつも通り出勤する。


 廃棄記録は正常。

 バイオオイル転換処理、完了表示。


 ふっと彼は微笑んだ。


 今日も、無駄のない完璧で幸福な社会が回っている。と。


 しかし彼はまだ、何も知らなかっただけだった。

 この国の、本当の姿を。


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