一日目 目覚め
冷たい石の感触が背中を貫いた。
瞼を開けると、見慣れない天井がそこにあった。
湿った苔が張り付いた岩壁、しっとりと肌に纏わりつく空気。
ここは――
暗闇に包まれた洞窟の奥で、かすかな風の音が聞こえる。
どこからか僅かな空気の流れを感じるが、光は見えない。
その時、世界が大きく揺れた。
岩壁から砂礫がぱらぱらと落ち、足元の石が軋む音が響く。
深い地の底から、大地を揺るがすような轟音が聞こえてきた。
突然、遠くに光が差し込み始めた。
地震によって洞窟の出口が開かれたのだろうか。
薄っすらと朝の光が流れ込んでくる。
頭の奥で何かが軋むような痛みを覚える。
記憶を探ろうとすれば、そこにあるのは深い闇だけだった。
それでも胸の奥で、何かが――誰かが、自分を呼んでいるような気がした。
自分の名前も、なぜここにいるのかも、何もかもが霧に包まれている。
体中が鈍い痛みに包まれていた。
まるで長い間動かなかった機械のように、関節という関節が軋んでいる。
起き上がろうとすれば、筋肉が悲鳴をあげる。
息を整えながら、何度も試してようやく立ち上がることができた。
暗闇の奥から何かが蠢く気配を感じる。
次の瞬間、濃緑色の皮膚に牙を剥いたゴブリンが暗闇から飛び出してきた。
錆び付いた刃を振りかざし、太い腕が唸りをあげて振り下ろされる。
とっさに足元の鉄片を掴み、必死に受け止める。
腕に走る衝撃で、口の中に血の味が広がった。
体が思うように動かない。
避けようとした足がもつれ、再び振り下ろされる刃を転がるようにして躱した。
壁際に追い詰められる。
ゴブリンの赤い目が獰猛に光り、今度こそ止めを刺そうと刃を構えた。
その瞬間だった。
体が勝手に動いた。
視界が澄み、時が緩やかになる。
振り下ろされる刃の軌道が、はっきりと見えた。
鉄片が閃く。
ゴブリンの喉を、吸い込まれるように正確に貫いていた。
巨体が重い音を立てて倒れ込む。
自分の手を見下ろした。
不思議と、違和感がなかった。
まるで、ずっと昔からこうしてきたかのように。
心臓の鼓動は、静かだった。
遠くに差し込む光を目指し、壁に手をつきながら一歩一歩慎重に進む。
足音が洞窟に響くたびに痛みが走ったが、少しずつ動きやすくなってきていた。
ようやく外に出ると、朝陽が昇り始めていた。
金色の光が森の木々を照らし、鳥たちのさえずりが響いている。深い森だった。
鬱蒼とした木々の向こう、朝靄の中に遠く霞んで見える城壁。
あれは――
王都だ。なぜかその名前だけは迷いなく浮かんだ。
穏やかな朝の光景に、ほっとした気持ちで一歩を踏み出そうとした、その時だった。
背後から大地を揺るがす轟音が響いた。
振り返ると、自分が出てきたばかりの洞窟の奥から、次々に影が溢れ出してくる。
鋭い爪を持つ大型の魔物、らんらんと燃える赤い瞳の怪物、歪んだ牙を剥き出しにした見慣れぬ魔物たち。それらが群れを成し、咆哮を上げながら森を駆け抜けていく。
朝の静寂を破る異様な光景に、反射的に木の陰に身を隠した。
体はまだ完調ではない。戦えるような状態ではなかった。
群れは木々をなぎ倒しながら王都の方角へと走り去っていく。
ただ呆然とその背を見送ることしかできなかった。
やがて森に静寂が戻る。しかし、あの魔物たちは王都へ向かった。
重い足を引きずりながら、自分もまた王都への道を歩み始める。
体の痛みは徐々に和らいでいるものの、胸の奥で何かが引っかかっていた。




