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終末の刻限  作者: はゆめる
第二章
31/37

五日目 魔力満ちし塔(三)

転移の光が収まり眼前に広がっていたのは、めまいがするほど巨大な螺旋階段だった。


石造りの階段は上へ上へと続き、その頂は霞んで見えない。


階段の外周には等間隔で魔力結晶が埋め込まれ、青白い光が螺旋を描いて天へと昇っていく。




一行は階段を登り始めた。


どれほど登っただろうか。


「おいおい、どんだけ登らせる気だよこの塔は」


髭面の冒険者が息を吐いた。


「弱音を吐くな」


レイナルドが叱責する。だが、その声にも疲労が滲んでいた。


石段を踏む音が、塔の内部に反響する。


しばらく登ったところで、アストライアが振り返った。


「ユーメリナ」


「ハルが五百年前の英雄、と言ったな」


「はい」


「その頃は......アウレリウス王の御代だ」


アリサが目を輝かせた。


「アウレリウス王!歴史的な転換期ですね。王権強化と中央集権化が進んだ時代で——」


「狂王アウレリウス・ディ・エルヴァンディア」


アストライアの声が、石のように冷たくなった。


アリサの笑顔が凍りつく。


「王権を強化するため、多くの家系を粛清した」


階段を登る足音だけが響く。


「長きにわたる内乱を招いた大罪人だ。直系から傍流に至るまで、歯向かう者は容赦なく」


アストライアが目を閉じる。


「その結果、現在その血を継ぐ者は......私を含めて、ほとんど残っていない」


「アウレリウス......」


ハルがその名を呟く。


アストライアの声には明らかな嫌悪が滲んでいた。大量殺人者、狂王——その名を憎しみと共に語る。


なのに、なぜだろう。自分の中には、その憎しみが湧いてこない。


むしろ、奇妙な懐かしささえ感じてしまう。


「この水晶板に映っている鎧の男性」


ユーメリナが懐から水晶板を取り出し、じっと見つめた。指先がその表面をなぞる。


「王族だと祖母は言っていました」


水晶板を握る手に、かすかに力が込められた。


「アウレリウス王とはどのような御関係だったのでしょうか......」


アストライアが水晶板を覗き込んだ。


「少し似てはいる。血は近いのかも知れぬな」


視線が水晶板からユーメリナへ移る。


「だが、アウレリウス王本人ではない」


背筋を伸ばし、前を見据えたまま続ける。


「王家の肖像は、代々大切に保管されている。狂王と呼ばれようと、アウレリウス王もまた我が家の歴史の一部」


階段を登る足音だけが響く。


「アウレリウス王の瞳は、氷のように冷たく鋭利だった。水晶板の人物は、全く異なる」




階段を登り続けていると、壁面に大きな水晶の窓が現れた。


「陛下!」


アリサが指差す。


水晶越しに、まだ瘴気に覆われていない地上が見えた。緑の森、遠くに連なる山脈。だが王都の方角には、死の霧が薄く立ち込め始めている。


「下層との連絡は」


ハルが尋ねる。


「確認してみます」


アリサが目を閉じ、集中する。額に淡い光が宿る。


しばらくして、アリサがゆっくりと目を開けた。


「アルベルト様の魔術師隊から応答......異常なしとの報告です」


「そうか」


アストライアが小さく息をつく。


アリサは再び目を閉じ、通信を続けていたが、突然目を見開いた。


「陛下!」


「どうした」


「ニョルド様が......王都に帰還されたようです!」


「ニョルドが!」


アストライアの表情に安堵が浮かぶ。


「無事だったのか、よかった」


「ニョルド様......あの恐ろしい異形を倒すことが......」


ユーメリナが胸に手を当てた。


「他の英傑たちは?」


アストライアが尋ねる。


アリサが再度集中する。しばらくして、首を振った。


「今のところ、ニョルド様のみの帰還とのことです」


沈黙が落ちる。


「......一人だけか」


アストライアの声が沈む。


「ほかの英傑の方々は」


レイナルドが唸る。


「まだ迷宮にいるのか、それとも......」


「考えても仕方ない」


アストライアが気を取り直す。


「少なくともニョルドは生還した。それだけでも朗報だ」


「報告によれば」


アリサが続ける。


「ニョルド様は急ぎこちらへ向かっているそうです。陛下へのご報告と護衛を申し出ておられます」


「そうか」


アストライアが頷く。


「心強い援軍だ。合流できれば塔の攻略も進むだろう」


(ニョルド......七英傑の一人、アスモダイの仲間)


ハルだけが、なぜか胸の奥に小さな違和感を覚えていた。


(一人だけ帰還......他の五人は何があった、死んだのか?)


「とにかく」


アストライアが言った。


「ニョルドが到着するまでの時間も惜しい。少しでも上層へ進もう」


アリサの額から光が消える。通信が切れた。


階段を更に登ると、横に逸れる通路があった。その奥に、小部屋が見える。




小部屋に入った瞬間、ハルの全身が緊張した。


(ここだ)


前回、アストライアが祝福を授けようとした、あの部屋。


脳裏に、あの光景が蘇る。


黄金の光に包まれたアストライア。差し伸べられた手。


そして——自分の胸から溢れ出した、別の光。


二つの光がぶつかり合い、反発し、アストライアが壁に叩きつけられた。


『親友——』


あの声が、まだ耳の奥に残っている。


胸の奥で、二重円環が熱を帯びた気がした。


「ハル」


アストライアの声が、意識を引き戻した。


「どうした」


「……いや」


ハルは首を振った。


「何でもない」


中央に大きな石碑。


アリサが駆け寄り、表面の古代文字を読み始める。


「また断片的です......『輪廻兵』『瘴気』『深淵』」


「輪廻兵?聞いたことのない言葉ですね」


(輪廻兵)


その言葉が、ハルの魂を貫いた。


(まさに、今の僕のことだ)


死に戻り、またここにいる。螺旋に囚われた者。


「これは......」


古代文字とは明らかに異なる魔力文字で、何かが走り書きされている。


「五百年前の汎用魔法言語です。読んでみます」


アリサは文字をなぞった。


「……『塔に魔力が回復すると防衛機構も復活しちゃうみたい。だいじょぶだった?』……??」


アリサが困惑した表情を浮かべた。


「なんだか軽い感じですね、これを書いた人は......」


アリサが首を傾げる。


「先を急ごう」


アストライアが促し、一行は続々と部屋を後にした。




小部屋を抜けた瞬間、全員の足が止まった。


広大な空間。


そこには巨大な泉があった。


泉の中央には、祈りを捧げる像が静かに佇んでいる。


皆が息を呑んだ。

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