第98話 こんなのはクールじゃない
「ハシレイ、まさかその手紙は……」
「そうや。ケイシソウカンマンからのラブレターや」
「嘘をつけ嘘を! なんで敵のボスがラブレターを送ってくるんだ!」
「ほな読むで。『Beerハシレンジャー』」
「『Dear』だろう!? なんで俺たちをビールにした!?」
ハシレイはそのままケイシソウカンマンからの手紙を読み始めた。俺たちは緊張の面持ちで、ハシレイの声に耳を傾ける。
「霜降の候 平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます」
「丁寧だな! 悪の組織が時候の挨拶から入るな!」
「さてこの度は、ハシレンジャー様と決着をつけるべく、果たし状を送らせていただきました」
調子は丁寧だが、内容はちゃんと果たし状だな。当たり前だが。これで本当にラブレターだったらどうしようかと思ったぞ。そもそもその場合誰宛てなんだ。
「僭越ながら場所と日時をこちらで指定させていただきます。周囲の住民に迷惑がかからないよう、広い空き地を探しておきましたので、地図を同封いたします」
「無駄に配慮が行き届いてるな! 本当に悪の組織か!?」
「日時は明日の12時でお願いいたします。昼からの決闘になりますので、予め昼食は摂ってきていただけますと幸いです」
「なんでずっと丁寧なんだ! 俺たちの昼食にまで配慮するな!」
「それでは、くれぐれも風邪など召されませぬようご留意くださいませ」
「お前のギャップで風邪を引きそうだが!? 礼儀正しすぎてラスボス感ゼロじゃないか!」
手紙を読み終わったハシレイは、ドカッとデスクに腰掛けた。俺たちはハシレイの周りに集まり、その言葉を待つ。
「遂にこの時が来たな。自分ら、心してかかるんやで。ワシも含めてやけどな」
「ああ。これが最後の戦いだ。ハシレンジャーの力を見せてやろう」
「よっしゃ! ほな自分ら、行くで!」
ハシレイが勢いよく立ち上がり、基地の外へ歩き出す。他のメンバーもハシレイに続いて外に出ようとし始めた。
え、何故だ? 今すぐに向かう必要は無いはずだが……。
「ちょっと待て! 決戦は明日の12時だろう?」
「何言うてるんや? この時が来たっちゅうのは、大人気ゲーム『スマハラ』の発売日のことやで?」
「呑気か! 敵のボスとの決戦を前にして新作ゲームを買いに行くな!」
「碧、スマハラはそんなことで優先順位が下がるゲームではないわ」
「そんなこととは何だ! 今ケイシソウカンマンと戦うことより大事なことがあるか!?」
「おめースマハラ知らねーのかよ? 遅れすぎだぜ碧! 小田急線ぐれー遅れてんじゃねーか!」
「そんなにか!? いや知らないが、そもそもスマハラとは何だ?」
何故俺だけがそのゲームを知らないんだ……。そんなに有名なゲームなのか? 聞いたことが無いぞ。まあ俺自身ゲームをしないから分からないだけかもしれないが……。
「橋田、スマハラを本気で知らないのか? スマッシュハラスメント、通称スマハラだ!」
「タイトルにハラスメントが入ってますが!? いいんですかそのゲーム!?」
「テニス部の女子と恋をする恋愛ゲームなんだが、ちょっとでも好感度が下がる選択肢を取るとスマッシュされるんだ!」
「何が面白いんですかそのゲーム! 本当に流行ってます!?」
「ワシは告白するかどうか選ぶシーンで『味噌汁のおかわり』を選択してスマッシュされたことがあるで」
「何故それを選んだ!? そもそもなんで定食屋で告白しようとしてるんだお前は!」
いやそれよりも何故こんな時にこんなに緊張感の無い話ができる!? 何度でも言うが、敵のボスから果たし状が届いたんだぞ!? 明日の昼には戦いが始まるんだぞ!? 何故新作恋愛ゲームで盛り上がっている!?
「碧は行かないのかしら。せっかくだから一緒にやるのはどう?」
「いやむしろなんでお前らは全員買いに行くんだ!? 戦いの準備とかしなくていいのか!?」
俺がそう言うと、ハシレイが目の前までやって来て俺の肩を何度か叩く。
ヘルメットのバイザーを上げ、ハシレイは優しい声で話し出した。
「碧、何もワシらは準備をサボろうとしてるわけやないんや」
「……どういうことだ?」
「焦る気持ちは分かる。でもワシらはもうやれることはやったやろ? これ以上根詰めて準備しても、当日に響くだけや。大事な戦いの前やからこそ、リラックスして好きなことをする必要があると思うんや」
……なるほど。要するにこいつは、俺が焦りすぎだと言いたいんだな。今焦って戦闘訓練をしたりしても、明日体に響く。確かにそうかもしれない。
だが、実際敵のボスとの戦いを目の前にしてゲームなどできるわけがない。この戦いで地球の運命が決まるんだぞ? なのにのんびりゲームなんて……。
「碧。クールじゃないにもほどがあるわね」
……なんだと? 俺が、クールじゃない?
「そうだぞ! 橋田らしくもない。君はクールでいたいんだろ? なら決戦の前も、落ち着いて好きなことをしたらいいじゃないか!」
「そーだそーだ! なんなら俺がうちわで扇いで冷やしてやろーか?」
俺は、クールじゃなかったのか……?
常にクールを目指していた俺が、敵との戦いを前にして熱くなってしまっていた。
「そうだな。こんなのはクールじゃない。俺も好きなことをして、明日に備えるとするか」
「よっしゃー! なら碧も一緒にスマハラ買いに……」
「いや、それは行かない。俺は昼食を作る。とってもクールな、冷やし中華をな」
俺はキッチンへ向かい、冷蔵庫から具材を取り出して冷やし中華を作り始めた。
これが俺のクールだ。明日、ケイシソウカンマンと戦うために、俺はクールを保っていよう。




