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美人ギャングに育てられてたら強くなりすぎた  作者: F.R


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第5話 別れ 

 時間は、容赦なく過ぎていく。

 

あの日、血の匂いと悲鳴の中で終わったはずの俺の人生は、赤い髪の女とジージに拾われて、知らない国で、もう一度動き始めた。


 6歳だった俺は、気づけば15歳になっていた。


 身体も、背も、声も変わった。

 

あの頃は見上げていた大人たちの肩の高さに、

今は自分の目線がある。


 けれど、胸の奥の“あの日”だけは、9年前から1ミリも色あせていなかった。


 その朝、屋敷の空はやけに高く見えた。


 庭の奥の大きな一本木は、いつもと同じように枝葉を揺らしているのに、風景全体が“見納め”みたいな色合いをしていた。


「……いよいよ、か」


 俺は、玄関ホールの真ん中でスーツケースを立てたまま、ゆっくりと周りを見回した。


 大理石の床。

 

天井からぶら下がる馬鹿でかいシャンデリア。

 

何度転んで、何度走り回って、何度怒られたか分からない広いホール。


 ここが、俺の“もうひとつの家”だった。


「おーい、ぼうず」


 聞き慣れた声が階段の方から降ってくる。


 見上げると、ジージがゆっくりと降りてきていた。


 年齢のせいか背中は少し丸くなった気もするけれど、足取りは相変わらずしっかりしている。

 

どこかの紳士みたいな古びたスーツを着て、ネクタイを少しだけ曲げたまま。


「よく似合っとるな、その服」


 ジージの視線が、俺に向けられた。


 俺は黒い学生服の上着を、少し照れ臭そうに引っ張る。


「こっちの制服より窮屈そうじゃが」


「日本はこうらしいから」


 鏡の前で袖を折ったり伸ばしたりしたとき、ジージは「まるでコスプレじゃな」と笑っていた。


 でも、俺にとっては大事な“鎧”だった。


 もう一度日本に戻って、普通の高校生として生きるための、たった一枚のチケットみたいなものだ。


「本当に、決めたんだな」


 ジージが階段を降りきりながら静かに言う。


「うん」


 短く答えた。


 この話が出たのは、一年前だ。


 中学にあたる年齢をこっちで過ごし終えた頃、茜がぽつりと言った。


『そろそろ、あんたの“帰国”のことも考えるべきかなって』


 日本の戸籍も、書類も、全部茜が手を回してくれていた。


俺を拾った責任を、最後まで取ろうとするみたいに


『ここに残って、私の“後継ぎ”になる道もあるけどね?』


冗談みたいに言いながら、その目は本気でもあった。


 あの八千人をまとめる女帝の隣に立てるかもしれない未来。


 でも、俺は首を振った。


『俺は――普通の生活が、してみたい』


 日本で生まれて、日本で家族と暮らして、日本で全部を失った。


 だからこそ、日本で“やり直したい”と思った。


 あの日の血と涙の匂いに、ちゃんとケリをつけてからじゃないと、前に進めない気がした。


「……ジージ、絶対、悲しむね」


 少し笑い交じりに言うと、ジージは「なにを言う」と顎髭を撫でた。


「わしはもう年寄りじゃ。

 涙腺が弱いのは仕様じゃろう」


「それ、泣くって言ってるようなもんだから」


 そう言いながら、胸の奥がきゅっと締まる。


 本当は、俺だって泣きたくなんかない。


 ここを離れたくない気持ちは、山ほどある。


 一緒にバカをやった仲間も、命のやり取りを共にした連中も、全部、ここにいる。


 でも。


「……行ってこい」


 ジージが一歩近づいてきて、俺の肩に手を置いた。


 昔は見上げていたその顔が、今は少しだけ見下ろせる高さにある。


「おまえは、もう“ここ”だけの世界に収まる器ではない」


 その言い方が、妙にくすぐったくて、でも嬉しかった。


「日本で、何を選ぶかはおまえの自由じゃ。勉強でも、ケンカでも、恋でもな」


「……恋は、まだいいかな」


「ふむ、ではラブコメは第三章あたりからかの」


「何の話してるんだよ」


 くだらないやり取りが、逆に胸に刺さる。


 この軽口が、どれだけ俺を支えてきたか。


 ジージは、目尻に少し滲んだ涙を、わざとらしく指でぬぐった。


「ほれ、そろそろお嬢が来るぞ。あやつの前で泣くと、面倒じゃ」


「あー……そうだな」


 そう言い合っていると、二階の吹き抜けの廊下から、ヒールの音が響いてきた。


 カツン、カツン、とリズムよく。


 俺はその音を、9年間聞き続けてきた。


 仕事から帰るときの音。

誰かを叱り飛ばす前の音。

たまに、俺の部屋にそっと様子を見に来るときの音。


 その全てが、もうすぐ“過去”になる。


「お待たせ」


 赤い髪が、階段の上に現れた。


 いつもより少しだけラフな格好。

 黒いシャツに細身のパンツ。

 それでも、どこか“ボス”の風格を隠しきれない。


 神代茜は、俺を見るなり、ふっと目を細めた。


「似合うじゃん、その制服」


「……そう?」


「ちゃんと“高校生”に見えるよ」


 そう言いながら、少しだけ視線を落とす。


 俺は無意識に背筋を伸ばした。


 この9年、俺がどんな顔をして生きてきたのか、茜は全部見ている。


 泣いて、怒って、笑って、殴って、殴られて。


 家族ではない。

 でも、母親とも違う、新しい種類の“家族”みたいな存在だった。


「本当に、行くんだね」


「ああ」


 短く答える。


 何度も何度も話し合った末の結論だ。

 今さら迷いはない


そう、自分に言い聞かせる。


「……あんたさ」


 茜は階段を降りきると、真正面から俺を見た。


「日本に戻ったからって

  “全部忘れよう”としないでよ」


「え?」


 少し意外だった。


 てっきり、「こっちのことは全部忘れろ」と言われるのかと思っていたから。


「うちはギャングで、あんたを巻き込んだ世界は“まとも”じゃない。」


「普通の家庭からしたら、最悪な場所だと思う」


 茜はゆっくりと言葉を選びながら続ける。


「でも、それでも。あんたがここで生き延びて、笑って、強くなった事実まで、“なかったこと”にはしてほしくない」


 胸の奥で、何かがチリっと鳴った。


「あんたの中には、日本の家族も、ここの家族も、両方いていいの。」


「……」


 俺は、何も言えなかった。


 代わりに、頭の中に9年分の景色が流れ込んでくる。


 血の匂いの中から引き上げてくれた腕。

 初めて笑ってご飯を食べた夜。

 ジージに投げ飛ばされて、畳に転がった感覚。

 仲間たちと夜中に抜け出して、怒鳴られた廊下。


「だから、もし日本で“守りたいもの”ができたらさ」


 茜の瞳が、すっと鋭くなる。


「あんたの全部使って、守りな」


 それは、ボスの命令じゃなくて、一人の女の“願い”みたいに聞こえた。


 喉の奥が熱くなる。


 目の前の景色が、少し滲んだ。


「……分かった」


 それだけ絞り出す。


 言葉にすると、余計に泣きそうになるから。


「お嬢」


 ジージが、少し離れたところから声をかけた。


「そろそろ時間じゃ」


「分かってる」


 茜は一度だけ俺の肩を軽く叩いて、玄関の扉の方へ向き直る。


 外では、黒い車が数台待機していた。

 見送りに来た男たちが、少し離れたところで整列している。


 いつもはがらがらした笑い声をあげる連中が、今日は妙に静かだった。


「おい、坊主!」


 その中の一人が、手を挙げる。


 いつもカードでボロ負けするくせに、やたらプライドだけ高い、お調子者の兄ちゃんだ。


「日本でも恋人できなかったら帰ってこいよ〜」


「坊主がモテねぇわけねぇだろうが。」


「ジージの特訓受けて、お嬢に育てられてんだぞ。」


「そこらのクソガキとは違ぇんだよ」


「おーおー、ハードル上げてどうすんだ」


 みんな、好き勝手なことを言いながら、でも目元だけは赤い。


 俺は、それぞれの顔を一人ずつ見た。


 腕っぷしだけが取り柄のやつ。

 妙に繊細で、料理がやたら上手いやつ。


 悪党で、どうしようもないくせに、義理と筋だけは曲げない連中。


 この9年で、俺が命懸けで守りたいと思った“仲間”たちだ。


「……ありがとう」


 それしか言えなかった。


 かっこいいことを言うつもりだったのに、喉の奥が詰まって、言葉が出てこない。


 茜が、そんな俺の背中を軽く押した。


「行ってきな」


「……行ってきます」


 俺は深く頭を下げて、玄関を出た。


 振り返ると、ジージがちょっとだけ人目を気にしながらも、目頭を指で押さえていた。


 茜はいつもと同じ顔で、ただ目だけが少し赤かった。


 この光景を、絶対忘れない。


 そう胸の中で強く思いながら――


 俺は、日本行きの飛行機へと向かった。

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