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加護なき少年、絶望より始まる救世の旅  作者: 灯花
第一章『内に秘めた思い千里を超えて』
7/8

1.6 内に秘めた願い千里を超えて

 ▶︎▶︎▶︎カルランティ視点▶︎▶︎▶︎

 目前で繰り広げられていた戦いは一瞬で終わっていた。

 正直なところ――何かがどうやってその結末に行き着いたのか、過程がわからない。

 俺が覚えているのは二人が衝突する寸前、ウラノメトリアが何かを呟いていたことだけだ。

 それを境に霧が覆い被さったかのように認識が曖昧になった。

 そして、霧が晴れれば……この通りウラノメトリアがバンダナ男の横腹から切り払い、勝利を手中に収めていた。


「何が起きたんだ?」

 

 勝利による喜びよりも不気味な違和感に対する戸惑いだけが余韻として尾を引いている。

 

「いずれ理解できるようになる」


 バンダナ男が崩れ落ちる姿を背にこちらに向かって歩くウラノメトリア。

 何一つ表情が読み取れない。

 戸惑っているんだ……喜んでいいのか、それともひれ伏すべきなのか。


「何故惚けている。君には優先すべきものがあるはずだ」


 ウラノメトリアは身を翻し、一つの肉体に指を刺した。

 その肉体は街を照らす太陽の影に隠れ、血池(ちのいけ)にぐったりと俯けになって横たわっている。


「あぁぁっ!」

 

 衝動的に俺はフレニアに駆け寄ろうと、無様な四つん這いの状態で匍匐前進する。

 でも……血が足りないせいか、少し動いただけ眩暈が進行方向をブラしてくる。

 足のない俺はこの距離でさえ千里離れた地に向かうぐらい鬱陶しい。


「何故そこまで彼女に執着する? 彼女はもう時期死ぬ」

「まだ、わからないじゃないか。呼吸も瞳も、鼓動も動いてるならまだ助かるかも知れない……」


 ウラノメトリアが俺と足並みを合わせるように横を並走する。

 

「希望的観測をするのはいい。だが、彼女の運命は君には書き換える事はできない」

「あなたは命の恩人だ……。だから、あまり強い言葉は使いたくないけど……少し黙っててくれ」

「……では手短に君に問う。君にとって彼女はなんだ?」


 ……なんでだろうな、深く考えることすらなかった。

 本来貧民は群れる事をしない。

 それどころか、貧民の中にもクズはいる。

 貴族に他の貧民の情報を売ってボロ儲けしようと悪事を企む、そんな奴がわんさかいる。

 全員が全員、いつ売られるかわからない疑心暗鬼の渦中で過ごしているわけだ。

 だから、独りで生きることに寂しさを感じることなんて殆どない。

 死体もそこらで放置しとけば何も気にせずに風化し朽ちる。

 それでも――


「誰かと話しながらのごはんは久しぶりだったんだ。親しく呼ばれたのも、暇があれば目を合わせて笑い合うのだって……」


 幼い頃の事はあまり覚えていないと言ったけど、一つだけ覚えていることがある。

 温かい光に包まれながら高い椅子に座って足をバタつかせ、俺を拾ってくれた母親の料理を待つ、そんな景色だ。

 その景色こそ、貧民でありながら身分不相応に取り憑かれた俺の原動力だ。

 安定をかなぐり捨て、ただひたすらにその景色を求めた。

 

「明日を疑わずに同じ境遇にある仲間をやっと見つかって……どうしようもなく嬉しかった」

「…………」

「だから……死んでいるなんて言わないでくれ……。俺には彼女が必要なんだ」


 ウラノメトリアは「……そうか」と感慨深そうに少しの間を空けて答えた。


「では、一つ提案しよう」


 歩速を上げて俺の前に立つ。


「彼女を生き返らせることは不可能ではない。それに引き換えとして、三点ほど依頼を了承してもらおう」

「フレニアが助かるなら、なんだってやる! だから早く助けてくれ!」

 

 間髪入れない受け答え。

 それに応えるように詠唱を始めた。

 その詠唱を耳にした瞬間、不可解に、理解を拒むかのように頭痛が走る。

 痛みが脳を駆け巡る中、俺は片目だけを見開き、その様子を見守った。


「傲慢にして偉大なる地龍は肥沃の大地に陽光を降らし、いつか芽生えし命の奇跡を祝す――◻︎◻︎魔法『ベレ・フルーフ』」


 それは一面血の海だったこの場所に生命を齎した。

 全てを清算するかのように血を糧に花々が咲き誇り……そして、波のように押し寄せたそれは怪我口を包み込む。

 やがて花々は散りじりに枯れ、完全に治った右足が現れた。

 

「すごい……」

 

 彼への感謝よりも先に感嘆のため息が出る。

 これがどれだけすごい事なのかわからない自分が情けない。


「何度も助けてくれてありがとう、ウラノメトリア。そして、彼女を救ってくれてありがとう」

 

 しばらく片足を失っていたせいか、違和感しかないが、不安定ながら感謝を伝えることぐらいしか今の俺にはできない。

 ウラノメトリアは顔色一つ見せず言った。


「もうじき彼女も目覚める。行ってあげるといい。それと、一つ、君に伝え忘れていた。傷口は無くなっていても失った血は戻らない」

「ありがとう……」


 俺は気分の優れない体で起き上がり、目で見ても遠く感じたその場所に向かって歩む。

 彼女に近づくにつれ、鼓動が自然に高まっていく。

 もし彼女が死んでいたらと、考える必要のない余計な事を勘繰ってしまう。


「よかった……」


 まるで赤子のように無防備に寝そべり、爪を噛む姿を見て、心が安心感に染まる。


「本当に生きてて……よかった……」


 俺は彼女の横に腰を落ち着かせた。

 元気そうに身を捩らせ、生きる証である健やかな息づかいに、堪らず撫でると、彼女は幸せそうに笑みを浮かべた。

 今にも壊れてしまいそうなその細い体を両腕で抱き寄せる。


「私……眠って」

 

 微かな吐息に気づき、彼女の顔をまじまじと見る。

 うっすら開かれた蜜柑色の瞳はまだ眠そうだった。

 それでも瞳に光が宿っている。


「――!? な、な、なんでカルランさんが抱きついてるの……?」

 

 俺が抱きついてるのを理解すると、顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。

 

「……おはようフレニア」


 しかし、俺の顔を見たと思えば、彼女の恥ずかしそうな表情は影を潜めていく。

 次に現れた表情は、困惑が満ちていた。

 

「どうしてそんなに悲しそうなの?」


 そっと伸びた細い手が、俺の頬の輪郭に沿うようになぞり、熱く流れる涙を拭っていく。

 少し温かいその指に、心の底から生きていると安心し、俺の涙は枯れた。

 枯れたはずなのに、何故か彼女が泣いていた。


「そっか……私死んだんだ……。なら、ここは天国?」

「いや、俺たちは生きている。運良く通りがかったウラノメトリアが俺たちを守って、死んだはずのフレニアを生き返らせたんだ」


 彼女は首を傾げて、「人を生き返らせる」と何度も繰り返し口にした。

 

「死んだ人を生き返らせる……待って、おかしいよ!?」

「?」

「人を生き返らせることは普通できないんだよ? それができそうなのは私が知る限り、アイリス教に従える宮殿騎士の『隠匿無傷のエシャロット』さんだけ。だから、もしかしてと思って!」


 フレニアは壁に背を預けてこちらの様子を伺っているウラノメトリアに瞳を輝かせた。

 期待に満ちた眩しさに若干申し訳なさそうに帽子を深く被りながらこちらに向かって来る。


「期待してもらって申し訳ない。その『隠匿無傷のエシャロット』と我は無関係だ」


 少し残念そうに肩をガックリさせるフレニア。

 彼女は何を思ったのか面を上げて、ウラノメトリアに尋ねた。

 

「どうして貴方はそんなに強いの?」

「…………」


 しかし、その答えは沈黙だった。

 手を握り締めたように感じた――ほんの僅かに。

 まあ、聞かれたくないことも人なら一つや二つあるか。

 ここは俺が話を変えよう。


「そういえば、フレニアは宮殿騎士のことも結構知ってるんだな。てっきり、『光輝』の事以外知らないと思ってた?」

「えっ……前に言ってなかったんだっけ? 『光輝』様もアイリス教の宮殿騎士だよ?」

「そう……だったか?」


 なんだろうこの違和感。

 こう……喉の奥で何かがつっかえているみたいだ。

 何かが手に届きそうで届かない。

 

「すまない、そろそろ時間が惜しい。故に三点の依頼の内容を伝達する」


 正直、彼の言動的に、もっとズカズカとこう言う場面に踏み込んでくる人間と認識していた。

 でも実際は、何気に気を使える人なのかもしれない。

 

「今から話すはそこの少女を復活させた代償だ」


 安心したのも束の間、その言葉に俺は気を引き締めた。

 ウラノメトリアはため息一つ吐くと、三本の指を立てて、一本ずつ折りたたむことで復活した代償を提示した。

 

「まず、一つ。この国で引き起こされる内戦に参戦し、国璧に風穴を開けよ。そして、均衡を破壊しろ」

「……えっと、均衡の破壊っての言うのは、つまり……?」

「平たく言えば、貧民、平民、貴族、などの階級制度は下らない。まずは貧民が団結し、抵抗する力があるのだと示す必要がある」


 武力の均衡、それで言うならこの国は不平等の塊だろう。

 強き者には様々な知恵を与え、弱き者は城壁の外に追いやり、肉盾と見なす。

 その境遇をどうにかする術もなく、変えようにも変えられないというのが現状だ。

 つまり……どうしろと?

 

「そして、二つ。この国の腐敗した政局を招いた国王――ウィリヌアス三世の抹殺」

「……ん? い、いや、なんでもやるって言ったけど、流石に自殺行為は無理だぞ!」

「問題ない、全て実行するのは一年後だ。それまで見つからないよう身を隠し、力を身につけるといい」

 

 何が問題ないんだ!?

 一年……たった一年で近衛騎士に勝てるように訓練しろって?

 無理無理、絶対無理。

 一年でどうこうなる話じゃない。

 

「最後は――。否、最後の一つに関して……不確かな情報であるが故に急ぐ必要性はない。この二つを成し遂げてからにしよう」

「それ以前の問題じゃないか? 俺たちには騎士の連中と渡り合えるほどの武器もスキルも、魔法だってない。それでどうやって国王の所まで辿り着けって言うんだ?」

「簡単な話だ――数で押し潰せばいい。近衛騎士は少数精鋭だ。上級傭兵から毎年召集しているとは言え、まだ数は少ない。それに加えて、傭兵はスキル頼りの世界と言っても過言ではない。そいつらが持つ魔法や剣術の技量というのは一般人に毛が生えた程度。こちらも仲間を集い、スキルを突出させれば十分勝ち目があるだろう」

 

 確かにそれだけ聞けば、俺たちでもなんとかできそう……か?

 なら、まず初めに見つけるべきは前世で一瞬だけ運命を共にしたアンデバルトを探すべきか。


「フレニア、アンデバルトっていう名前を聞いたことはないか?」

「うーん、知らないかも……」


 まだアンデバルトとフレニアは知り合ってはいないわけか。

 これは骨が折れるな……一年も猶予があるのはありがたいな。


「なら一旦人探しも含めて俺は貧民街の探索をするべきだな。フレニアは……」

「私は……?」

「フレニアは、俺の帰りを待っててくれないか?」


 その提案にフレニアは悲しげに笑みを作った。


「……わかった、それじゃお願いするね」

「自分でやるからには頑張るさ。それとウラノメトリア、今日の事は忘れない。彼女を助けてくれてありがとう」

「先程も言ったが、代わりとなる条件を示した。故に二度の礼には及ばない。早く帰って体を休ませるといい」

「そうだな。明日に備えて早く帰るか……。それじゃウラノメトリア、またいつか」


 俺は血がなくて動けないフレニアを背負って、下水道の梯子を降りていく。


 ――――――――――


 些か不気味な点が幾つもあるが、特筆しておかしな点は『内に秘めた願い千里を超えて』というクエスト。

 この世界(ゲーム)には、本来存在しないクエストが今目の前に現れている事。

 誰もがクエストを受注の条件を満たしていなかったからこそ、明るみに出なかったというわけか。

 単なるサブクエストなのか、あるいは……結末に関係するクエストなのか、それは簡単には調べられないが、もし仮に結末に関係するのだとすれば、これはエンディングを書き換える()()()()()になるだろう。

 残念なのはこのクエストが結末にどんな影響するのをか見れないということか。

 

読んでいたただきまして有難うございます。

誤字・脱字等があった場合は教えてくれるとありがたいです。

面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、ブックマークや高評価、いいねをして貰えると創作の励みになります。

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