三日目 迷宮探索(四)
第六層の神殿に、死の気配が充満していた。
「ロンジヌス!まだ立っとるか!」
ヴェルンドの戦斧が巨大異形の腕を砕く。
返り血を浴びながら、ドワーフ王は己の相手に集中していた。
一方、聖騎士ロンジヌスは地獄の中にいた。
角冠の異形の黒い翼が巻き起こす暴風、その拳、そして横から襲いかかるもう一体の巨大異形。
二体同時の猛攻を、彼は一人で受け止めていた。
カサンドラが聖句を紡ぐ。
治癒と防護の魔法が途切れることなくロンジヌスに注がれているが、それでも傷は増え続けていた。
白銀の鎧には血が滲み、盾には無数の亀裂が走っている。
アスモダイの魔剣が巨大異形の腕を断ち、紫電が奔る。
ニョルドは光の矢を展開しながら魔力を纏わせた剣で斬撃を加える。
トートが連続で炎術を撃ち込む。
ユーメリナの光が七人を包み、全員の武器が黄金に輝いた。
戦いの咆哮が響き渡り、その一撃が巨大異形の頭蓋を粉砕した。黒い体液が噴き出し、巨体が地に沈む。
「ロンジヌスの方へ!」
全員が一斉に向きを変えた。
消耗したロンジヌスを援護すべく攻撃を集中させる。
二体目の巨大異形が、ついに倒れ伏した。
「やった……」
ユーメリナが安堵の吐息を漏らした。
「まだだ!」
アスモダイが鋭く叫ぶ。
剣を構え直したまま、その視線は一点から動かない。
角冠の異形が、そこに佇んでいた。
その赤い瞳が、一瞬だけ人間のような悲哀を宿した。
そして低い声で詠唱を始める。
次の瞬間、虚空に黒い光が生まれた。それは一瞬で矢となり、音もなく飛翔した。
標的は――カサンドラだった。
黒い矢は彼女の胸を貫いた。白い法衣に赤い染みが広がっていく。カサンドラは膝をついた。
「キャシー!」
ロンジヌスが彼女の元へ走った。腕に抱き起こす。
「ローディ……ごめんなさい……」
カサンドラが血を吐きながら微笑もうとした。
「喋るな」
ロンジヌスが必死に傷口を押さえる。ユーメリナが手をかざし、治癒の光を注ぐが、瘴気と暗黒の呪いに阻まれ、傷は塞がらない。
「陛下に……伝えて……」
カサンドラの声が掠れる。
「異形たちは……」
そして、大司教カサンドラの瞳から光が消えた。
「キャシー……」
聖騎士の低い声が神殿に響いた。
角冠の異形が哄笑を上げた。知性を宿した赤い瞳に、嘲笑の色が浮かんでいる。
ロンジヌスが無言で立ち上がった。剣を握るその手が小刻みに震えていた。
「待て!ロンジヌス!」
アスモダイが制止しようとするが、聖騎士は既に斬りかかっていた。
角冠の異形の拳が、ロンジヌスを打ち据えた。鎧が砕け、聖騎士は壁に叩きつけられる。それでも立ち上がろうとする彼に、次の一撃が振り下ろされた。
「ロンジヌス!」
ヴェルンドが戦斧を構えて飛び込むが、角冠の異形の翼が暴風を巻き起こし、全員を吹き飛ばした。
もはや、勝機はなかった。カサンドラを失い、ロンジヌスも瀕死。残された者たちも、瘴気と疲労で限界が近い。
その時、トートが静かに杖を掲げた。
「やれやれ、瘴気の中では一人を送るのが精一杯じゃな……」
老賢者が手にしていた古書を魔力で包み込む。書物がふわりと宙に浮かび、ユーメリナの元へと飛んでいく。
「これを王都へ……頼んだぞ、若きエルフよ」
「待ってください!皆さんを置いては……」
ユーメリナが古書を抱きしめながら叫ぶが、トートは既に転移の詠唱を始めていた。
「エルフは契約を違えぬ。これも王国への責務じゃ」
青白い光がユーメリナを包む。彼女が最後に見たのは、ボロボロになりながらも立ち上がろうとするロンジヌス、戦斧を構えるヴェルンド、剣を構えるアスモダイ、仮面の下で何かを呟くニョルド、そして静かに微笑むトートの姿だった。
光が収束し、ユーメリナの姿が消えた。
残された五人の英傑たち。
「さて……」
ヴェルンドが豪快に笑った。
「足掻かせてもらうとするか」
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