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終末の刻限  作者: はゆめる
第一章
16/28

五日目 始原の塔(三)

第四層への転移が終わり、光が収束した瞬間、一行は言葉を失った。


王家の霊廟を模したような荘厳な空間。


黒い大理石の柱が整然と並び、壁面には歴代の王の肖像らしきレリーフが刻まれている。


そこかしこに埋め込まれた魔力結晶が青白い光を放ち静かに明滅していた。


そして中央には――


十体の人形が円形に並んで佇んでいた。


精巧に作られた等身大の人形たち。


それぞれが異なる武器を手にし、関節の動きまで再現された芸術品のような造形。


「あの武器の紋章......」


女王が眉をひそめた。


人形たちが持つ武器の柄や柄頭に刻まれた紋章は、どれも王家のものを反転させたような形をしている。


まるで鏡に映した王家の紋章。


それが何を意味するのか。


「不気味ですね」


アリサが震え声で呟く。


人形たちは微動だにしないが、まるで呼吸しているかのような、生気めいた何かが感じられた。


奥を見れば、転移台の光は消えている。


第三層と同じく、試練を越えねば先へは進めないということか。


「碑文があります」


アリサが壁際の石板を見つけ、震える指で文字をなぞった。


「また古代語です......ここも一部が欠けていて『輪...兵...試練』......」


「『血統』......あとは......『喪失』......申し訳ありません。断片的すぎて意味が......」


「第三層の教訓を思えば、碑文を侮れば重大な結果を招く」


女王は苦い記憶と共に呟いた。


二蛇の試練で失った八十三名の命が重くのしかかる。


「だが、指を咥えて見ているわけにもいかない。全員、防御陣形を取れ。慎重に、着実に勝機を見出すぞ」


兵士たちが武器を構え、ゆっくりと人形たちへ近づいていく。


人形たちが、一斉にゆらりと動いた。


よろよろとした足取りで、まるで生まれたての子鹿のような不安定さで歩き始める。


顔を上げると、全ての額に文字が浮かび上がっていた。


「古代語?」


アリサが目を細める。


「これは......数字ですね。全て『零』と読めます」


最も近い人形が、兵士に向かってゆっくりと剣を振り下ろした。


素人同然の、隙だらけの動作だった。


「なんだこいつ、遅すぎる」


槍兵が慎重に槍を構え、人形の胸を狙い定めた。


槍が人形の胸を貫く――はずだった。


だが次の瞬間、人形がたたらを踏んだ。


まるで躓いたかのような不自然な動きで、槍先は胸を掠めるだけに終わった。


「外した?いや、確かに狙いは......」


槍兵が困惑している間に、人形の額の文字が変化していた。


「『壱』......一になりました」


アリサの声に、困惑が滲んでいた。


別の兵士が背後から斬りかかる。


剣が人形の首筋に迫り――


人形が偶然つまずき、剣は空を切った。


「『弐』......また増えました!」


「何かがおかしい」


女王が鋭く告げた。


「まるで攻撃を予知しているかのような......いや、違う」


女王の眼が鋭くなった。


「避けた後に数字が増える。まるで一度受けてから、なかったことにしているような......」


だが、それ以上は分からなかった。


「待て、全員下がれ!距離を取れ!」


女王の鋭い命令が響いた。


「弓兵、魔術師隊、遠距離から攻撃しろ。複数の人形を同時に狙え」


矢が放たれ、火球が飛ぶ。


十体の人形たちは、それぞれが異なる動きで回避していく。


ある人形はよろめき、別の人形は転びそうになり、また別の人形は風に押されたかのように――全てが絶妙なタイミングで致命傷を避けていく。


「攻撃を避けるたびに数字が増えているようですね......」


攻撃は続いた。


魔術師たちが広範囲攻撃を放つ。


人形たちの動きは次第に滑らかになっていく。


「『参拾』を超えた人形の文字が歪み始めました。もう読めなくなってきています」


アリサが報告する。




その瞬間、文字が最も歪んだ人形の体が変貌し始めた。


精巧な関節が溶け崩れ――いや、溶けているのではない。


青白い魔力が形を変えているのだ。


灰色に見える皮膚も、膨張する四肢も、全て魔力の光で構成されている。




「なんて醜悪な姿に......」


誰かが呻いた。


魔力で作られた怪物――これも試練の一部なのか。


別の人形は『拾伍』で文字が薄れ始め、『弐拾』で完全に消えた瞬間、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


さらに別の人形は、数字が瞬く間に歪み、巨大な異形へと変貌を遂げた。


十体それぞれが異なる結末を迎えていく。


ある人形は小さな異形に、ある人形は巨大な異形に、そしてある人形はただ崩壊して消えた。


崩れ落ちた人形の残骸を見ると、額の歪んだ数字とは別に、それぞれ異なる場所に奇妙な円環構造をもつ紋様が刻まれているのが分かった。


首筋、肩、腹部――全て同じ紋様だが、配置には規則性がない。


変異した魔力人形たちが、一斉に襲いかかってきた。


「前衛、防御陣形!後衛は異形を優先的に排除しろ!」


剣が魔力の肉を切り裂き、青白い光が飛び散る。


巨大な腕が兵士を薙ぎ払い、小型の異形が足元から襲いかかる。


霊廟の魔力結晶が戦いを照らし、影が乱舞するように壁面で踊っていた。


突如、巨大異形となった人形が短く詠唱を始めた。


アリサが息を呑んだ。


「未知の言語です!古代語に酷似していますが......」


虚空に、兵の数だけの暗い火球が生成された。


「火炎魔法に光魔法を重ねて、暗く見せているようです」


「何の意味があるのでしょう……」


それぞれが意思を持つかのように、一人一人を正確に狙い定めて飛来する。


「全員、防げ!」


女王が叫びながら、広範囲に白銀の光の障壁を展開した。


巨大な光の半球が兵士たちの大半を包み込み、火球が次々と光壁に激突して消滅していく。




だが、詠唱に集中する女王は無防備だった。


異形に変異した人形が、彼女の死角から鋭い爪を振り上げる——


金属音が響いた。


男の剣が、間一髪で人形の爪を弾いていた。即座に人形を切り伏せ、青白い光の粒子となって霧散させる。


女王は詠唱を途切れさせることなく、横目で男を見た。


その目に、信頼と安堵の色があった。


「今だ、畳みかけろ!」


集中攻撃が異形たちに殺到した。


魔力の体が次第に綻び、一体、また一体と崩壊していく。


最後の巨体が青白い光の粒子となって霧散した。




一息つき、兵士たちが安堵の吐息を漏らす。


「今のは......一体何だったんだ」


隊長の一人、レイナルドが呟く。


「わからん......人形が俺たちの攻撃を避けるたびに数字が増えて、そして変化した」


別の隊長が首を振る。


「しかも全部違った。ある人形は怪物になり、別のは崩れ落ちた......」


誰もが困惑の表情を浮かべている。


答えは、誰にも分からなかった。




奥の転移台には光が宿っていた。だが――


「おかしいぞ」


誰かが呟いた。第三層から来た転移台を見ると、光が戻っていない。


「陛下!」


伝令用の魔術を使っていた魔術師が青ざめた顔で報告する。


「塔外と連絡が取れません。第一層、第二層の駐留部隊からも応答がありません」


嫌な予感が全員の胸をよぎった瞬間、第三層からの転移台が突如として黒く染まり始めた。


「下がれ!」


女王の警告と同時に、転移台から濃密な瘴気が噴き出し、何かが溢れ出してきた。


灰色の肌、爛れた四肢、歪んだ顔――だが、先ほどの魔力人形とは決定的に違っていた。


腐臭。滴る膿。


引きずる足音の重さ。


これは、生きている。いや、生きていたものが歪められた、本物の肉体だった。


「まさか、下層が......」


誰もが同じことを考えた。駐留部隊は、もう......


「陛下!」


レイナルドが叫んだ。


「ここは我々にお任せを!上層へ!」


女王は頷いた。


「アリサ、来い。そなたの古代語の知識が必要になるかもしれない」


二人が転移台へ向かおうとした時、レイナルドが男を見た。


「君!」


男が振り返る。


「陛下をお守りしてくれ。君の腕は見た。頼む」


男は一瞬躊躇したが、やがて頷いた。


まるで、これも定められた道筋かのように。


男は女王とアリサの後を追った。


追いついてきた男を見て、女王は少し驚いたが、すぐに短く告げた。


「頼りにしているぞ」


三人は転移台に飛び込んだ。


背後では兵士たちが異形を押し留める戦闘音が響いている。


光に包まれて消える直前、黒い霊廟に響く剣戟の音が、次第に激しさを増していくのが聞こえた。

毎週 火・木・土 10:00 更新

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