第19話 スカウト
白熱した体育祭
問題は、そのあとだった。
「おい君!!」
「ちょっと来なさい!」
スウェーデンリレーが終わるや否や、
あちこちから教師が走ってきた。
体育科っぽいジャージの教師が二人。
陸上部顧問。
ついでに他の運動部の顧問まで集まってくる。
「君、陸上部興味ないか!?」
「うちの短距離で全国狙えるぞ!!」
「いやいや、サッカー部でも活かせるスピードだ!」
「うちの部活にも」
「いや、あの」
あっという間に取り囲まれる。
(やっぱこうなるよなぁ……)
俺は頭をかきながら苦笑するしかなかった。
「サッカー部はもう埋まってるんじゃなかったのか?」
「そんなのどうにでもなる」
「だからうちに来い!」
「いやいや、走り方的に陸上だろ!」
争奪戦みたいになってきたところで
「はいはいストーップ」
場の空気を切り裂くような声が飛んだ。
振り返るまでもない。
女バスの顧問だ。
さっきチアのセンターをぶちかましていた張本人が、
片手にペットボトルを持ったまま歩いてくる。
「この子、うちのマネだから」
それだけ言って、俺の肩にポンと手を置いた。
「勝手に持ってかないでくださーい。
いやマジで」
他の顧問たちが口を開きかけるが、
一歩も引かなかった。
「陸上やらせたら潰れるでしょ、こんな真面目そうな顔してんのに。
ね?」
「真面目……?」
俺は自分の顔を指差した。
「真面目そう“に見える”ってだけね」
「ですよね」
「それに、この子マネージャーとしてすでに仕事してるから。
“補強”の許可は出しませーん」
さらっと言い切ってしまう。
陸上部顧問が食い下がろうとした瞬間、
顧問は肩をすくめて笑った。
「どうしてもって言うなら、うちの練習を全部手伝ってくれて、
女バスの子たちが困らない範囲でってことになるけど?」
「……」
数秒の沈黙。
「……考えておきます」
「ですよねー」
見事なまでの押し切りだった。
教師たちは、渋々引き下がっていく。
顧問は、やれやれといったポーズで俺から手を離した。
「……助かったっす」
「いやぁ、こっちの台詞だわ」
顧問はニッと笑った。
「うちのマネが陸上部に持ってかれたら、私が困るもん」
「部のためですか」
「まぁ、それもあるけどね」
顧問は、ちらっと女子バスケット部のテントのほうを見る。
そこでは、亜蓮が噛みしめるようにトラックを見つめていた。
さっきのレースで、亜蓮のクラスは三位。
こはるのクラスの三組が逆転一位をかっさらっていった形だ。
それでも亜蓮は、悔しそうに笑っていた。
その視線の先に、こはると俺がいる。
俺と目が合うと、亜蓮は大きく手を振った。
「すっごかった!!」
口の動きだけで、そう言っているのが分かった。
こはるは、まだどこか複雑そうな顔をしていたが
その中に、少しだけ晴れた色が混じっていた。
「……まぁ、青春っぽいことできて、良かったんじゃない?」
顧問が、わざとらしく肩をすくめて言った。
「体育祭、楽しかったなぁ」
「うん。」
俺は空を見上げた。
夕方の光が、まだ少しだけ校庭に残っている。
騒がしいクラスメイトの声。
応援の声、笑い声、写真を撮るシャッター音。
その全部が、やけに眩しく聞こえた。
(……悪くない)
心の中で、そっと呟いた。
こうして、俺の“走りたくない体育祭”は
気づけば、人生で一番楽しく走った体育祭になっていた。




