第9話 広告は前途多難
外に出るとむわっとした湿気が顔にぶつかってくる。昨日雨が降ったからだな。湿度が高すぎて髪型もいまいち決まらなかった。
通勤電車の中で少し憂鬱な気分になりながら、俺は左腕のハシレチェンジャーを見つめる。
何故俺は戦隊なんてやってるんだ……。普通の会社員として、クールに生きるはずだったのに……。
突然戦隊のメンバーにされ、抜けようと思ったら上司から止められ、渋々戦ったらクールじゃない戦い方をされる。俺は一体何のために戦っているのだろう。
正直に言うと、俺もヒーローに憧れた時期はある。というか幼少期はずっとヒーロー番組に齧り付いていたものだ。
そして、俺が憧れたのはまさにブルー。警察をモチーフにした当時の戦隊の中で、特に惹かれたのがクールなブルーだった。あの時以来、俺はずっと彼のようにクールに生きることを信条としてきた。結果として本当に戦隊になってしまったわけだが……。
駅を出て会社へ向かおうとしていると、後ろからカツカツと早い足音が聞こえてくる。振り向かなくても分かる派手なオーラが、この辺り一帯を侵食しているようだ。
「おはよう橋田! 金髪にしないか?」
「おはようございます鳥羽部長。何故二言目にそれが出るのかだけ教えてもらえますか?」
「金が嫌なら銀でもいいぞ!」
「どっちも嫌です! ていうかうちの会社金髪はダメでしょう!?」
横に並んできた鳥羽部長は、今日は抑えめでサーモンピンクのスーツを着ている。いや、サーモンピンクでも十分派手なのだが。どこからどう見ても普通の会社員ではない。
「真面目だな橋田は。もっと力を抜いて生きたらどうだ? 歩くのをやめて転がるとか」
「立つことすら諦めるんですか!? それは力抜きすぎでしょう!」
「で? いつドレッドにするんだ?」
「金髪って聞いてましたよ!? ドレッドの選択肢はどこから出てきたんですか!」
全く、この人もこの人でボケ属性が強いな。戦隊メンバーやハシレイにもだが、鳥羽部長にも相当振り回されている気がする。それは戦隊になる前からだが。
「それより鳥羽部長、俺を使った広告を作るって言ってましたけど、どんなのを作るつもりなんです?」
「ああ、もう決まってるぞ。ヒーローと言えばやはりエナジードリンクだろ?」
「聞いたこと無いですね」
「そしてヒーローと言えば一気飲み!」
「それも初耳ですね」
「ということで、君には新商品のエナジードリンクを20本ほど一気飲みしてもらうことになった!」
「広報を辞めてもいいでしょうか」
「ええ!? なんでだ! せっかく考えたのに!」
もしかしたらこの人は広報に向いていないのかもしれないな。エナジードリンクを20本一気飲みなんてしたら、とんでもないゲップをこの世に吐き出すことになる。そんなのはクールじゃない。クールじゃなさすぎる。
そもそもエナジードリンクを20本も飲んだら、腹がたぷたぷで動けないだろう。ヒーローにあるまじきことだ。
「うーん……。ならこの案は練り直しか……」
「なんでそこまで残念そうにできるんですか。全然ヒーロー感無いじゃないですか」
「なら発想を変えるか。ヒーロー、ヒーロー……ヒーローと言えば暖房器具!」
「それはヒーターです! 真面目にやってください!」
「じゃあ野菜や果物をミキサーにかけて作る、なめらかな食感のドリンクを押し出そう!」
「それはスムージーです! 全然違うじゃないですか!」
「頭が固いなあ橋田は。もっと柔軟に考えた方がいいぞ?」
「だとしてもヒーローとスムージーは違いすぎますよ! 棒線の数しか同じところ無いでしょう!?」
鳥羽部長とアホなやり取りを繰り広げていると、ハシレチェンジャーに通信が入った。
「碧、ワシや! お前の小学校の時のPTA会長や!」
「誰だ! 覚えてないぞそんなやつ!」
「ああすまん間違えてしもうた。ハシレイや!」
「分かってる! 何があった?」
「黄花がホーテーソク団に捕まった! 紅希はもう出動しとる! 碧も紅希と一緒に倒立前転で向かってくれ!」
「走って向かうじゃダメなのか!? 紅希に影響されてお前まで逆立ちを指示するな!」
「あと帰りにトイレットペーパー買ってきてくれへんか? 無くなりそうなんや」
「自分で買え! とにかく出動するから場所を教えろ!」
「承知や! トイレットペーパーが安いドラッグストアの場所を送っといたで!」
「黄花が捕まってる場所を送れ! トイレットペーパーは自分で買え!」
「ああすまんすまん。送っといたで! ほな頼むわ!」
「了解! すぐに向かう!」
通信を切った俺は鳥羽部長の方を向き、軽く頭を下げる。
「すみません鳥羽部長、出動要請があったので向かいます」
「分かった! 会社のことは気にするな! バッチリスムージーメインの広告を仕上げておくからな!」
「スムージーじゃなくヒーローの広告を仕上げてもらえますか!? 安心して向かえないんですが!?」
「任せておけ! 余裕ができたら私も見に行っていいか? あわよくば変身したい」
「危険だからやめてください! あと最後なんて言いました?」
俺はハシレチェンジャーから映し出された地図を見ながら、鳥羽部長を置いて走り出した。