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終末の刻限  作者: はゆめる
第一章
13/28

五日目 始原の塔(一)

夜明けと共に、瘴気は王都の城壁まで迫っていた。


黒い靄が地を這い、触れた草木は瞬く間に枯れ果てていく。




女王は三百の兵を率いて、始原の塔の前に立っていた。


熟練の冒険者百名、王国の精鋭二百名。


その中には、男の姿もあった。


布に包まれた剣を背に、静かに列に加わっている。


「行くぞ」


巨大な石扉に近づくと、まるで彼らを待っていたかのように、重々しい音を立てて扉がゆっくりと開かれた。


全員が中に入ると、音もなく扉は閉まる。


「これは......」


誰かが息を呑んだ。


見渡す限りの巨大な円形空間。


天井には無数の魔力結晶が星座のように配置され、脈動する青白い光が天界の星図を描いていた。


石柱の一部が宙に浮遊し、ゆっくりと回転している。


魔力の光の橋が、断絶した通路を繋いでいた。


壁面の巨大な水晶の向こうに、別の空間がぼんやりと透けて見える。


塔全体が一つの生きた結晶体のような構造だった。


「美しい......」


誰もが息を呑んだ。


だがその美しさは、どこか異質な冷たさを孕んでいた。


濃密な魔力が肌をちりちりと刺激し、本能が警戒を促す。


「警戒を解くな」


女王の鋭い声が響いた。


七英傑を壊滅させた脅威と同等の何かが、この美しさの奥に潜んでいるかもしれない。


進んでいくと、中央に青白く輝く転移台がある。


円形の台座の上には、複雑な魔法陣が刻まれ、その線がゆっくりと明滅していた。


「上層への転移台だろうか」


女王が呟く。罠かもしれない。


だが、それ以外に進む道はない。


「全員、転移の準備を」


転移台に乗った瞬間、世界が光に溶けた。


足元から浮遊感が広がり、一行は光の柱となって上層へと導かれていく。




一行が辿り着いた先は、巨大な空洞。


円形の転移台から放射状に無数の通路が伸び、水晶と石造りの迷路を形成している。


壁面の水晶が脈動し、魔力の流れが可視化されていた。


その時、黒い球体がふわりと女王の前に現れた。


球体の表面には、青い光の紋様が走っている。紋様が突如赤く染まった。


警告もなく、複数の氷槍が虚空に生成され、女王へと飛来する。


女王は軽く詠唱し、魔法障壁で氷槍を砕く。


砕けた氷の破片が、水晶の光を反射してきらめいた。


そして一瞬で間合いを詰め、腰の剣を一閃。


球体は両断され、青い光の粒子となって霧散した。


「防衛用の魔力兵器か......?」


女王は冷静に分析する。


だが、その威力は想像以上だった。


もし直撃していれば、鎧を貫通していただろう。


「道が狭い。分散して進むしかないな」


女王は振り返り、全軍に指示を下す。


「二十名ほどで小隊を組め。正規兵の分隊に冒険者のパーティーを一組ずつ配属だ。各道を進み、次の転移台を探せ。無理はするな、危険を感じたらすぐに撤退しろ」


各小隊が散っていく。


薄暗い通路に足音が響き、水晶の共鳴音が遠ざかっていく。




男が配属された小隊でも、まもなく黒い球体との遭遇が始まった。


球体がふわりと現れる。


青い光の紋様が男を捉え――そのまま通り過ぎ、隣の冒険者を見た瞬間、紋様が赤く染まった。


氷槍が冒険者を狙う――


男の剣が横薙ぎに振るわれ、氷槍を叩き落とした。


金属と氷がぶつかる鋭い音が響き、砕けた氷が床に散らばり、水晶の輝きを受けて煌めく。


「助かった!」


冒険者が礼を言う間に、男は返す刀で球体を両断していた。


無駄のない、流れるような動作。


球体は青い光となって消滅する。


「なあ...今の見たか?」


正規兵の一人が小声で囁く。


「球体、俺を見た瞬間に赤くなったけど、最初あいつを見た時は青いままだったぞ...」


「考えすぎだろ」


だが、次の球体も、その次も――すべて同じだった。


現れるなり男以外を標的に定め、男がそれを防いで斬り捨てる。


「...おかしくないか?」


隊長が首を傾げる。


「球体があいつだけ避けてる。まるで敵として認識してないみたいだ」


別の正規兵も頷く。


「他の小隊も戦闘してる音は聞こえるが、俺たちだけ妙に楽すぎる」


「ま、あいつのおかげだな」


冒険者の一人が、あっけらかんと男を見ながら呟く。


「でも一体何者なんだ?まるで球体の動きが見えているみたいじゃないか」


ベテラン冒険者も首を振る。


「俺、二十年冒険者やってるけど、あんな剣筋見たことねぇ」


男は黙々と剣を振るう。


理由は分からない。


なぜ自分が攻撃されないのか、考えても仕方がない。


今は先に進むことが優先だ。


体が勝手に動く。


まるで長年の修練が染み付いているかのように、剣は正確に球体の核を貫いていく。


「お前...本当にただの冒険者か?」


隊長の問いに、男は答えられない。


自分でも分からないのだから。




各小隊が迷路を進む中、時折、上層から微かに何かの音が響いてくる――獣の咆哮とも、機械の唸りとも判別できない不気味な響きだった。


しばらくして、魔法による連絡が入った。


「陛下、レイナルド隊です。転移台を発見しました」


全小隊に転移台の位置が共有され、各小隊が集結し始める。


三百名のうち、軽傷者が数名。


球体の氷槍をかすった者、回避に失敗して壁に接触した者。


「治癒師は負傷者の手当てを急げ」


女王が指示を出す間も、上層から響く音は次第に大きくなっていた。


「上層へ行くぞ」


女王の号令と共に、一行は再び光に包まれた。

毎週 火・木・土 10:00 更新

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