第23話 3人で昼食
翌日
いつものように授業を受け、
こはるとバカみたいな会話をしているうちに、
あっという間に昼になった。
「今日も二組行くの?」
「行く」
こはるは心底心配そうな顔で言った。
「……気をつけてね」
「大丈夫だ。俺、案外丈夫だから」
「そういうことじゃなくて」
不安そうに眉を寄せるこはるに、「すぐ戻る」とだけ言って、
弁当を持って二組へ向かった。
二組の教室では、やっぱり似たような光景が広がっていた。
湊は、今日もパシリをさせられている。
机を拭かされ、ゴミをまとめさせられ、
笑いながら小突かれている。
亜蓮が、前の席から心配そうにこちらを見た。
「……また来たの?」
「また来た」
「もうやめときなよ……」
小声で言ってくるが、俺は首を横に振った。
「よっ」
いつも通り、湊に声をかける。
「……!」
湊の肩が跳ねる。
「一緒に飯食うぞ」
「……来ないでください」
湊は、昨日よりも強い声で言った。
教室中の視線がこちらに集まる。
「友達じゃないって言いましたよね」
その言葉は、否定というより“懇願”だった。
俺を守るため。
自分がこれ以上誰かに迷惑をかけないように。
そういう声だった。
(……そういうところも、いいやつだな)
心の中で苦笑する。
「やだ」
「……え?」
「友達ってことにしたい」
ざわ……と教室が揺れた。
「転校生、頭おかしいんじゃね」
「なんであいつなんかと……」
口々に聞こえてくる。
そのとき。
「またお前かよ」
低い声が飛んだ。
デクの棒が、教室の後ろから歩いてきた。
今日は、昨日よりも機嫌が悪そうだ。
「何? ヒーローごっこ?」
「いや」
「じゃあなんだよ」
「飯食いに来ただけ」
デクの棒は鼻で笑った。
ぐいっと俺の胸ぐらを掴む。
「友達じゃねぇって言ってんだろ」
力は入っているが、
本気で殴ろうという気配はない。
(……まだ“親父の影”に守られてる自分を信じてる顔だな)
昨夜の時点で、その影は消えている。
だが、本人はそれを知らない。
俺は、一度だけ息を吸った。
「なぁ」
胸ぐらを掴まれたまま、
そいつの耳元に顔を寄せる。
誰にも聞こえないような、小さな声で囁いた。
「...」
デクの棒の指が、ピタッと止まる。
耳元で続ける。
「“本物”のヤバさっての、教えてやってもいいけどな」
それは、脅しというより“事実の提示”に近かった。
デクの棒の顔から、見る見る血の気が引いていく。
目が見開かれ、瞳孔が震えた。
「あ……あ、あ……?」
膝から力が抜け、
その場に尻餅をついた。
教室中が、静まり返る。
誰も何が起きたか分かっていない。
「……?」
「え、なに……?」
ひそひそ声が飛び交う中、
俺は胸ぐらを離れたままの手をそっと外し、
湊のほうへ振り向いた。
「行くぞ」
「え、えっ……?」
「飯。腹減った」
湊の腕を掴み、そのまま半ば強引に教室の外へ連れ出す。
亜蓮が目を丸くして、その様子を見ていた。
「ちょ、ちょっと……遥希」
その声は、聞こえないふりをした。
三組の教室に戻ると
こはるが頬をふくらませて待っていた。
「遅い」
「悪い」
「っていうか……え、だれ?」
こはるの視線が、俺の後ろの男子に向かう。
湊は、完全に挙動不審になっていた。
「は、は、はじめまして……」
「新しい友達」
俺は椅子を引っ張り出して、湊を座らせた。
「え?」
こはるが目を瞬かせる。
「早瀬 湊。
俺が勝手に友達認定した」
「ちょ、ちょっと勝手に……」
湊が慌てて否定しかける。
だが、こはるはふわっと笑った。
「桜井こはる。
……よろしくね、早瀬くん」
「よ、よろしく……」
湊は、少しだけ泣きそうな顔で頭を下げた。
弁当の蓋を開ける音が重なる。
味噌汁の匂い。
卵焼き、唐揚げ、白いご飯。
些細な昼休み。
だけど、湊にとっては
きっと、特別な時間だった。
箸を持ちながら、湊がぽつりと言う。
「……あの」
「ん?」
「ありがとう、ございます……」
今にも泣き出しそうな顔で、それでも必死に笑おうとしていた。
「僕……ずっと、誰かとご飯食べるの、怖くて……」
言葉が震える。
「また嫌われたらどうしようとか、
また裏切られたらどうしようとか、
そんなことばっかり考えてて……」
その顔を見て、
俺の頭には、こはるの姿がふと浮かんだ。
同じような痛みを、別の場所で抱えているやつがいる。
(……まぁ)
卵焼きを一つ口に放り込んで、肩をすくめる。
「嫌われたら、そのときまた考えりゃいいだろ」
「……え?」
「今は飯食え。冷める」
湊は目を瞬かせて
少しだけ笑った。
「……うん」
こはるも、ふわっと笑った。
それが、俺たち三人の、
本当の意味での“最初の昼ごはん”だった。




