1.5 異邦の剣士
妙な胸騒ぎは、結局のところ無意味な杞憂に終わった。
もうすぐ夜明けが訪れるも鳥の囀りさえ聞こえない帰り道。
傭兵に絡まれなければ、誰かに見つかることもなかったはずだ。
あとはこの脇道もない少し広めの一方通行の道を進めば、下水道に降りれる梯子まで着ける。
そこまでに誰かの気配もなければ、下水道が見つかった気配もない。
「大丈夫だ、行こう」
ここまで来れば――。
「カルランさん、さっきここ離れる時って銀貨落ちてた?」
トントンと肩を叩かれ振り向くと、フレニアが不思議そうに首を傾げていた。
「いやいや、そんなわけ……」
フレニアが指差す方へ瞳を滑らせる。
下水道に向かう道にキラキラと光る何かが散りばめられていた。
一枚、二枚、三枚……確かに足元から下水道の入り口手前にかけて等間隔で銀貨が落ちている。
「きっと運が硬貨を運んできてくれたんだと思う! 私拾ってくるね!」
「そんなわけあるか」と内心ツッコミを入れつつ、離れていく上機嫌なフレニアを見守った。
夢中になって落ちている銀貨を回収している彼女に俺は追いつこうと歩を進めた。
近づこうとしたその瞬間、ようやく違和感が脳裏をかすめた。
彼女の頭上の屋根に一つの影があったのだ。
自分がどのような状態に置かれているのか、ようやく理解した俺は叫んだ。
「フレニア! そこを離れろ!」
「えっ、どうしたの? ほらもう指の数ぐらい集まったよ?」
「それはもういいから逃げるぞ!」
しかし、逃げる判断を下すには余りにも遅過ぎた。
一つの影が、建物の屋根から音もなく滑り降り、フレニアの背後に忍び寄る。
その影は腕を伸ばし、彼女を一気に締め上げる。
彼女は声を上げる間もなく人質になった。
「ンンッー!?」
「あぁ、そういうことかよ。俺たちは運が良かったんじゃなくて、巧妙に誘き寄せられてたってわけか」
「そうさ。都合良く飯が手に入ったよな? 都合良く傭兵どもに鉢合わせなかったよな? 手回しすんの大変だったんだからなぁ?」
脱出口である下水道の入り口を塞ぐように現れた一人の男性。
見紛うはずもない……。
あいつは下水道出た時にばったり合ったバンダナ男だ。
「いい女釣るために硬貨ってのはあんだ。わかったろゾーグ」
「理解、した……だから俺にも寄越せヨ」
背後から心臓を締め上げるような声がした。
その特徴的な語尾に思い当たる人は一人、巨剣をその身に背負い鼻が曲がるような血の匂いを発する大男。
そそり立つ壁のように、入ってきた道から着実にこちらに向かって前進して来ている。
つまり――俺たちは最初から包囲されてたのか。
「嫌だね! お前いっつも壊すから俺の番ねーじゃねーか」
吐き気を感じる会話だ。
どいつもコイツも人を物のように扱いやがって……。
「俺たちは物じゃない」
「関けーねぇよ。ここにきた時点でお前らは罠に引っかかった貧民なんだわ」
この状況に陥っているのは、どれもこれも俺が油断していた俺のミス。
俺のミスに彼女を巻き込んでしまったわけだ。
戦う武器もない、退路も失った。
いつもこれだ、詰めが甘い。
打開策を――ここから切り抜くための打開策を考えろ。
「おー怖い怖い、怒んなよ? 良いのかコイツが死んでもよぉ?」
俺が助けようという気持ちが逸り、一歩を踏み出したその時――バンダナ男はナイフを首元で一振りした。
軽い傷での挑発と考えた刹那、傷口が徐々に開き、赤黒い血が溢れ出し、地面に滴る。
フレニアの目が虚になり、それでも生きようと痙攣する姿に吐き気がした。
「……な、んで?」
「残念もうすぐコイツは死ぬぞ。でも助けたいよな、な? だから、楽しいショーのためにタイムリミットを設けよう。時間は――ざっと九十秒だ。さぁコイツを救えるか?」
死ぬ……? 嘘だろ? 人質じゃなかったのか?
「おいおい、状況理解遅すぎだろ。貧民二人に人質が必要だとでも? 笑わせんなよ、俺たちは上級傭兵だ」
バンダナ男は痙攣するフレニアを捨て腹を蹴り上げた。
乾いた音と共に浮いた体がぐしゃりと鈍い音を立てて、壁近くに崩れ落ちた。
うつ伏せのまま肩を小刻みに震わせ、血の跡を残してじわじわとこちらへ這ってくる。
俺に向かって、震える指先が伸ばしながら。
「ご……めん……」
「あぁッ…………」
一頻り涙が零れ落ちる。
俺が……助けないと……。
助けて、助けてからどうしろって言うんだ?
先に二人を倒さないと逃げられない。
倒しても、倒したって、フレニアのきっと助からない。
あぁ、所詮生まれ変わっても貧民なのか。
どうしたって、俺たちの前には格差があるみたいだ。
ごめん……連れてきてごめん。
「見ろよゾーグ。こっちの壊し方もなかなか趣があるとおもわねぇか? もう死ぬって言うのによ、助けに行こうだなんてよ?」
「……興味深いナ」
足の付け根に抉るような鋭い痛みがした。
その痛みの正体を知るため視点を足下まで下げる。
すると、右足の関節から下が無くなっていた。
「あれ……脚が、あぁぁぁ」
そう気づくといなや、奇跡的にも立っていた足が膝から崩れ落ちる。
「ハハハハッ、滑稽だ、マジでオモロいわ! ゾーグに興味はねぇってよ! 仲間が死んだだけでこれだ。だから貧民狩りはやめられねぇんだよ!」
バンダナ男はフレニアの手を地面へと踏みつけ、高笑いしている。
ゾーグはいつでも殺せる瀕死の俺を放置し、品定めするようにフレニアに近づき、彼女の頬を舐めた。
俺は見ていることしかできない。
右後頭部に止められた赤色のリボンが引き裂かれながら、投げ捨てられた。
「それは……彼女の大切……っリボンだ……」
投げ出されたリボンは澱んだ空気に漂い、目の前に舞い降りた。
風に舞うリボンが、幾度も彼女の笑顔を思い出させる。
まだ、何かが繋がっている気がした。
ーーーーーーーーーー
割れたガラスに囲われたランプ、穴の空いた天井、たまに落ちてくる水滴。
微かに見覚えがある。
これは俺の幼い頃の記憶みたいだ。
でも、見える範囲の色は褪せて、全てが白黒の景色に見えるのは何故だろう。
「ま、ま」
「どうしたの〜? ママもそろそろ寝ないと明日起きれなくなっちゃうよ〜?」
ツギハギの掛け布団を被せられ、優しく髪を撫でられている。
その優しく撫でる手を見てみれば、一緒に寝そべっている灰色の少女が目に入った。
「♫〜」
寝かせようと、耳を心地よく揺らす子守唄を聞かせてくる。
ウトウトと目を擦りながら、少女に頬を膨らませる。
「おはなし!」
「ママは……カルランちゃんに元気よく育ってもらうためにやらないといけない事があるの。だから、お利口のカルランちゃんなら、ママの言うことをちゃんと聞いてくれるよね?」
「むぅ……わかった」
俺は再度大きく頬を膨らませて不服ながら目をギュッと瞑る。
「うんうん、お利口さん! それじゃあ、お利口さんにはこれをあげちゃいます!」
そう言って、頭を浮き手を回される。
最後にはカチッと何かを嵌める音が聞こえた。
「目を開けてみて」
その声に片目を開けると、月型のペンダントが首に嵌められていた。
「これなに?」
「カルランちゃんのために奮発してみました! それを私の代わりだと思って、大切にしてくれると嬉しいな〜」
ーーーーーーーーーー
片手で目の前に降り落ちたリボンを掴み握り、もう片方の手は月型のペンダントを。
そして、フレニアの体を弄ぶアイツらを睨む。
その光景は臓腑が煮えくり返るにたることだった。
無くなった片足から命の源が止めどなく溢れる中、どこからともなく流れる血が頭に昇る。
「どう……して人の命を……無碍にできる……」
「は? あのなぁ……貧民は人間じゃなくて肉盾だろ? どうせ病で早死にすんだだから、俺たちに使い潰される方が光栄だろ?」
退けろ、退けろ、退けろ!
人の命が軽いと思ってるお前らにはわからないだろ。
彼女の――知らない世界を歩んだ勇気が。
きっとフレニアは信じているんだ。
家族はまだ生きてるって。
どこかできっと再会できるって。
……それは俺も同じだ。
母親がどこかで生きていると信じてる。
その想いだけで、何度だって這い上がってきた。
それがどんな世界だろうと、どんなに怖くても、飛び込むことができた。
それはただの無謀なんかじゃない。
それが、それこそがきっと『限界に挑む』ことなんだ!
だから……だから!
こんな奴に彼女の命を奪わせてたまるか!
まだ彼女の息があるうちに――。
「動け、動け、動けって言ってんだッ!」
――『◻︎◻︎の加護が発動しました』――
前世みたいに半透明な物体が現れない。
見覚えにない無機質な音だけが脳内に響いた。
それは呪いみたいだった。
『不変の結末に終止符を打たせまいとする不朽なる意思を示せ』
その言葉が雑音を切り捨て、消えかかった勇気に灯すように燃え上がる。
俺は思ったより傲慢らしい。
フレニアの未来も救いたいなんて願望が芽生えるなんて。
「……何笑ってんだお前。泣いては怒って、笑う――仲間が死にそうってのに気味悪いな……」
バンダナ男が気味悪そうに呟く。
俺は手で顔の形を確かめると――笑っていた。
今思えば、前世で『シュタイン・シュテーレン』っていう剣を握ってから俺の人生は随分と変わってしまった。
戦えるはずなのに戦わされて結局は死んだけど……それでも初めて限界に挑戦した瞬間だった。
あれから俺は成長してるんだろうか。
「成長はしてるかもしれない……でも遅い。もっと成長しないときっと結末は変わらない。だからッ!」
鼓動に合わせ地面を叩きつける。
もう戦えない?
嘘つけ、まだ足が一本残ってるじゃないか。
武器がない?
嘘つけ、拳が残ってるじゃないか。
勇気がない?
嘘つけ、とっくのとうに俺は誓ったじゃないか――あの剣を握ったその瞬間から、理不尽な世界に抗うって!
「な、なんだよ……」
二重に定まらない視界が体のバランスを揺らす。
血が抜けていっているこの体は死に際だからか動きが鈍い。
季節違いの寒さが訪れた。
それでも――死に体の体を酷使し、一本の足で起き上がる。
「誰だお前……」
バンダナ男の顔が蒼白になっていた。
意味がわからないと言わんばかりに奴は冷や汗を掻き、一歩、また一歩と後ずさっていく。
その視線からは既に俺から外されているようだった。
「俺があいつを俺が倒す……たとえ、この魂に変えてもも!」
油断している今が絶好の機会だと感じた俺は激痛に歯を食いしばって進もうとした。
「暫し休むといい」
そんな時、一人の人物が俺の横に立った。
その人物は竹を編んでできた深い被り物をしていて顔が見えない。
しかし、服装が特徴的だった。
幾重にも重ねられた重厚な絹の服は風に吹かれれば軽やかに揺れる。
灰色の羽織の内側には深い黒い瞳を覗かせ、その内側には武器を隠し携えていた。。
「この罪、我が引き継ぐ。故に今は見届けろ」
その人物が短く告げ、バンダナ男と大男から俺を守るように前に立つ。
どこか少年ぽさを残したあどけない声。
その声は気が抜けてしまうほど心地が良い。
そのせいもあって、限界まで動かしていた体が事切れたかのように自然と力が抜けて、その場に倒れてしまった。
「我の名はウラノメトリア、縁あって助太刀しよう」
ウラノメトリアと名乗った人物は腰にぶら下げている武器ではなく、手に持っていたありふれたロングソードを抜剣した。
その一瞬を切り取れば、鞘から剣を抜く極普通の抜剣だ。
だが、刀身が姿を現われるにつれて――その場の空気が急変した。
一方は、日が昇る太陽のように陽の光を一身に受け止め、映された姿が一握りの希望の光と錯覚するように。
「その麦わら帽子に、異国の服……お前か、お前が国中を荒らして回ってる異常者かッ!」
もう一方は――。
▶︎▶︎▶︎バンダナ男視点▶︎▶︎▶︎
俺――上位傭兵ルーロス・コードは陽の光を受けているにも関わらず、帽子で顔の見えない不気味さに肌が栗立つのを感じた。
負けるはずのない戦い、確実に利を得られる場面。
貧民を二人を狩るときはそう思っていた。
俺の策略は思い通りに嵌り、その侵入者の首を持って報酬得る筈だった。
いつも通りの楽な仕事だと、そう高をくくっていた。
ソイツが現われるまで……。
「誰だお前……」
呆れるほど醜く足掻く貧民にとどめを刺そうと近づこうとした。
が、その貧民の背後――この路地裏に侵入する一人の影が見え、思わず足を止めた。
それをどう例えるか、それは人によるだろうが……少なくとも俺は化け物に見えた。
気を抜けば五臓六腑を口からぶち撒けてしまいそうなプレッシャー、空気に蔓延する恐怖心で勝手に脚が竦みやがる。
この雰囲気に覚えがある。
初めて本能的に光輝に膝をついたあの時と似てる。
「どうした……ただの人間ダ……」
「おいおい嘘だろ!? しっかりあいつを見ろよ!」
多量の冷や汗が顎から滑り落ち、落ちた汗が手を降りかかる。
手が震えて止まない。
「クソッ! 逃げ道……」
逃げ道を探せ、逃げ道を……あっそうだ、コイツがいんじゃん。
「コイツを盾にすればッ!」
咄嗟に橙色の髪を鷲掴みして、盾として二人に向け吊るし上げた。
「形勢逆転だ! 約束しろ、俺たちが逃げるまで危害を加えないってな!」
死にかけではあるけど依然圧倒的優位はこっち側だ。
我ながらこういう危機に対する対処は上出来だ。
「もっと怒れ、見窄らしい貧民の大切な人なんだろ?」
「ふざ……けんな……!」
ほらどうだ、ウラノメトリアとか言う奴、手も足も出ねーだろ!
俺たちを逃すように宣言しろ!
「実力差から見た些細なハンデだ」
「は?」
おいおい何余裕ぶってんだよ?
俺の実力を侮ってんのか?
もしかして、この状況が理解できない低脳か。
怖がる必要なんて……いや、俺がそんな奴を一度でも恐怖を覚えた相手だ。
俺の直感が確かにコイツを危険人物だと告げてる。
「お前は何もできないだろ! 殺されたくなかったら、武器を捨てろ!」
額に流れる汗を拭い、勝ちの目が見えたことに笑みが浮かび上がる。
俺をここまでのし上がったスキル――『|ディレイ・ブレインプロセシング《遅延する精神演算》』は言葉の通り、敵の思考する力を弱める効果が持ってる。
要はバカにすることができるわけだ。
貧民どもが簡単に策略に引っかかったのも、ここまで這い上がってこれたのも、全部が全部このスキルの恩恵さ。
こいつだって|ディレイ・ブレインプロセシング《遅延する精神演算》を使えば……理解出来ないうちに殺すことだってできる。
「手放すのはやぶさかではない。しかし、そちらも危害を加えないと約束してもらおう」
「それはお前の態度次第だ!」
さぁ、どう出るウラノメトリア!
武器を捨てる選択肢をしたその時がお前の最後だ!
「是非もない……無論従う」
剣を前に突き出し指示通り落とそうとする姿に思わずニヤッと口角が上がってしまった。
……運は俺たちの味方をしていたッ。
勝ちだ、俺はまた人を殺して成長する。
コイツの首を教会に引き渡して、第五宮殿騎士として大成をなす。
そして、この恐怖心を乗り越え、剣魔共に頂点で胡座をかいている光輝だって、いつか――コキ使ってやる。
「アイツが武器を落とした瞬間動くぞ」
「わかっタ……」
ゾーグと短く示し合わせをして準備が整った瞬間、ソイツが片手に持っていたロングソードを手放した。
俺は落ちていく様子を唾を飲み込んで待つ。
ゆっくりと剣先から垂直に落ちていく。
そして、地面に接触し甲高い音が鳴り響いた。
「|ディレイ・ブレインプロセシング《遅延する精神演算》!」
死に体の盾を投げ捨て、地を力一杯に蹴る。
スキルの名を吐き出しながらナイフを片手に構え、空を滑る。
ソイツを殺すために駆けた。
『天人、理に準ずれば地に墜つ――プライマリー・ロー』
ソイツの口が奇妙に詠唱した。
スキルのようだが、スキルの型を真似ているだけの何か。
走りながら辺りを警戒する。
が、何も起こらない。
「負け犬の遠吠えブラフか! そんじゃ、喰らっとけ!」
目前で放心しているソイツに接近していく。
心臓目掛けて突き出されたナイフは空気を裂き、上質な布を断ち切る――肌色を血に濡らした。
念入りに心臓を捩じ切る。
「はっは……殺せた。殺してやったぞ! これなら光輝の野郎も!」
崩れ落ちるウラノメトリア。
血塗られた手に、限界に達していた緊張が乾いた笑い声になって漏れる。
「……! ……いつの間ニ」
そら俺を称賛する呻き声が――。
「あっ?」
刺したはずのナイフが冷たい金属音を立てて硬い地を跳ねる。
手についていた血も、刺していたアイツも始めから無かったかのように目の前から消失した。
「なっ、アイツを殺したはずだ。なのになんでだ!」
「君は何をしている?」
背後から少年のようなあどけない声が鼓膜に張り付く。
その声は紛れもなく走り出した位置から発せられていた。
唇に血が滲むほど噛みながら声を上げる。
「俺はお前を確かに殺した。なのに……どうしてそこに立ってやがるッ!」
腰にかけられた笛をもぎ取り、潰してしまいそうなほどの握力で握る。
気を許した瞬間、暴走しそうなほどの怒りが込み上げる中、俺は振り返った。
「……君からダダ漏れしている殺気は実に醜い。君を避け遠回りしたからこそ、ここにいるに過ぎない」
「そうじゃねーよッ、俺がいいてぇのは――ッツ!」
俺の敵意剥き出しの鋭い視線を、頭のない相棒だった者がいた場所に向けて吠えた。
「こんな筈じゃなかった。どうしてスキルが効果ないのか、そして、どうしてそこにいるのか。大まかに、この二つが君の疑問だろう」
「あぁそうだよクソがッ!」
「答えは至ってシンプルだ。君のスキルは数値であったが故に影響のないように見えた。だが、多少の影響があった事は誇っていい」
ドボドボと大量の血を流す相棒が地に切り伏せられている。
相棒を死に至しめた反っている長刀を払い、鞘にしまう。
「あぁ、どうやら君は現状に対する理解能力が限りなく低いようだ」
それは貧民に言い放ったことと似ていた。
まさか、まんま返されるとは思えなかった。
「侮辱だ、ここまで虚仮にされたのは久しぶりだ。宮殿騎士第五席に上り詰めた俺を侮辱してんのかッ!」
「それも必然……能力値、思考能力、スキルの練度も未熟。故に我に勝つことは不可能だ」
「そうかよ! こっちには二つの武器がある。手を出してみろ!」
後退りながらナイフを貧民に向ける。
そう、武器は水色の髪と目をした上質な肉盾と巡回傭兵が常備している笛。
俺はまだ戦える。
変なプライドのせいで笛を使うことに躊躇していたが、そうも言ってられない。
ここは生き残る方を取るのが賢明だ。
「ここでお前を殺せないのは残念だが、ここで俺は逃げさせてもらうぜ!」
俺は笛を響かせるために大きく息を吸い、笛に口を近づける。
「仲間……それは勇者の素質。君らのような小心者が扱う扱うべきではない」
その囁き声と共に大量の空気を含んだ肺が破裂した。
避けることも考えさせることも出来ない、ただ笛を吹くまでの一連の刹那。
「ガハッ……!?」
まさしく神速の一撃だった。
長刀が太陽光を反射する軌跡だけを置き去りにする一撃。
目を見開き息をも忘れて、その一撃を刮目するだけの価値があった。
痛みも苦痛も、全ての痛みを忘れ、その技が綺麗だと感じたのだ。
少なくとも俺は死に相応しい光を見れた。
もし昔の俺にこの力があれば、きっと天使と魔王の戦いで彼女を助けられたのかもな。
だから、呪いとして最後に一言を残すことにした。
「何してたんだよ……お前は……」
「君のいう通りだ」
アイツは反っている長刀を引き抜き、静かに納刀した。
身を翻し、水色の髪の貧民に向かって歩いた。
その後ろ姿には、俺と同じで何かを失ったかのような哀愁を抱いて入りように見えた。
読んでいたただきまして有難うございます。
誤字・脱字等があった場合は教えてくれるとありがたいです。
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