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終末の刻限  作者: はゆめる
第二章
20/28

一日目 城門前

昼下がり、王都の城門前は既に戦場と化していた。


森から全力で駆けてきたハルは、息を整えながら城門へと急ぐ。


アークゴブリン、アークオーク。二百年前に絶滅したはずの魔物たちが、防衛線を押し破ろうとしている。剣戟の音。怒号。魔法の炸裂。


城門の影で、倒れた兵士の傍らに転がる血に濡れた剣を見つけた。一瞬躊躇したが、手に取る。柄はまだ温かかった。


「すまない、借りる」


小さく呟いて、戦列に加わった。


アークゴブリンの剣が迫る。


見えた。


半歩だけ体を逸らす。刃が空を切る。返す動作で、その胴を薙いだ。濃緑色の体が二つに割れ、血煙が上がる。


アークオークが城門の敷居石を踏み割って迫る。


重い戦斧が振り下ろされる。


剣の根元で受け、そのまま滑らせて懐へ。心臓を一突き。巨体が崩れ落ちる。


ふとむこうを見ると、若い冒険者が倒れていた。


腰を打ったのか、立ち上がれずにいる。


その頭上に、別のアークオークが戦斧を振り上げていた。


間に合わない距離――




『暗き炎よ......』




口が勝手に動いた。


虚空に暗い火球が生まれ、一直線にオークへ飛ぶ。


音もなく、巨体が内側から焼け溶けた。


骨さえ残さず、灰となって崩れ落ちる。


戦斧だけが石畳に激突した。


若い冒険者が呆然と見上げている。


「立てるか」


短く声をかける。


「あ、ああ......助かった」


震え声で答える冒険者を置いて、戦闘に戻る。


無駄のない動きで、次々と敵を斬り伏せていく。


まるでこの体が、戦い方を覚えているかのように。




「総員、陣形を崩すな!」


アルベルトの号令が響く。


騎士団長自らが最前線で剣を振るい、兵士たちを鼓舞している。


その時、左側面からアークゴブリンが剣を投げた。


回転しながら飛ぶ刃が、馬上のアルベルトの腕を狙う。


指揮に集中していた彼は、気づいていない。


(あぶない)


ハルが地を蹴った。


跳躍。


馬の高さまで跳び上がり、宙で剣を振り抜く。


金属音が響き、投げられた剣が弾かれて地に落ちる。


着地と同時に、別のゴブリンの首を刎ねた。


馬上から、アルベルトが振り返る。


「すまぬ」


短く礼を言う。


「あと少しだ」


アルベルトが頷き、再び号令を上げた。


「......何者だ、あいつ」


誰かの声が聞こえた。振り返る余裕はない。ただ、斬る。


体が、勝手に動く。


やがて、魔物の群れは撃退された。


靴底が血で濡れている。粘つく感触。


胸の奥で、何かが欠けていく感覚があった。


薄れていく、とでも言うべきか。




夕暮れ時、宿へ向かう。


石畳を踏むたびに、既視感が襲う。この道も、この風も、この匂いも。全て知っている。


宿の扉を開ける。


亭主がいた。前と同じ場所。同じ姿勢。


銀貨を差し出す。


「古いな。......これ、王の肖像が違うぞ」


亭主が銀貨を摘み上げ、ランプにかざす。


指で弾く。カンという音。


全て、同じだ。


台詞も、仕草も、音も。まるで世界が、決められた脚本を演じ直しているような。


背筋が冷えた。


「まあ、銀の純度は確かだし、重さも正規のものと変わらん。古銭商なら喜んで買い取るだろう。今夜だけなら構わんよ」


鍵を受け取る。階段を上る。軋む音まで同じだ。


部屋に入り、湯で体を洗う。血と埃を落とす。


ゴブリンの血だ。温かかった。手に飛び散った時、確かに温度があった。


なのに、何も感じなかった。


服を脱いだ時、胸の祝福印が目に入った。


(......増えている)




一重だった円環が、二重になっている。




死んで、戻ってきたから?


それとも——


触れてみる。熱くない。むしろ冷たい。


皮膚の下で、何かが蠢いているような錯覚。思わず手を引いた。


あの世界は、どうなったのだろう。


消えたのか。


それとも瘴気に呑まれたまま、どこかで続いているのか。


鏡を見た。


自分の顔だ。何も変わっていない。


なのに、どこか他人のような——


不気味なほどに、静かだった。


じっとしていられず、夜の街へ出た。




夜更けにもかかわらず街は異様に明るい。通りのあちこちで篝火が焚かれ、修繕に追われる人々の声が響いていた。


冒険者ギルドの扉を開ける。熱気と酒の匂いが溢れ出してきた。


「おお!昼間の剣士!」


髭面の冒険者が杯を高く掲げた。


「あんたのおかげで助かった!一杯奢らせてくれ」


「俺も見てたぞ!すげぇ動きだった」


別の冒険者が肩を叩いてくる。


感嘆と興奮の声。確かに畏怖も混じっているが、それ以上に歓迎の色が濃い。


「初めて見る顔だな?どこから来たんだ?」


「とにかく飲め!今日の英雄だ」


杯を押し付けられる。断る理由もない。一口だけ飲んだ。


依頼書が貼り出された掲示板を見る。


「明朝の捜索隊、志願者募集」


破格の報酬。


(塔へ行くべきだ)


分かっている。


(だが)


あの洞窟で目覚めた理由。迷宮に何があるのか。知る必要がある。


それに、塔の扉が開くのは第四日目。今はまだ閉ざされているはず。


依頼書を見つめていると、受付の妖艶な女性が唇の端を上げた。


「あら、興味がおあり?」


赤い爪先で羊皮紙の端を軽く叩く。


「ギルド員なら今すぐに受付できるわよ。ギルド証は?」


「......ない」


女性が肩をすくめようとして――


「俺が保証人になる」


声の主を見る。昼間、城門で戦っていた冒険者だった。若い顔。見覚えがある――腰を打って倒れていた男だ。


「あんたに命を救われた。これくらい、安いもんだ」


真剣な目でこちらを見ている。


「おいマルコ、ずるいぞ!俺も保証人になる」


髭面の男が割り込んでくる。


「俺だって助けられた」


「じゃあ俺も」


「俺も俺も」


気がつけば、五、六人が保証人に名乗り出ていた。むしろ取り合いになっている。


受付の女が苦笑した。


「......分かりました。皆さんそんなに推すなら」


書類を差し出す。


「でも、後日ちゃんと登録してくださいね?」


艶めいた声で釘を刺される。


「明日も頼むぜ!」


「一緒に遺跡に行けるなんて心強いな」


口々に声をかけられる。期待と興奮に満ちた目。少し照れくさい。


署名を済ませ、宿へ戻る。




寝台に横になる。


明朝、先遣隊が出発する。六十名。騎士ガルトが率いる精鋭たち。


前回、彼らは誰一人戻らなかったらしい。迷宮で何かが起きた。詳細は分からない。


(変えられるか)


いや、変えなければならない。

毎週 火・木・土 22:00 更新

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