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加護なき少年、絶望より始まる救世の旅  作者: 灯花
第一章『内に秘めた思い千里を超えて』
1/8

1.0 逃げの選択肢

 薄暗い籠の中、ガラガラと上下に小刻みに揺れる。

 他人の顔を伺えるぐらいの少量の光しか入らない。

 換気する窓すらない籠の中には咽せ返るような血の匂いが充満してる。

 時折、数人の弱々しい呻き声が聞こえる。

 これまでのどんな仕打ちを受けてきたかは知らないが、それにしても酷い有様だ。

 隣には血まみれの男性に蝿がたかってて、あまり……気分が良いとは言えない。


「……」


 現状自分のできるのは鼻につく匂いを我慢しながらある場所につくのを待つことくらいだ。

 どちらにしろ、逃げられないように両手足首に枷を掛けられている時点でもう詰んでる。

 それに身を削り、枷を壊したとしても逃げれるわけがない。

 薄暗い籠の外から何頭もの蹄の音が重なって聞こえる。

 俺が知る限り、馬で移動できるのなんて騎士の連中ぐらいだ。

 逃げられないように騎士の連中が見張っているってことなんだろう。

 こんな状況で脱走を考える奴なんているわけが……。


「……ねぇ! 水色の目と髪をしている君、私達と一緒に逃げない?」


 目の前にいた。

 そう持ちかけて来たのは蜜柑色の瞳、橙色のボサボサでくたくたな長髪の少女だ。

 左側頭部には薄汚れた赤色のリボンが蝶々結びされている。

 ボロボロな服を身に纏い、染み付いた泥の服は所々切れていて、その隙間からは痩せ細った体が覗いていた。


「悪いけど俺はしたくない」

 

 折角の誘いだが俺は即座に首を振る。


「……どうせ残ったところで、死を待つだってわかってるはずだよね?」

 

 勿論俺だって死にたくない。

 この作戦に乗って逃げられるなら喜んで飛びついただろう。

 けど、着いて行ったところでどうせ勝機はない。

 そうなる事を俺は容易に予測できてしまう。

 何故なら、国直属の騎士は俺たちには知らないような剣術や魔法、知識を身につけているからだ。

 それを知ったのは偶然使ってるところを見れたからだけど……兎も角、戦闘慣れしてる奴らに学のない荒くれ者同然の貧民が徒党を組んだとしても勝てるわけない。

 

「俺はここに残る、自由にすればいいさ」

「君の決意は伝わったけど……分からず屋はよくないと思うよ」


 彼女は俺の回答に不満を感じたのか眉を顰めた。

 彼女は興味を失ったかのように隣にいる筋肉質の男性へと視線を移す。


「アンデバルト、そろそろお願い!」


 彼女と同じ方向を見てみれば……待っていたと言わんばかりにその男性がニヤついていた。

 その男性は腕に力を入れ、はち切れんばかりに膨れ上がる力瘤(ちからこぶ)を形成していく。

 次の瞬間には手錠にヒビが入っていき――。


「フンッ!」

  

 やがてミシミシと音を立て粉砕する。

 固唾を飲んでその砕け散る様を見ていた橙髪の少女は控えめなガッツポーズをした。


「そのまま私のもお願い!」


 アンデバルトと言われていた男性は橙髪の少女の腕輪を軽々と粉砕した。


「スキル持ち!? な、なら私もついでに助けてくれてもいいよね!」

 

 腕輪が壊れる過程を見ていたのだろう。

 別の囚人から期待に満ちた声が聞こえた。

 そちらを向いて見れば、片腕を失っている女性が微笑んでいた。


「希望……か。なんで今更なんだよ」


 本来起こりえない事象を引き起こす摩訶不思議な力。

 剣術や魔法とは違い熟練度を必要としない、まさに神がかった天賦――それを人はスキルと呼んだ。

 貧民、平民、貴族の地位は関係なく、十四歳を迎え、認められた者が神からスキルを授かる。

 そして、スキルを持っていない俺は……残念ながらも神から選ばれなかったわけだ。

 

「どう一緒に来る気になった?」


 彼女は再度自信に満ちた顔でこちらへと横目を向けてきた。

 

「いや……」

「……つまらない人生だね。自ら前に進まないと未来は変わらないだよ? ……まぁ、君がいたところでなにも変わらないからいっか。ここで選択しなかったことを君は後悔することになるかもね!」


 話のケリが付くと、他の人が自分の存在を主張するかのように手枷を引っ張り始めた。

 

「私を代わりに連れてって! まだ死にたくない!」

「俺だ!」


 橙髪の少女に助けを乞うような声が薄暗い籠の中を行き交う。


「もちろん! 皆んなで行こう!」


 嫌な顔せず橙髪の笑顔一つで受け入れた。

 スキルを持っていると分かると次々と一人、二人……と逃亡を図る者が増えていく。

 最終的には十二人の集団が出来上がった。

 ただ……橙髪の少女以外、その集団のほとんどが武器を持っていない。

 極め付けに四肢の欠損してる人が目立つ。

 恐らく使い物にならないし、足手纏いになる。

 あまり言いたくはないけど満身創痍の人たちは囮として活躍する以外使い道はないだろう。


「どうやって逃げるつもりだ?」

 

 興味本位で橙髪の少女に聞いてみるも、冷たい視線で睨め付けられた。


「逃げないあなたには関係ない――でしょ?」


 当然の反応か……断った時点で俺は部外者だ。

 無意味な説明ほど無駄なことはないだろう。


「聞いて悪かったよ」


 そう俺が答えると、彼女は興味をなくしたか背を向けて離れていく。


「私はまだ死ねないの……」


 その間際、橙髪の少女は緊張の面持ちで呟くのを聞いた。

 まだ死ねないか……結局、この期に及んで考えることはみんな一緒だな……。


「ここからはフレニア、お前にかかってる」

「アンデバルト……。そうね、ここで自由を掴み切ってみせる。だから力を貸してみんな! あと『戦旗剣』も!」


 『戦旗剣』と呟くなり、彼女の右手に灼熱の旗のような剣が焔を渦巻きながら生まれ現れる。

 その剣は熱く、しかして温かい……まるで太陽のように周囲の者の心を照らす。

 心なしか薄暗かった籠が明るく――いや、実際に明るくなってるな……。


「みんな行こう!」

 

 どうやらあの剣はカリスマ性を増幅させているのか、彼女に着いて行こうと自然と心が引き寄せられてしまいそうだ。

 どういう原理なんのかは全くわからない。

 それでも、着いていけば必ず成功へと導いてくれる……そう信じさせてくる。

 俺はその光から逃れるように目を伏せた。


「幸運を祈るよ……」

「そんなのいらない」


 通り過ぎる間際にせめての思いでそう口にするも、冷たく遇らわれてしまった。

 「俺だってお前と同じ貧民だぞ?」と内心で思いつつ、苦笑いだけに済ませておく。


「それじゃ」


 足音は遠ざかっていく。

 「バキッ」と壁の壊れる音がして、馬車内は光で満ちた。

 どうやら人生を賭けた大勝負が始まったようだ。

 不安定に揺れる馬車、馬車の主導権を奪う為揉め合うような声、何らかの液体が飛沫する音、そして、香る血の匂い。


「フレニア、御者は殺したぞ」

「まだ死角にいる騎士には気づかれてない。御者は馬車内に隠しておいて」

「おう」


 彼女たちは守備良く御者を殺害できたようで何よりだ。

 それで、主導権も奪取できたようで――うん?

 馬車の向きかわってないか?


「いや、俺は間違ってない……じゃない、ちょっと待て! 馬車ごとか!?」


 確かに馬車を盾にすれば遠距離攻撃を多少なりとも防ぐことはできるし、みんなの逃げる足にもなる。

 だが、それにしても無謀だ。

 いずれ騎兵に追い付かれる。

 誰もが助かる道はない。

 それなのに馬車で逃げようなんて、俺を含めて全員を助けたいって言っているようなもんだ。

 

「ふざけるな……」


 余計なことしやがって、クソ……これだからスキル保持者は……。

 何人かを犠牲にすれば確実に逃げれたはず……それなのに、どうして余裕をかましている暇があるんだ。

 そら見ろ、不審な馬車の動きに騎兵が気付いたぞ。


「おい! 後ろから騎兵が近づいてきてるぞ!」

「知ってる!」


 必死に馬を操作するフレニアは他の逃亡者の報告に余裕がない声で答えた。

 よくよく考えてみれば、馬車ごと奪された時点で俺も共犯になる可能性があるな……。

 まんまとしてやられた、この状況じゃ俺もなりふり構っていられないじゃないか。

 もうやるしかない。

 なら俺も……。


「うん?」

 

 ……。

 …………痛い。

 ただそれは数秒の出来事に過ぎなったけど、首が断ち切れたと勘違いするほどの激痛。

 その引き伸ばされた数秒はまるで虚無であったかのように空白で思考が塗り潰されていた。

 震えが止まらない手で首元を触る。

 ――当然のようにぴったりくっついている。

 そうだ、ただの勘違いだ。

 今更、何をひよってるんだ俺は……。


「アンデバルト! 俺の手錠を壊してくれ! 俺も手伝う!」


 馬車の前方、逃亡者の集まりを視界全体に収めようとした瞬間、一斉に首元から血飛沫を上げ、背から馬車に倒れ込む。

 零れ落ちた楕円形は転がり転がり足元で止まる。

 そう、それは……首だった。

 落ちた首の一つの目がぐるりと回転し、俺と目が合う。

 その顔には無念を晴らしたかのような、してやったと喜ぶ笑みが張り付いていた。


「は? 一体、何が? うぇぇぇぇェェェ……l」


 逆流した反吐が食道から湧き上がる。

 溢れ出た反吐が血の海と混ざった。

 ただ吹き出る血液に反吐は染まっていく。

 

 カエルを潰したみたいな声って俺のだったのか?

 いや、そういうこと考えてる場合じゃないな。

 でも、どうしてだ……考えが一向に纏まらない。


「どうして……? 私たちのことほっといてよ! ただ生きたいだけなのに、どうして見逃してもくれないの!」


 フレニアの嗚咽混じりの悲痛の叫びが聞こえた。

 彼女がまだ生きている。

 状況を、何が起こったのか今すぐ聞き出さないと……あ?

 クソ、忘れてたまだ枷がついてるんだった……。


「おい、フレニア! まだいるなら俺の手枷を外してくれ」 

 

 しかし、声は途絶えた。

 いくら待っても、呼吸の微かな音ですら吐き出さない。

 あまつさえ、静寂が鼓膜に覆い被さる。


 呆然としている最中、他の首同様にフレニアの首が地面に転がった。


 これは夢か?

 しかし、目の前の死体が、匂いが、暗がりが、風が、温度が、震える肌が、そして、恐怖がここが夢であることを否定してくる。


「どうして俺だけ生きてるんだ?」

 

 そんな疑問が生まれる。


「生存者一名」


 この現状に狼狽えていない冷徹な声を響かせながらこの馬車に侵入してくるものが一人。

 それは決まって並走していた白い鎧を身に纏った騎兵だ。


「どうして俺を殺さないんだ」

「……。光輝様、如何(いかが)なされますか?」


 どうやら判決はまだ決まっていなかったのか。

 そして、すぐに『光輝様』と呼ばれる者が入場してきた。

 全身を鎧で隠し、おまけに白い外套を肩から掛けている偉そうな騎士。


「…………」


 何も言葉を話さない?

 いや、微かに口から空気が押し出されている。

 俺に何かを悟らせないように最小限の声量で声を発してるんだ、と思う。


「畏まりました……貧民め、喜ぶといい。お前の死期は延長された」


 訳もわからないまま、この馬車から降りて騎士たちが姿を消し、再び静寂が訪れた。

 死期の延長……結局のところ俺の死は確定しているようだけど、ここで俺が殺されなかったのは偶然なのか、それとも神の悪戯か?

 だとするなら……神は俺に何かをさせようとしているんだ?

 もし自分で道を切り開けとでも言うなら喜んで辞退しよう。

 この世界は技術とスキルが全てだ。

 何も持たないものが変革をもたらすことなんてできやしないんだから。

 

 ▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎▶︎▶


 曇り空が覆い隠す大都市クレオシスの中央広場。

 そこには大多数の民衆が既に(うご)いていた。

 興味深そうに目を輝かせる人もいれば、「殺せ殺せ」と物騒なことを呟く人も、何かを口づさみながら涙を頬から流し崇めている人もいる。

 複数人の騎士が厳重に俺の脱走を未然に防ぐために配置され、逃げ場はない。


「それほど、貧民が嫌いなのか?」

 

 異様な光景だ。

 人が死ぬと言うのに、この断頭台に首を差し出している俺に疑問を持つものなどいない。

 貧民だから死んで当然。

 早くこの世界から消えてほしい。

 そう思われるほど、貧民は嫌われているのだ。

 俺たちは国の端っこで生きられればそれで良かった。

 それなのに、端っこでさえ生きる意味がないゴミ屑と言うなら……俺たちが産れてきた意味は果たしてあったのか?

 ないなら……初めから産まれてこなかった方が良かったんじゃないか。


「それでも……アメリア様は言ってくれたんだ。生まれたからには何かしらの意味があるって、なら……」

 

 俺にだって産まれてきた意味があるはずだ。

 何処かに……記憶の何処かにきっと、あるはず……なのに……何もない。

 何処にも生まれてきた意味がない……。

 俺は何の為に必死に捨てられた食糧に縋り、貴族の目に引っかからないように忍び、今この時まで生きてきたんだろう。


「クソッ……」


 一瞬だけ「逃げたい」と余計な感情が覗かせたせいで、断頭台から逃げ出せないか試してしまった。

 当然の結果ではあるけど、案の定これから抜け出すのは無理だ。

 予想以上に揺るぎなく頑丈でびくともしない。


「どうしようもない……。俺じゃどうしようも……」

 

 もう潔く諦めろよ、カルランティ。

 所詮、お前は所詮貧弱な貧民に過ぎないんだ。

 身分相応の力しかなく貧民は何もできない、結局その結論に辿り着く。

 

「これより不浄な者の処刑を行う、処刑執行人前へ!」


 ギーギーと木が軋む音を立てつつ一人の上裸の男が登壇した。

 全身に刺青を彫って、ひょろひょろな見た目の男性……その見た目は貧民ではないかと思うぐらい清潔感がない。


「あんたが俺を殺してくれるのか?」

「おまえさん、死にたそうにしてるなぁ?」


 顔の一歩前まで近づくと、中座しつつ俺の顔の横にハルバートを突き立てる。

 そして、まるで殺し屋のように恐ろしい目つきで俺を見てくる。


「怖いか? そんなに怖いか、俺がよ?」

 

 つい、怖い目つきから反射的に逸らしてしまった。

 誰だってそうするだろう。

 なにせ、その奥底には今にも俺を飲み込まんとする殺意が見えたからだ。


「もう……こんな世界は嫌だ」

「これだから処刑人ってのはつまんねぇんだよ。もっと生きたがれぇよ、おまえさん」


 首根っこを掴まれ左右に激しく揺らされる。

 何度も何度も何度も何度も、髪がちぎれそうになるぐらい引っ張られて引っ張られて引っ張られて引っ張られ……「ゴギィ」と嫌な音と一緒に首が折れた。


「いっ……」

 

 痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃ――。

 骨が折れた、間違いなく折れた。

 クソ、貧民ってだけで何でこんな仕打ちを受けないといけないんだ……。


「もうやめてくれ、頼むから……」

「少しはいいツラになったじゃねーか、おまえさん」


 笛の音が聞こえた。


「処刑人オルドヴェス即刻処刑を開始しなさい」

「チッ……いいじゃねぇか。弱者を痛ぶって泣かせて死にたいってよぉ懇願させるぐれえ。おまえさんもそう思うよな?」

「……」

「チッ、やっぱりつまんねーな。仕方ねぇ、仕方なねぇが落としてやるよ、感謝しろおまえさん」


 処刑人オルドヴェスはゆっくりと立ち上がる。

 そして、ハルバートを地面から持ち上げ、振りかぶる。

 プチッとロープが切れて――。


「じゃーぁな、おまえさん」


 そして、俺は訪れるその時を待って目を瞑った。

 ひたすらに固く結んで閉ざした。

 …………。

 ……………………。

 瞑って……優に数秒が経った。

 だと言うのに、痛みはないし、何より意識がある。

 断頭台で首を切られたら痛みがなくて、そのまま天国行きだったって言う可能性もなくはない。

 それでも現実を知る為に固く閉ざした目を開ける他ない。


「まだ生きてる……のか…………?」

 

 開かれた瞳は……地面を見つめていた。

 詰まるところ、まだ首がついていることを意味していた。


「でも、どうしてだ?」


 首を動かせるなら状況を観れるのに……いや、少しなら動かせるな。

 骨が折れている感覚も、四肢が動くのですら感覚がない。

 これじゃまるで夢の中にいるかのようだ。


「??」


 思い切って首を限界まで上げてみる。

 するとどうだ、まるで民衆の声が止んで、動作を停止している光景が広がっていた。

 罵倒も歓喜も慟哭さえも今では潜めている。

 今度は目線を端に寄せ、処刑人のオルドヴェスを見る。

 息も瞬きさえも忘れて邪悪な笑みを浮かべて、ハルバートを振り下ろさんとしている瞬間で止まっていた。


「なんなんだ一体……?」


 神が助けてくれたのか……?

 今更何なんだ……?

 絶望的な場面で助けて、俺に何をさせたいんだ。


「明々たる夜明けがため、神葉を焚べ理想郷に辿り着かん」

 

 近くから若い男性の声がした。

 まるで何処からくるものではなく脳内から発せられているかのように鮮明にはっきりと聞こえる距離感。

 辺りを探すもその声を発したであろう人は見当たらない。

 

「誰だお前は……どうして俺を助け――」

「明々たる夜明けがため、神葉を焚べ理想郷に辿り着かん」


 だから、俺は突如聞こえた謎の人物に声を張り上げようとするも言葉を被された。

 同じ言葉を繰り返すだけ……こいつの目的はなんなんだ?

 

「明々たる夜明けがため、神葉を焚べ理想郷に辿り着かん」

「おいなんとか言えよ! お前は誰だ!」


 ふと目をキュッと閉めてしまうような疾風が俺に叩きつけてきた。

 その方向へと瞳を寄せてみてみれば……一際遠く、目を細めなければ見えない距離にある尖塔、その頂上に誰かが立っていた。

 遠すぎて輪郭が掠れてるから、その容姿は全く分からないけど……人間ではありそうか?

 人間なら会話できるはずなのに……脳が認識を拒んでくる。


「さすれば生命に灯火は宿り、悠久の物語を語り継ぐ――

 我は『勇者』である」


 神葉……灯火……理想郷……?

 てか、そもそも……「勇者」ってなんだ?

 

 ――――――――――――

 『???』より(??)スキルが付与されました。

 

 (??)スキル名『◻︎◻︎の加護』

 

 スキル効果   : 無し

 付加ステータス : 無し

 

 ――――――――――――


 割れるような痛みと共に突如目の前に半透明な板のようなものが現れた。

 説明を見終わる頃には空気に紛れてボヤけつつ消滅した。


「何が起こってるんだ?」

 

 いやこの際、この透明の板がなんだったのかはどうでもいい。

 どうせ考えたところでわかんなそうだし。

 それよりも『スキルの付与』だ。

 神にスキルを与えられるのは俺の知り得る限りで……十四歳を超えたあの日だけだ……。

 と言うことは、今『神』が俺を見ているのか?

 普通の人間が人にスキルを渡すなんて耳にした事がない。

 でもスキル効果もステータス付与もない。


「いずれ、人類は最果てを越え前人未到の地へ」


 思考を遮るようにして奴は告げた。

 それと同時におかしな事が起こった。

 ガチッと何かが壊れる音。

 首も両手すらも軽くなる。


「断頭台が外れた……?」

「ならばこそ、不変の結末に終止符を打たせまいとする不朽なる意思を示せ」


 空間に白い稲妻のようなヒビが走る。

 俺でもわかる、このヒビは奇妙な空間の終わりだって事は。


「待ってくれ、勇者! 俺は何をしないといけないんだ!?」

「其が望んだものは手に入った。ならばこそ、己の野望を叫び、行末を変えて見せよ……武運を願う」

「はぁッ!?」


 俺の駄々を待たず、蜃気楼だったかのように空気と同化し導勇の姿が掻き消える。


「はぁ!? つまり……自力で囲まれている騎士たちと民衆から自分の身を守って逃げろってことかよ!?」

 

 ふざけんな、こんな馬鹿げたスキルでどうしろって言うんだよ!?

 ああ嘆いてる時間もねぇ、この空間がもう壊れる!


「まずいまずいまずい!!」


 焦ってはいたけど、なんとか断頭台から抜け出せた……。

 それに痛みが消えてて良かった。

 まずは気づかれないように民衆に紛れ込もう……!!


 そうして、民衆に紛れ込み、着実に距離を稼いでいく。

 しかし――突如として俺の進行方向にハルバートが地に突き立つ。

 

「!!」


 寸分の狂いのない足止めの投擲。

 俺との距離感を把握して、民衆を傷つけないように正確に突き刺してきやがった……。


「邪魔だ邪魔だぁ!」


 低く冷たい声が、俺の心臓が縛り付けてくる。

 俺は心臓を押さえ、口に含んだ空気を吐き出しながら後ろを向いた。

 処刑人オルドヴェスが嬉しそうに凶悪な笑みを浮かべ、手を振って場所を開けるよう民衆を退かせている。


「どーやって傷を治したかしらねぇけどさ……おまえさんが抗ってくれて嬉しいよ」


 奴が嬉しそうに口角を上げた途端、震えるような眼光が一気に距離を詰めてきた。


「うれしぃなぁぁ!」


 驚いた拍子に躓いたのが功を制したようだ。

 ギリギリ鼻先を何かが通過した。

 避けれたと思った刹那、倒れかけ空中で首を掴んでくる。


「うぐっ!?」

「うれしぃなぁ……おまえさんみたいに死にかけの出来損ないが活力に溢れてるのに、心が、弾んだぁ!!」


 奴の片手にはハルバートではなく、背丈にも及ぶ黒曜の輝きを放つ、溶けた三日月のような形の大鎌。

 ……コイツには、どう足掻いても勝てない。

 諦めをつけてきた人生だからこそ……目の前にコイツの力量はここまで俺の一生を費やしても追いつけないものだってわかる。

 でも、諦めたくない。

 最高のチャンスを掴み取れなかった自分じゃいたくない、それだけのためだけに。


「とまぁ驚かしたがぁ、本来なら俺さんの管轄外だ、死刑囚ぅぅう?」


 オルドヴェスが突き放すように首を解放された俺は地面に倒れ込んでしまう。

 銀色の鎧を身に纏った近衛騎士が俺を取り囲み、一斉に剣を向けてくる。


「自己の利得を目的とした無断脱走行為および、公共の安全と秩序を著しく脅かすテロ行為により、速やかに死刑を執り行う」


 騎士どもが揃いも揃って剣先を空高くまで上げる。

 騎士の剣先が円を形造り、無気力な俺に振り下ろそうと構えた。

 

 ……ん?

 曇り空を割って何かが落ちてくる?

 空が少しだけ光を反射した気がする。


「あれは……?」

「処刑執行ッ」


 号令と共に振り下ろされる。

 しかし……それが届くよりも先に何かが破裂したのかような爆音と共に一人の騎士を頭部から串刺しにしたのだった。

 目の前の惨状に対して、異常なほど冷静な自分がいた。

 それは馬車での誰かが死ぬのを見てしまったからなのか、やられた奴が単に敵だったからなのか、それはわからない。

 この場で唯一わかることと言えば……剣を取れと言わんばかりに、その剣が割れた曇り空から溢れた光を一直線に受けているという事だった。


――『不変の結末に終止符を打せまいとする不朽なる意思を示せ』


 視界がやけに広がった気がした。

 突然の死に怯えた近衛騎士はその場に固まり、つら抜かれた仲間を茫然と見ている。

 なら、脅威に感じているオルドヴェスは?

 ……あいつはどうやら、奴は串刺しになった近衛騎士の死体を戸惑いつつも警戒しているようだ。

 誰も彼もまるで俺の存在を忘れているかのように、その死体にご執心だ。


 今なら俺でも活路を切り開けるだろうか?

 いや、どんなに苦しくてもやるしかない時が来た。

 そういう事なのだろう。


「なら、お望み通りやってやるッ!」

 

 俺は咄嗟に鉄鎧に駆けて、幻刀に元に辿り着く。


「なッ、あいつに! 何もさせるなぁ!」


 我に返った騎士の連中が遅れて俺の後に続く。

 震える両手で引き抜こうとするもうまく抜けない。

 何がいけないんだ?

 何が……。


 ――『其が望んだものは手に入った。ならばこそ、己の野望を叫び、現状を変えて見せよ』


「そういうことか……!」

「奴を即刻殺せ!!」


 あいつらが辿り着くまで残り五秒も満たない。

 だが、それで十分。


「貧民だからなんだ、俺は――こんな理不尽な世界に抗う!」

 

 力みながらそう無機質な武器に告げる。

 貧民が何もできないのだとすれば、俺がその歴史を消してやる。

 そして、死んだ彼らの代わりに俺が世界を正す。

 

 その思い込めた瞬間、ずるりと持ち上がった。

 そして、まもなく半透明な板のようなものが現れた。


  ―――――――――――――

 

 武器名『黎明の幻刀 シュタイン・シュテーレン』

 

 スキル効果:

 ⚪︎レベルに応じて、全ステータスを1%アップさせる。

 ⚪︎所有者のスキルを一時的に発動することができる。


 text : それは運命に抗うために造られた、聖剣に限りなく近い至高の刀。しかし、己に見合わなければ、ただの宝の持ち腐れになり得る。


 ――――――――――――――


 空に向けて引き抜かれた剣は、俺とは違って奇妙なほど血を一滴すら寄せ付けない真っ白な刀身だった。

 洗礼された技術で作られているのが一目でわかるほど、きめ細かく装飾が施された剣。

 それよりも……それよりもだ。

 刀身が現れるなり、全身に力が漲るのを感じた。

 血潮に熱が宿り沸々と。

 

「これはすごいな……」


 驚きと感動が入り混じり、思わず剣を食い入って見てしまった。

 

「「「…………」」」


 一人を除いて、ここにいる全ての人が一点を見つめて沈黙していた。

 この剣だ、みんなこの剣に夢中なんだ。


「おい、役立たずの近衛騎士様ぁ、あいつを早く処分したほうがいいぜぇ?」

 

 オルドヴェスがイラついた声で諭すと、使命を思い出したかのように俺を見据えて、騎士たちは武器を構え直そうとしていた。


「一人目だ」


 俺は目の前で腑抜けていた騎士の首を降り帰り際の一閃で切り飛ばす。

 首を失った騎士はガタリと膝を折り、地に横たわった。

 俺はついにやってやった。

 本来貧民が成し得なかったであろう事を俺はやってのけたのだ。

 人生初の騎士殺しに心が高鳴りが止まらない!

 

「こ、こいつッ!」


 残った騎士どもは一旦距離を取り、武器を構え直す。


「これが光輝が言う、『水を得た魚』ってかぁ? あぁだりぃなぁ、覚悟が定まった貧民ってのはこれだからこぇんだなぁ」


 頭を掻き毟りながらオルドヴェスが睨み殺そうとしてくる。

 その視線を遮るように一人の騎士が駆け出していた。


「ふざけるなぁ平民が! 調子乗んなよ!」


 肩から袈裟斬りにしようばかりに武器を持ち上げた。

 予測しやすいと言うか、がさつと言うか、誰でも対応ができそうな汎用性のない攻撃だ。


「二人目」


 右斜めに振り下ろされた袈裟斬りが迫る。

 姿勢を低く落とし、左足を軸に半身を滑らせるように回避。

 虚しく空振った剣を横目に、腹部へ剣を差し込む。

 違和感なく腹部に滑り込んだ。

 それは如何にこの剣が鋭いかを示していた。


「一人で行くな! 総員、連携を!」

「三、そして、四人目」


 腹部から抜き取り、そのまま判断が遅れ取り残された騎士に急接近。

 そして、甘えなしに二人の胴体を完全に両断する。

 この剣を握ってから、やけに絶好調だ。

 騎士とも対等に渡り合えてるし。

 

「役立たずがぁ。いいさぁいいさぁ、これ以上は俺の責任になっちまうからなぁ。だりぃが俺が殺ってやるさぁ」

「なっ!?」


 息がかかる距離感に既にオルドヴェスがいた。

 大鎌とハルバートを両手に所持し、俺を切り刻まんと大鎌を振っている途中だった。


「あん?」


 当たる直前、オルドヴェスがハルバートを手放した。

 しかし、俺の腹部に強い衝撃がのしかかった。


「でぐあぁっ! て……で……」

 

 吹き飛ばされた俺の体は地面を擦り、浮いては叩きつけられを繰り返す。

 やがて壁を破壊し、暗い家にぶち込まれたことでようやく止まった。


「まだ……生きてる……みたいだ……」


 ここに来てオルドヴェスが手加減をしたのか?

 いや、まさか。

 あれだけ殺意を持っていたのに、あそこで殺さない意味がない。


「おまえさん、なぁにしやがったんだ? あんまり調子が乗ってねぇ。久々にマトモに鬼砕術を使っちまったなぁ」

「鬼砕術?」

「平たく言えや武術の一種なわけだがぁ。俺が使う鬼砕術ってのは人体を壊すのが得意でなぁ。実際、もう動けねぇだろ?」


 オルドヴェスの言う通り、指一本すら動きやしない。

 これじゃ剣があってもまともに振るえない。


「……」

 

 だけどまぁ、今はいい気分だ。

 やっと騎士連中に見返すことができたんだから。

 でもそうだな、騎士四人と貧民八人か。

 まるで命の価値が釣り合ってないな。

 まぁ俺とっては、価値のある無意味な人生になった。


「ほんじゃまぁ、お疲れ様ぁ」


 俺の肩に大鎌が据え置かれ……首を裂きながら引かれた。


 

読んでいたただきまして有難うございます。

誤字・脱字等があった場合は教えてくれるとありがたいです。

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