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終末の刻限  作者: はゆめる
第一章
3/28

一日目 最初の夜

王都の門をくぐったのは、すでに深夜に近い時刻だった。


大地震と魔物襲撃の直後とあって、夜更けにもかかわらず街は異様に明るい。


通りのあちこちで篝火が焚かれ、修繕に追われる人々の声が響いていた。


崩れた石壁の前で職人たちが槌を振るい、ひび割れた道路では石工たちが夜通し作業を続けている。


男は足を引きずりながら、賑やかな街の中を歩いていた。


冒険者ギルドの前はとりわけ賑わっていた。


張り出された羊皮紙には「明朝の捜索隊、志願者募集」とある。


王宮からの正式依頼で、報酬も破格らしい。


酒気を帯びた冒険者たちが口々に「一攫千金だ」と笑う一方で、昼間の戦いに参加した冒険者たちの顔は暗い。


「ゴブリンもオークも、妙にでかくて力も桁違いだった……あれは何だったんだ」


「マルコの奴、オークの戦斧にやられたらしい、まだ若かったのにな」


そんな囁きが酒場から漏れ聞こえてくる。




依頼書を見つめていると、受付の妖艶な女性が唇の端を上げた。


「あら、興味がおあり?」


赤い爪先で羊皮紙の端を軽く叩く。


「……ああ」


「ギルド員なら今すぐに受付できるわよ。ギルド証は?」


「……ない」


女性が肩をすくめた。長い睫毛を伏せて、わざとらしくため息をつく。


「残念ね。新規登録なら明日の日中にいらっしゃい。今は酒場として営業中だから、登録手続きはできないの」


流し目を向けてくる。


「それとも、お酒でも頼む?」


男は首を横に振った。


記憶の霧は晴れず、自分がなぜここにいるのかさえ分からないままだった。疲労が骨の髄まで染み込み、立っているだけでも精一杯だった。


男は宿を探すことにする。




ようやく辿り着いた宿屋で、宿の亭主は差し出された銀貨をひとつ摘み、ランプの下で何度も裏返した。


「古いな。……これ、王の肖像が違うぞ。随分と古い刻印だが...」


宿の亭主は銀貨を指で弾いて音を確かめる。


「まあ、銀の純度は確かだし、重さも正規のものと変わらん。古銭商なら喜んで買い取るだろう。今夜だけなら構わんよ」


王の肖像――その言葉が胸の奥で何かを揺り動かした気がしたが、やはり思い出せない。男は礼を言って部屋の鍵を受け取った。


狭い部屋に入ると、まずは湯を借りて体を清めた。


熱湯が痛む四肢を解きほぐすと、ようやく我に返る余裕が生まれる。


長い間動かなかった体が、少しずつ本来の感覚を取り戻しているのが分かった。


服を脱いだ胸に、小さな印が刻まれているのを見つけた。古傷ではない。


まるで焼き付けられた紋章のような複雑な紋様。


一重の円環がひと際目立つ。


見つめていると頭の奥が疼くような気がしたが、その意味は分からない。


洞窟での戦いで手にした鉄片。持ち物と呼べるものは他になかった。


改めて見ると、それは刃こぼれだらけの朽ちた剣だった。


ひどく傷んでいるのに、どこか気品が漂う。


柄に刻まれた装飾も摩耗して判読できないが、かつては美しい細工が施されていたのだろう。


なぜ自分がこの剣を持っているのか。なぜ洞窟で目覚めたのか。なぜ記憶がないのか。


それでも、疲労がすべてを押し流した。


男は硬い寝台に身を投げ、深い眠りへと沈んでいった。


窓の外では、王都の夜が更けていく。


修繕作業の槌音が遠くで響き続け、時折警備兵の足音が石畳を打った。

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