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終末の刻限  作者: はゆめる
第二章
22/28

二日目 巨大異形

地響きが、洞窟全体を震わせていた。


巨大な異形が、ゆらりと一歩を踏み出す。


思っていたより、速い。


よろめくような足取りに見えて、一歩がやけに大きい。複数の脚が絡み合い、湿った肉の擦れる音を立てながら、確実に距離を詰めてくる。


ハルが剣を構え直した。


巨体の右腕――いや、無数の腕が融合した塊が、振り下ろされる。


紙一重で躱す。石床が砕け、破片が飛び散った。


ハルは着地と同時に剣を掲げ、殺気を放った。威圧。巨大異形の注意を引きつける。


無数の顔が、一斉にハルを向いた。歪んだ瞳のすべてが、獲物を定めた獣のようにぎらついている。


「全員、援護を!」


ガルトの号令が響く。


「回復と支援魔法が使える冒険者は彼を支えてくれ!他は距離を保って攻撃だ!」


髭面の冒険者が戦斧を振るう。


アークオークとの戦いで疲労しているはずなのに、その動きに迷いはない。


「こいつ、頑丈だな!」


刃が異形の脚を削り、黒い血が飛び散った。


ガルト自身も剣を抜き、側面から斬りかかる。


だが、異形の皮膚は想像以上に硬い。剣が弾かれ、火花が散った。


巨大異形が腕を横薙ぎに振るった。


「うわっ!」


槍兵が吹き飛ばされる。壁に叩きつけられ、苦悶の声を上げた。


「治癒を!」


魔術師が駆け寄り、手をかざす。光が傷を包むが――


「効きが悪い......」


普段の倍以上の魔力を注ぎ込んで、ようやく傷が塞がり始めた。




そのとき、異形の別の腕が近くの瓦礫を掴んだ。




人の頭ほどもある岩塊。それを、壁際の負傷者へ向けて投げつける。


岩が宙を飛ぶ――




『暗き炎よ......』




ハルの口が動いた。


その言葉が喉を通る瞬間、胸が抉られるような感覚があった。


何かが、内側から削り取られていく。


虚空に暗い火球が生まれた。


岩塊と火球が空中で激突する。


音もなく、岩は灰となって霧散した。黒い塵が、舞い落ちていく。


(なんだ、この感覚は)


手が、かすかに震えていた。


使うたびに自分が薄れていく感覚だけが、確かにある。




巨大異形が、動きを止めた。


無数の顔が、一斉にハルを見つめる。赤く濁った瞳に、一瞬だけ――人間のような何かが宿った。驚愕か、恐怖か、それとも――


次の瞬間、異形の動きが激しくなった。


「ヤリナオォシィィィィィィィ......!」


壊れた声が洞窟に響く。腕の振りが速くなり、より凶暴に、より激しく暴れ始めた。


だが、百一名の連携攻撃は確実に効果を上げていた。


矢が次々と突き刺さり、魔術の炎が肉を焼く。剣と槍が、少しずつ巨体を削っていく。


戦いの中で、ハルの胸元が大きく開いた。


汗に濡れた肌に、紋様が浮かび上がっている。二重の円環。薄く、光を放っているようにも見えた。


巨大異形の動きが、鈍った。


無数の瞳が紋様を捉え、そして――


悲しげな咆哮が響いた。


ガルトの剣が、深々と胸を貫いた。


巨体が、ゆっくりと膝をついた。


黒い血が、まるで涙のように無数の顔から流れ落ちる。


そして最期に、すべての口が小さく動いた。


声にならない、何か。


やがて巨体は前のめりに倒れ、石床が鈍く軋んだ。


黒い血溜まりに、松明の光が揺れている。死骸から、黒い靄が静かに立ち上っていく。




静寂が戻った洞窟に、荒い息遣いだけが響いている。


「終わった......か」


誰かが呟いた。


ハルは自分の手を見つめた。


さっき、暗い炎を放った手。


震えは、まだ止まっていない。


胸の二重の円環が、冷たく脈打っている。


見渡せば、死者こそいないものの、負傷者は十名を超えていた。壁にもたれる者、座り込む者、肩を借りて立つ者。


「治癒魔法が効きにくい」


治癒師が青い顔で報告する。


「普段の三倍は魔力を使わないと......」


ガルトは状況を見渡した。


額に汗を浮かべ、剣を鞘に収めながら思案している。




「撤退する」


反対の声は上がらなかった。むしろ安堵の吐息が漏れる。


「ここが引き際だ。これ以上は危険すぎる」


髭面の冒険者が苦笑した。


「まあ、依頼分の仕事はしたってことで」


遠くから、低い咆哮が響いてきた。


一つではない。幾つもの声が、洞窟の深部から湧き上がってくる。


ハルは洞窟の奥を見つめた。


(さらにすすんでなにか手がかりをみつけたいが......)


(これ以上進むと死人がでそうだな。良い判断だ)




撤退準備を進める中、ガルトがハルに歩み寄った。


「あの魔法」


静かな声だった。


「見たこともない魔法だったな。炎術系に似ていたが......」


ハルは答えない。答えられない。


「あれのおかげで死者を出さずに済んだ、感謝する」


ガルトが肩を叩く。


正規兵の若い槍兵が、ハルに頭を下げた。


「助かりました。あの岩が飛んできていたら......」


「無事でよかった」


胸の奥で、小さな温かさを感じた。前回ここで失った命が、今回は守れた。


他の兵士たちも、感謝の眼差しを向けている。恐怖ではなく、敬意を込めて。


「さあ、戻るぞ」


ガルトの号令で、一行は石段を登り始めた。


地下二層を後にして、地上へ。


まだ薄いが、確実に濃くなっている何かがある。


(あと三日か......)


ハルだけが、その期限を知っていた。

毎週 火・木・土 22:00 更新

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