第17話 研ぎ澄まされる感覚
スウェーデンリレー。
トラックの四隅に、それぞれの走者が配置される。
こはるは3走。
俺はアンカーの位置へと歩いて行った。
白線のスタートラインの少し後ろ。
すでに何人もの視線が俺の背中に刺さっているのが分かる。
(これ……けっこうキツいな)
観客席からは、クラスメイトの声。
「遥希ー!! 頼むぞーー!!」
「絶対いけるって!!」
担任も腕を組んで立っていた。
「やっちまえ、転校生」
それだけ言って、ニヤリと笑う。
俺は深呼吸をした。
心臓が少し早くなる。
だけど足は震えていなかった。
(久々だな。この感じ)
戦う前の、あの感覚。
何か大きなものと相対するとき、
視界の端がゆっくり削れていくようなそんな集中。
スタート地点では、一走の女子たちがスタートラインに立っている。
優勝候補の一組。
アンカーは全国優勝経験のある陸上選手だと噂されていた。
その一組の一走が、軽く膝を曲げ伸ばししながら地面を踏みしめている。
「位置について――」
スターターが声を上げる。
空気が張り詰める。
「よーい――」
時間が、少しだけゆっくりになった。
俺はトラックをぐるりと見渡す。
1走→2走→3走→4走。
頭の中に、その流れが鮮明に描かれる。
(俺が走るのは、最後だ)
こはるにつながれたバトンを
俺が受け取る。
その瞬間の映像が、まだ起きていないのに目の前に見える気がした。
そのとき、どこかで小さく叫び声が上がった。
「こはるーー!! がんばれーー!!」
バレー部の誰かだろうか。
女子たちの声援が飛ぶ。
(……ああ)
ふと、思った。
(これはもう、俺だけの問題じゃねぇな)
パン!!
乾いた音が鳴った。
一走の女子たちが、一斉に飛び出した。
スタートダッシュ。
優勝候補の一組が、一歩抜きん出る。
会場の歓声が遠くなる。
音が、少しずつ消えていく。
代わりに、自分の鼓動がはっきり聞こえた。
二走へバトンが渡り、
三走のこはるがバトンを受け取る直前。
「いけーー!!」
「一組はええ!!」
歓声が、波みたいにトラックを包む。
一組の女子は噂どおりのスタートダッシュだった。
50メートルという短い距離を、最初から最後までトップスピードで駆け抜ける。
うちの三組は
(悪くないな)
特別速いわけじゃないが、スタートで大きく出遅れてもいない。
バトンがスムーズにつながり、二走の男子へ。
100メートル。
どのクラスの二走も、運動部のエース級を出してきている。
「がんばれー!」
「もっと腕振ってー!」
二走の男子が走り出した瞬間、俺は自然と一歩だけ前に出ていた。
フォーム。
歩幅。
力の入れ方。
(……このペースだと、一組との差は埋まらないな)
頭の中で勝手に距離感を計算している自分に、苦笑する。
気づけば、もう二走の勝負は決まっていた。
一組がトップ。
二組、四組と続き
三組は、五組とデッドヒートの末、なんとか四番手でバトンを渡した。
「ごめん!!」
二走の男子が叫ぶ。
「ここから取り返せばいい!」
誰かが返す。
そして、三走の待つ位置へと視線が集まった。
こはるが、バトンを待っている。
膝を軽く曲げ伸ばしし、肩を回し、
ふっと一度だけ深呼吸。
さっきまでの笑顔とは違う。
“勝負の顔”になっていた。
バトンがこはるの手に渡る。
「こはるーーーーッ!!」
バレー部の女子たちの声が、ひときわ大きく響いた。
こはるは、その声に軽く顎を引き
次の瞬間、地面を蹴った。
(……速っ)
思わず口の中でそう呟いていた。
最初の数歩で、すでに四組の女子に並ぶ。
50メートル地点で肩を並べ、
60メートルを過ぎたあたりで、すっと前に出た。
観客がざわめく。
「三組上がってきた!」
「バレーの子はええ!」
こはるのフォームは、教科書みたいに綺麗なわけじゃない。
少し上体が前に突っ込み気味で、
腕の振りも少し大きすぎる。
それでも――
一本一本のストライドに迷いがなかった。
前だけを見て、迷いなく脚を回す。
苦しそうな顔をしながら、でもどこか楽しそうでもあった。
100メートル地点で、三組はすでに三位に浮上していた。
こはるが、さらに加速する。
「いけぇぇぇ!!」
「そのままー!!」
バレー部、三組のクラスメイト、いろんな声が混ざる。
こはるは、二位のクラスの背中に迫り――
120メートルあたりで肩を並べ、
140メートル地点で抜いた。
あっという間に、二位。
一組との差も、じりじりと詰まりつつあった。
(……すげぇな)
息を止めて見ていることに気づく。
ただの観客として。
同じクラスのやつとして。
そして――
隣の席に座る、一人の女子として。
こはるは、全力で前だけを見ていた。
その姿が、純粋にかっこよかった。
だが、




