14話 体育祭
その日、いつもより少しざわついていた。
担任が教卓の前に立ち、黒板をコンコンと叩く。
「えー、来月の今日は何の日だ?」
すぐさま教室の数カ所から声が上がる。
「体育祭ー!」
「めんどくせー!」
「チア楽しみー!」
担任は鼻で笑った。
「分かってるなら話が早ぇ。
うちは“体育祭ガチ勢”だ。必ず優勝しろ」
ガチ勢、ねえ。
このクラスの半分以上が運動部なのは知っていた。
サッカー、野球、バスケ、バレー、陸上、柔道。
廊下を歩いてても、やたら肩幅が広くて声のでかい奴らが多い。
(運動できるやつが多いのは、正直助かる)
俺は窓際の席で、そっと息をついた。
(体育祭かぁ、楽しそう)
体育祭は嫌いじゃない。
むしろ、見てる分にはわりと好きだ。
転入してきて、学生イベント到来だ
「一限目全部使って、種目決めるからなー。
希望あればどんどん言え。
“やる気のあるやつがやる”がモットーだ」
担任がそう言ってホームルームは終わった。
教室が一気に騒がしくなる。
前のほうではさっそく運動部の連中が立ち上がる。
「リレーは譲らねぇからな!」
「騎馬戦は俺らの見せ場だろ!」
ヤンキー校のわりに、こういうイベントは妙に真面目にやる。
根は悪くないんだと思う。
少なくとも俺のいる三組は、他のクラスに比べたらおとなしいほうだった。
(まぁ、原因は……あの五人組だろうな)
クラスの片隅で、以前トイレで“寝てもらった”五人衆が、ひそひそと小声で話している。
あの事件以来、奴らは俺に対してだけは敬語だ。
「遥希くん、プリント回しますね……」
「これ、消しゴム落としましたよ……」
あからさまに目を合わせないが、態度だけは妙に丁寧だ。
(普通に接してくれるだけでいいんだけどなぁ)
だが、そのおかげで、クラス全体の空気が少し変わっているのも事実だ。
学級委員の女子が前に立ち、ホワイトボードに種目を書き始める。
「じゃあ、種目ごとに候補出していきまーす。
短距離、中距離、リレー、騎馬戦、綱引き、障害物……」
教室中から「俺!」「私!」と手が上がる。
俺は当然、腕を組んだまま沈黙を決め込んでいた。
そのとき。
「ねぇ」
頬杖をついていた俺のほうへ、こはるが小さな声を向けてきた。
黒髪、セミロング。
目元が柔らかくて、いつもニコニコしている女子。
――桜井こはる。
「遥希君は出ないの?」
「俺? うーん……運動苦手だからな」
苦笑いで返す。
嘘ではない。
“運動が苦手”という設定を、俺は全力で守っている。
こはるは少し首をかしげた。
「そうなんだ?」
「そうなんだよ」
「ふーん……」
納得したようなしないような顔で、こはるは前を向いた。
彼女はバレー部だ。
ネット越しに見たことがあるが、ジャンプ力も反応もかなりのものだった。
(噂だと、女バレと女バスは体育館で縄張り争いしてる、って話だけど)
体育館の使用時間・コートの取り合い。
バレーの桜井こはる。
バスケの篝亜蓮。
ふたりが同じ一年っていうのは、色々と火種になりそうではある。
「こはるは出るのか?」
俺がそう聞くと、彼女はちょっとだけ誇らしげに胸を張った。
「うん。スウェーデンリレー」
「スウェーデン……リレー?」
「そう、“大トリ”のやつ。
四人で走るリレーでね、
1走50m女、2走100m男、3走150m女、4走200m男のやつ」
「ああ、なんかプリントに書いてあったな」
「一番盛り上がるやつだよ」
こはるは楽しそうに笑った。
「私は、3走の150m。
長く走るの、けっこう好きなんだ」
「へぇ」
俺は他人事みたいに頷く。
「じゃあ、がんばれよ」
「うん!」
その“うん!”が、妙に真っ直ぐで。
少しだけ、胸に刺さった。
「……多分、君と仲いい亜蓮ちゃんも出ると思うよ」
こはるが、少しだけ声のトーンを変えて言った。
「女子バスのエースなんだから。
でも――私が勝つんだからね」
最後の一言だけ、なぜか強めだった。
「お、おう?」
何に対しての宣言なのか、よく分からない。
ただ、こはるの目がいつもより少しだけ強く光っていた。




