冬休み特別編
冬休みの夜。
鍋から立ちのぼる湯気とテレビの笑い声。
いつも通りの、一人の時間。
なのに
ピンポーン。
その音だけで、胸が少し跳ねた。
誰だ?
こんな時間に。
ドアを開けると、
「……やっ」
白い息と共に現れたのは、
白ニットにショートパンツの篝亜蓮だった。
(……ニットやべぇなこれ)
肩が少し見えるゆるいニット。
髪はふわっと揺れて、
いつもより女の子らしく見える。
胸元のラインが……
絶妙に、目のやり場に困る。
「どうしたんだ?」
「……今日、ご飯……一緒に、食べない?」
いつもの元気がなくて、
声が小さい。
こういう“静かな亜蓮”を見るのは初めてだった。
「鍋でよければ……あるけど」
「食べたい!!」
言った瞬間、ぱぁっと笑う。
部屋に上がると、
こたつに入って膝を抱え、
「んん〜〜あったかい……」
と、気が抜けた声を出す。
その姿勢が危険だった。
膝を抱えたせいで、
ニットの裾がちょっと上にずれる。
白い太もも。
ショートパンツの隙間。
俺は慌ててテレビに視線を向けた。
(見んな見んな……! 俺は健全、健全だ……!)
「遥希、顔赤いよ?」
「いや、鍋の熱だろ」
「ふーん?」
覗き込んでくる顔が近い。
胸元のニットがふわっと落ちて、谷間がちらっと……
(危険!!!)
目を逸らすと、亜蓮は小さく笑った。
鍋を食べながら、
亜蓮はずっと静かだった。
湯気の向こうで箸を持ったまま、
ぼうっとテレビを見ている。
ニットの袖から覗く細い手首。
泣いた後のように赤い目元。
なんとなく元気のない声。
「……どした?」
「ううん、なんでも……」
「なんでもって顔じゃねぇよ」
そう言うと、亜蓮は少し肩を震わせた。
(……あの試合のこと、か)
最後の1点が決められず、
ベンチで泣いていたと聞いた。
悔しさを押し殺していつも笑ってる子だ。
そりゃ、こういう日もある。
黙ってても何も変わらない。
「ちょっと出てくる」
「え? どこ行くの!?」
「すぐ戻る」
理由は言わない
ただ
女の子はケーキが大好きなんだよ。
茜が言ってた。
雪の中を走り回って、
ショートケーキを2つ買った。
俺は袋を掲げた。
「ほら」
「……ケーキ?」
「クリスマスだし。……まぁ、たまにはな」
「……っ」
亜蓮の目が潤んだ瞬間を、俺ははっきり見た。
「なんで……なんでこんな優しいの……」
「別に優しくねぇよ」
「優しいよ……!」
涙を流しながら笑っていた。
その顔が妙に綺麗で、
胸が少しだけあたたかくなる。
ケーキを食べながら、
亜蓮は弱音を吐き始めた。
「私のせいで負けたんだよ……
最後のシュート外して……
怖くて……またミスしそうで……」
声を震わせながら泣いている。
こたつの中で、
亜蓮の足が俺の足に触れた。
びくっとする。
(……ち、近……)
距離が近い。
泣き顔が近い。
肩も、髪も、手も、全部近い。
甘い匂いがして、
ドキリと心臓が跳ねる。
でも離れられない。
この距離が必要だと、本能が言っていた。
「ジージが言ってた言葉あるんだが……」
「……うん……」
俺はゆっくり言った。
「“悔しいって思えるのは、逃げなかった証拠だ”」
亜蓮が顔を上げた。
「“本当に弱いやつは逃げて悔しがりもしねぇ。
悔しいって泣けるのは、強くなれる証拠だ”」
涙がこたつの布団にぽたぽた落ちる。
亜蓮はケーキを握りしめたまま、
俺の肩に額を押しつけた。
「……ありがと……」
(ちょ……近……!)
髪が頬に触れ、
肩に温かい息がかかる。
ちょっとえっちな距離。
でも拒めない距離。
俺の心臓がバクバク鳴るのに、
亜蓮は気づいていない。
泣くことで必死だから。
泣き終わる頃には、
こたつから出たくないくらい温かい空気になっていた。
「ねぇ、遥希」
「ん?」
「なんか……変だよ、今日の私」
「変って?」
「胸が……へんな感じする。
泣いたからかな……?」
(なにそれ、、、)
ただ、胸の奥がざわつく“理由”が分からないだけ。
「……ありがと、ほんとに」
その言葉だけで十分だった。
次の日
「おりゃーーー!! 起きてるー!?」
「痛っ!? 何すんだよ!!」
亜蓮はいつも通り全力で俺にぶつかってきた。
「今日も部活頑張ろーねー!」
「……昨日とのギャップが激しいな」
「え? なんか言った?」
「なんも言ってねぇよ」
どこからどう見ても“いつもの亜蓮”。
だけど、
彼女の心にはもう、“昨日とは違う感情”が生まれていた。
自分でも気づかないくらい小さく。
でも確かに、そこにあった。




