逃走の果てに
今作で2作目です!
────いたぞ、追え!!逃がすんじゃない!!!
「...っはぁ、はぁ...!」
喧騒が迫ってくる。だがまずは、ここから逃げなければ。
「くっ...しつこい!」
自身の身体から炎が噴き出す。それは自身を炙ると同時に、追手を牽制し推進力の糧となる。
追手はやはりこの力を警戒しているようだ。行使者を焼く性質上多用はできないが、2、3回程なら有効な手段だろう。
どうして、こんな目に遭わなければならないのだろうか。
まるで最初から脚本があるかのように、僕の生涯は大量の苦難と隣合わせだ。
...だが今は生き延びなければ。それが、友や協力者との約束なのだから。
「お会計564円になります」
深夜0時のコンビニに抑揚のない自分の声が響く。見ればその人が最後のお客さんだったようで、コンビニ全体が深夜帯特有の静けさを伴う。
僕の名前はメテオ。偽名として緋室 流星を名乗っている...『研究所spiral』というところから逃げ出してきた実験体の内の一体だ。
この世界は現在、各地でウィルスが流行していて、混乱状態にある。ウィルスの名前は「VMSvirus-0ff」というもので、これに感染した人はありとあらゆる症状により一週間ほどうなされるのだが、不思議なことに致死性は無く、むしろ感染したあとは感染前よりも体が軽くなりある特殊な力を手に入れることになる。
「お疲れ様でーす、先に上がります」
かくいう僕もそのウイルスに感染した個体。その力は...世間一般的には「潜在的超発達異能力」、略して「能力」と呼ばれる物だ。
ウィルスは感染する人によって異なる性質を見せ、様々な症状を起こす。これがワクチンや治療薬を作れない理由であり、研究所spiralが僕達に実験を行っていた理由の1つだ。
「能力」とはその副産物、体に生まれるウィルスに対しての抗体が力として顕現したもの...なんだそうだ。
「黒山は...まだ、か」
僕や他の実験体が逃げる時、研究所は僕の母であるフリジアを人質にした。おそらく、僕が珍しい検体であることから逃がしたくなかったのだろう。しかし、唯一の肉親である母に刃が迫った時、僕は一瞬だがそこで足を止めてしまった。
僕が足を止めた際、かき消される寸前の僕の命の灯火を守ってくれたのが黒山 照翔なのだが...重症を負ってしまったために、今も彼の意識は戻っていない。
「今日はもう寝よう。明日もまたバイトだしな」
先程までの思考を止め、そうつぶやきながら、借りているアパートまでの道のりを独りで歩いていく。
闇は恐れるものだが、同時に僕にとっては特別な意味を持つ。
今夜は、あの夜と同じ真珠のような満月だ。
ふと、暗がりの中である音を耳で拾う。人ではない故に大きく発達し、広い範囲での集音を可能とするその耳は、確実に金属を擦り合わせる音を感じ取った。
(数は...一人か?歩く音がそこまで大きくない、つまり女性...仕方ない、敵じゃないかもしれないがコンタクトを取るか)
「...僕に何か用かな?」
振り向きながら、相手の容姿や服装を確認する。
見たところ160cm程度の身長、服装は...黒いスパイスーツに、同じく黒いコート、そして目立たないグレーのスカートを着ているようだ。ただ、確実に何かしらの武術をやっているな。立ち振舞いが確実に一般人のそれじゃないし、さらには背中になにか平べったいものを背負っている...怪しいな。
「へぇ、喋った...話には聞いていたけど、君がメテオで合ってる?」
「...そうだけど」
僕の偽名ではなく本名を知っている。それだけだが、僕は警戒度をさらに引き上げた。ただ1つ言えるのは僕は彼女のことを知らないし、研究所から脱走したときには居なかった人物であるということ。
「良かったぁ、仕事は遂行できそうで。段ボールの箱を被った兎って聞いた時は耳を疑ったけど...ま、それは関係ないか」
仕事、か。まずいな、ここは人があまり通らない道だが、もしもの時僕の力を使うと一般人を巻き込んでしまうかもしれない...
「とりあえず、大人しくついてきてくれない?」
「...嫌だ、と言ったら?」
「そう、なら...こうするしか無いかな!」
先程までの隠密に重きをおくゆったりとした足取りから一転し、金属製の盾を背負っているとは思えない俊敏な動きで僕に近づいてくる。
「兎とはいえ、この動きには対応できないでしょ!!」
彼女は左手に持ったスタンガンを、僕の首に当たる部分に押し当てようとさらに接近してくる。通常の人間であればここで動けなくなり、つかまるだけだっただろう。
「...舐めるなよ」
だが僕はVMSvirus-0ffに感染した個体だ。通常なら持っていないはずの異能力を持っており、身体能力も普通の兎よりは高い。僕はのろく迫るスタンガンに対し右の掌を向け...能力を発動した。
「...氷っ!?」
彼女の左腕が、侵食されるように氷に包まれる。当然スタンガンも氷に覆われ、実質的に無力化した。
僕の能力...その一端は、「空気中の水蒸気を凍らる程の温度を伴う冷気を操る」ことができる。
「残念だけど、伊達に何年も逃亡生活は続けてないからね。さよなら」
「あっ待て!くっ、この氷のせいで動きが...」
それに僕は兎だ。能力によってその力は強くなっているが、4m程度であれば余裕で飛び越えられる。僕はそのまま氷で空中に足場を作って再度跳躍し、その場を後にした。
「ここまでくれば...大丈夫だろう。くそ、やっぱり使いすぎたか」
アパートに帰ってきた僕は部屋の中でそうつぶやき、動きの鈍くなった左腕を右の手のひらから出した炎で溶かす。
僕の能力名は『氷炎幻獣』...氷を操り高い跳躍能力をもつ幻獣「月兎」と、炎の中から生まれ再生能力を持つ幻獣「不死鳥」の力が合わさったものだ。
「...やっぱり、むやみには使えないな」
幻獣とは生まれながらにウイルスに感染した動物のことだ。月兎のウイルスを持っていた僕に、研究所は不死鳥のウイルスを注入する実験を行った。
結果は成功。というよりも成功してしまった、と言う方が正しいかもしれない。僕はもともと持っていた月兎の能力に加え、不死鳥の能力も手に入れてしまった。ただどういうわけか能力が統合され、月兎の能力も不死鳥の能力も簡単には使えない、氷も炎も僕自身に牙を剥く能力に変貌した。
「今日は面倒なのに絡まれたな。もう遅い時間だし、寝てしまおう」
研究所から逃亡して3年と4ヶ月。未だに追っ手が来るこの状況は、変わる気配を見せない。
だが確実に、日は沈めば昇るように、いつかその時が来ると信じて。
灼熱の復讐の意志を胸に抱きながら、凍るような冷たさの理性でその炎を抑え、僕は眠りに落ちた。
「すみません、社長。知ってるとは思いますが...」
「あぁ、失敗したのだろう?構わん、今は警戒させておけ」
「...はっ」
明かりは机にあるテーブルランプのみの薄暗い部屋の中、男と女が対峙する。
「どうせ、もうすぐ我々の存在には気づく。そうなった時に手を差し伸べれば良い」
「...ですが社長、私は...」
「いいやまだだ。落ち着いて物事を考えろ」
「そう、ですね...」
どうやら取り逃がした目標について話しているようだ。会話自体は物騒な単語で埋め尽くされているが、底にあるのは紛れもない手助けの精神だろう。
「これからウチで働くんだろう?なら、上司の命令には従い給え」
「...はっ!」
男と女はその言葉をかわした後、別々のタイミングで部屋を出ていった。
一枚の書類を残して。
『研究所spiralについて:レポートNo.2』
頑張ってこちらも更新していきます。